■あなたなら、どうしますか?
私ごとで大変恐縮ですが、平成22年に中小企業診断士※1に登録することができました。その2次試験の勉強中に出会った印象的な問題がありましたので、ご紹介します。
その問題というのは、平成19年度2次試験の事例問題※2でした。
その会社(以下、A社とします)は従業員70名の印刷会社で、本社(総務部、営業部、等)と印刷工場という体制。顧客は最終ユーザー(大手電機メーカー等)と中堅広告代理店で、売上高は安定しているものの、利益率の低い広告代理店からの受注が増加傾向にある。繁忙期には生産能力が不足し深夜に及ぶ残業が発生している、という設定でした。(その他の状況は、以下の図表をご覧ください)。
このA社について、繁忙期の生産能力不足の解決策として、工場から「高速印刷機」を導入したい(A社の事業規模からみて導入は可能だが、費用負担は小さくない)という要望が出ているが、どうアドバイスすべきかを問われたのです
S(強み) | W(弱み) |
・売上高は比較的安定している。 ・企画営業の重要性を認識し、営業部に人員を多く配置している。 ・経営者は、設備投資の必要性を理解しており、印刷技術の進歩に対応した設備投資を実施している。 |
・利益率の低い広告代理店経由の受注が増加傾向にある。 ・広告代理店経由で受注した案件は、トラブルが多発し作業が混乱しやすい。 ・工場と本社の意思疎通が悪く、仕様変更などの連絡ミスがトラブルにつながるケースも少なくない。 ・受注を最優先して短納期の案件を受注するため、繁忙期(年に4~5か月)には生産能力不足により深夜に及ぶ残業が発生している。 |
O(機会) | T(脅威) |
・受注するうえで、顧客への「企画・デザイン提案」の重要性が増している。 ・A社に実施可能な新規事業の芽がある。 |
・大規模の同業他社の多くに加え、同規模の同業他社も最新印刷機を導入し始めており、競争環境が激化している。 |
当時の私は、高速印刷機を導入すべきと考えました。
競合他社がすでに導入しており競争が激化していることを意識したのです。(もちろん、本社と工場の意思疎通を改善するとともに、広告代理店経由の受注は絞って、できた生産能力の余裕は新規事業に振り向ける、といったことも記述しました。)
しかし、市販されている解答例をみると、導入すべきでない、と書いてありました。なぜなのでしょうか。
■「あるべき姿」を意識して課題への対応を
その理由の一つは、高速印刷機の導入が、A社の長期的な方向性、「あるべき姿」と一致しないから、でした。
SWOT分析の結果からは、A社は企画・デザイン提案力をさらに高めて他者と差別化することで競争優位を構築すべき、という長期的な方向性が導き出せます。(私もその方向性は導き出せていました。)
一方で、高速印刷機の導入は量的な能力の向上を目指すもので、A社の目指すべき質的な差別化には結びつかず、むしろ逆行するものといえます。
(逆に、A社に企画・デザイン提案力がほとんどないものの、低コストでの大量生産が可能な体制を築いており、これがA社の強みになっているのであれば、さらに処理能力を高めていく、という方向性も考えられますが)
私は、この問題を初めて解いたときに、次の2点が強く印象に残りました。
1つ目は、「自分はどうありたいか」というあるべき姿を設定することの重要性です。仮に同じ課題であっても、その会社の長期的な方向性、あるべき姿によって、とるべき対応策は異なってきます。
「他者が何をしているか」という発想も大事ですが、あるべき姿と現状のギャップを埋めるために何をすればよいのか、と考えることが大切なのです。
2つ目は、せっかくあるべき姿を設定したのに、現実の課題に直面すると、往々にして違う考え方で対処してしまうことがある、ということです。
日々目の前をたくさんの情報が行き来し、日常的な諸業務へも対応しなければならない中では、あるべき姿を考えることはもとより、常にこれを念頭に置いて施策を検討するのは簡単なことではありません。
当時の私なんて、試験勉強という単純化された環境の中、問題文という整理された形で示され、あるべき姿もつかめていたのに、違う観点の解答を書いてしまうほどです。
A社は印刷業を営む会社ですが、これは観光関連産業にも、また観光地にも当てはまるでしょう。(個々人にも当てはまるかもしれません)
会社や地域の「あるべき姿」を明確に設定し、これに沿った判断ができているか、定期的にチェックしたいものです。
※1 | 中小企業診断士とは、中小企業の経営課題に対応するための診断・助言を行う専門家で、国家試験への合格または養成過程の終了を経て、経済産業省に登録する。 |
※2 | 内容を簡単にするため、一部の言葉を一般的な言葉に置き換え、SWOT分析の形式に整理し、本コラムの内容と関係の薄いものは端折った。 |