日本においても地球温暖化問題への関心が少しずつ高まっているように思います。地球温暖化は観光産業にどのような影響をもたらすのでしょうか。

■地球温暖化問題への関心の高まり

 地球温暖化問題が日本人の中に本格的に浸透し始めたきっかけを探すと、元米副大統領のゴア氏が主演し、2007年1月に日本でも公開されて話題を呼んだ「不都合な真実」あたりでしょうか。この映画については、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の公式報告書をやや逸脱したような表現が幾つか含まれていたことから物議を醸したのですが、一方で映画というメディアが持つ「集中して視聴することができる環境」という特性が、観客にメッセージを深く届ける点で優れているということも改めて認識させてくれました。07年末から年始にかけて地球温暖化をテーマにした番組が随分多かったように思いますが、映画の動員力以上に、この映画をマスメディアで企画・制作に関わる人が観ることで、テレビ番組や雑誌記事などを通じたメッセージの波及が大きかったのではないかと思います。
映画の話はさておき、私は07年度から「海外観光統計の活用事例研究」という自主研究を進めています。当初はTSA*1を研究の中心に置いていましたが、下期からは少しずつ気候変動(climate change)問題へと関心を移しています。理由の一つは、この問題が観光産業に将来的に及ぼす影響の経路が複雑で、技術進歩による克服可能性という要素も含め「不明な点が多い」ことです。もう一つは、「旅行とは人間にとって何故必要なのか」という本質的な議論が、旅行市場への負荷がかかった状況で重要になると考えるからです。

■観光産業への影響は?

 悲観的なシナリオには事欠きません。観光産業は2つの立場で影響を受けるでしょう。一つは地球温暖化の被害者として、もう一つはCO2を排出する加害者としてです。
被害者の観点としては、スキー場の積雪量の減少、珊瑚の白化現象、観光資源としての自然現象(流氷観光、諏訪湖の御神渡り等々)等への影響、といった観光資源への直接的な影響が先ず考えられます。長期的にみると、生態系の変化による自然景観の毀損や希少な動植物種の生育環境への負荷、水産業における水揚量や魚種変化(特産物変化)、熱帯性の感染症の発生、等をもたらす可能性もあります。また、異常気象による交通路線への影響(航空便・船便の欠航率の増加、道路不通区間の増加)も考えられ、こうした影響は中期的には公共交通の経営に打撃を与え、地方財政の緊縮下では路線の縮小等を招く可能性があります。加えて、消費者への負の影響として、猛暑や熱中症の増加等による需要減退、長雨等の悪天候による需要減退などが考えられます。
 一方で、(他産業も同様ですが)観光産業は加害者の立場にもあります。UNWTOによると*1、全世界の観光活動に拠るCO2排出量のシェアは4.95%と試算されていて(日帰りを含む)、その内訳構成では、航空産業40%、自動車輸送32%、宿泊産業21%の3つが主な起源となっています。特に、長距離航空路線を利用する旅行については、トリップ数のシェアが全旅行の2.7%なのに対して、CO2排出量のシェアは17%と、その影響力の大きさが指摘されています。EUでは「ポスト京都議定書*2」となる2013年以降のCO2削減目標を、「2020年迄に20%」に設定することを検討していて、具体的な削減策の一つに、航空産業を排出権取引の枠に組み込むことが提案されています。7月の洞爺湖サミットを控えた日本もこうした他国の政策の影響を受ける可能性があるでしょう。また、4月15日に京都で開催されたITU(国際電気通信連合)主催のシンポジウム「ITU Symposium on ICTs and Climate Change」では、地球温暖化対策に情報通信技術(ICT)の果たす役割が議論されましたが、この中でテレビ会議の活用で国際会議を減らすという提案がされています。他の業界が打ち出す計画が、名指しではないものの直接的に観光産業に影響を与えていく可能性があるのです。
 次に観光地にとっては、地球温暖化対策のコストを消費者へ転嫁できるか、という問題があります。
これまで持続可能な観光地作りのスキームは、「エコツーリズム」や「サスティナブルツーリズム」という領域を中心として議論されてきましたが、その中に地球温暖化問題をどのような形で取り込んでいくのかという課題が生じています。単純に言うと、これまでは観光地という閉じた空間での持続可能性が焦点でしたが、今後は旅行者の発地からの移動も含めた均衡が目標となり、より観光地にかかる負荷が大きくなるわけです。
幸いと言うべきか、3月末に筆者が行った旅行のオピニオンリーダー層*3へのグループインタビューでは、地球温暖化対策コスト等で旅行費用が上昇した場合でも「旅行を減らすつもりはない」という人々がほとんどでした。但し、2~3割程度旅行費用が上昇すると回数等に影響するという意見が多くなっています。友人に誘われるなどして受動的に旅行へ行くような消費者層では、旅行需要の価格弾力性がより大きくなることが予想されます。
 消費者負担の形態として、欧州等では「カーボンオフセット旅行」という、旅行者がその旅行によって発生するCO2を相殺するための事業(再生可能エネルギーの生産や植林等)をサポートする仕組み作りがNPO等により進められています。日本の事例では、(株)JTB関東が07年から「CO2ゼロ旅行」というブランドで主に団体旅行の販売に取り組んだのが最初です。これらは公益信託の一種と言えますが、こうした市場がどこまで伸び得るのかにも注目しています。

■プラスの影響も

 観光産業としては、国の地球温暖化計画の方向性を早めに察知して、反論すべき点は反論してハードランディングを抑止するとともに、中長期の観光市場のビジョンを描いて提案すべき点を提案していくべきでしょう。その時に必要になるのは、「旅行は何故必要か」という旅行の本質論です。例えば、「メディア」としての旅行の役割は、インターネットや大画面テレビでどこまで代替可能なのか、といった研究も必要でしょう。国際会議をテレビ電話で代替するにせよ、相互が日々を過ごす環境を体感することは必要なことですし、一度はリアルな世界で「握手」をする必要があるのではないでしょうか。こうしたイニシエーション・ツーリズムとでも言うべき相互理解のための旅行は、国際テレビ電話会議のトラフィックが増加した場合にも重要性を持ち続けるでしょう。
 マイナスの影響ばかり述べましたが、むしろプラス面の可能性を探ることが今回の研究の目的です。例えば、UNWTOのレポートでも環境の良い地域には観光客が集中する可能性が指摘されています。我が国は比較的地球温暖化の影響が小さいエリアに位置しているので、中国等の環境悪化が予想される地域からのインバウンド客(あるいは居住希望)が増加する可能性は大きいでしょう。日常環境と旅行先の環境の落差は旅行動機形成のエネルギーになります。もちろん、個々の観光地レベルでも同様です。
 また、地球温暖化問題を契機に、フードマイレージや食料自給率の問題、移動中心の周遊観光商品などが見直され、地産地消型観光地への動きや拠点滞在型旅行の流れが進むことも予想されます。観光産業は、より地域資源への依存を強めながら、資源保全と経営の両立を図るため、顧客満足度の対価としての単価向上を指向していくことでしょう。

*1観光経済統計の国際基準TSA(Tourism Satellite Account)
*2 “Climate Change and Tourism: Responding to Global Challenges Advanced Summary”, 2007年10月
*3 「京都議定書」は気候変動枠組条約UNFCC(=United Nations Framework Convention on Climate Change)に基づき、2012年迄のCO2削減目標等を定めたもの。UNFCCは1992年に締結された。
*4 オピニオンリーダー層については/investigation/index.php?content_id=127

【欧州でカーボンオフセット旅行を推進するmyclimateのホームページ】