今年(2010年)12月に東北新幹線八戸-新青森間、来年(2011年))3月に九州新幹線博多-新八代間が開業し、東北新幹線と九州新幹線鹿児島ルート(以下、単に「九州新幹線」と表記します)は全線開通となります。いわゆる「乗り鉄」と呼ばれるタイプの鉄道ファンである自分としては、新しい路線が開通したらとにかく乗ってみたい、それも東京-新青森間の新型車両を使った速達列車として来年3月に運転が開始される「はやぶさ」、山陽新幹線・九州新幹線直通列車として新大阪-鹿児島中央間で運転される「さくら」といった新しいタイプの列車に乗りたい、並行在来線としてJR東北本線から青い森鉄道(現在は目時-八戸間を運行)に転換される八戸-青森間にもあらためて乗りたい、という希望と期待が強いのですが、それはそれとして、観光分野の調査研究に携わっている立場からは、両新幹線の全通により青森県や周辺地域、あるいは九州を訪れる観光客の訪問地や旅行ルートにどのような変化があるのだろうか、また、そのような想定される変化に観光地側はどう対応すればいいのだろうか、といったことに関心が向きます。
■青森県への観光旅行は変わるのか?
東北新幹線の八戸-新青森間開業は既存の路線の延伸という形で、新青森は路線の終点です。しかも新規開業区間はすべて青森県内です。したがって、新幹線の開業によりもたらされるであろう観光旅行の変化は、ほとんど青森市を中心とした青森県内が中心と考えられます。
昨年度、私は東北新幹線新青森開業に関連したある受託調査の中で、旅行業者数社のパッケージ旅行企画担当者に、新幹線新青森開業後の青森方面への商品設定計画や商品を企画する上での問題点などについて、ヒアリング調査を行いました。なかなか興味深い意見や鋭い指摘が聞かれたので、首都圏発のパッケージ旅行に関する意見が中心ですが、いくつかご紹介しましょう。
- 青森県の観光地だけを訪れるツアーは少なく、岩手県や秋田県の観光地と組み合わせた2泊3日のコースが大半である。(そうしないと参加者が集まらない)
- 人気がある旅行先は十和田湖、奥入瀬、弘前などで、津軽半島と下北半島の2大半島、それに秋田県の男鹿半島を加えた3大半島を回るコースなども人気がある。
- 観光地の宿泊収容力の関係で、青森県での宿泊地は十和田湖、鰺ヶ沢など特定の観光地に集中する。
- 青森方面へのツアーは、バスで往復するには遠すぎ、飛行機は便数が少なく運賃の割引率も低いので、往復東北新幹線を利用するのが一般的である。
- 2002年12月に東北新幹線盛岡-八戸間が開業した時は、八戸からの二次交通も整備され、十和田湖などに行きやすくなるなど、北東北へのツアーを効率的に設定できるようになった。
- 新幹線が新青森まで伸びると、津軽半島や下北半島へのアクセスが良くなり、需要が増えそうだ。青森から日本海沿いに南下するコースも人気が出そう。また、新青森から函館に抜ける流れも出てくるだろう。
- ツアーで人気のある青森県の観光魅力は春の桜、夏の祭り、秋の紅葉と限定され、その他の観光魅力が開発されていない。魅力ある新しいデスティネーションの発掘も難しい。
- 体験プログラム、イベント、食などの情報をもっと地元から発信してほしい。それも、ツアーの企画に間に合うように早めに発信してほしい。
いずれももっともな指摘です。東北新幹線八戸開業の時は、終点となった八戸を始め、十和田湖、弘前など八戸と二次交通で結ばれた観光地を訪れる観光客が大幅に増加しました。八戸では「屋台村」の整備、「せんべい汁」などそれまで全国的にはあまり知られていなかった郷土料理のPR、十和田湖では「十和田湖冬物語」の開催期間延長、弘前では「弘前城雪灯籠祭り」のPRなど、新たな観光魅力の発掘と冬の時期の開業に合わせた情報発信の効果があったのでしょう。
東北新幹線新青森開業により、青森観光への関心はいっそう高まることが期待できます。個人的には、津軽半島が注目を浴びそうな気がします。さらに、来年春に最高時速300キロの「はやぶさ」の運転が開始されると、鉄道ファンでなくてもそれに乗ること自体が一つの観光魅力として、新幹線利用者が増えることが予想されます。
このような環境をうまく利用して、八戸開業の時のように青森県を訪れる観光客の増加につなげるには、終着駅となる青森市を中心とした周辺地域における観光客の受入体制の充実と、適切な(内容、時期とも)情報の発信次第と言えるでしょう。いずれ近い将来、北海道新幹線(新青森-新函館間)が開業すると、東北新幹線には乗っても、青森県を通過する観光客が増える可能性は十分にあります。それを見据えた対策も求められます。
■九州新幹線全通が観光に与える効果は?
九州新幹線博多-新八代間の開業は、末端区間の延伸である東北新幹線八戸-新青森間とは異なり、これまで既存の新幹線網とつながっていなかった新八代-鹿児島中央間(2004年3月開業)が博多で山陽新幹線と直結し、さらに東海道新幹線とも線路がつながるということです。これにより京阪神都市圏、岡山・広島都市圏などと九州(特に熊本県、鹿児島県)とのアクセスが格段に改善されます。実際、博多-新八代間開業に合わせて、新大阪-鹿児島中央間に山陽・九州新幹線直通列車「さくら」の運転が開始され、新大阪-熊本間を約3時間20分、新大阪-鹿児島中央間を約4時間で結ぶ予定です。さらに、「さくら」より停車駅を絞って、新大阪-鹿児島中央間で4時間を切る速達型列車の運転も検討されているようです。十分に航空機と対抗できる時間距離です。
さすがに首都圏からの観光客は、引き続き航空機利用が中心となるでしょうが、関西からの観光客は、それなりに新幹線利用に移転し、さらに新たな旅行需要が誘発されることも期待できます。また、京阪神・山陽と九州だけでなく、北九州・福岡と熊本、鹿児島など九州域内での都市間アクセスも向上します。
これだけアクセス条件が改善されると、九州新幹線沿線の観光地に与えるインパクトはかなり大きいと思われます。既存の開業区間も含めて、九州新幹線沿線とその周辺には多彩で魅力度の高い観光資源が多数存在します。福岡、熊本、鹿児島といった沿線主要都市は、そこ自体が都市観光地としての魅力も有しています。観光客が利用できる宿泊施設も充実しています。
新幹線開業の効果を図る指標の一つが観光客数の変化だとすれば、福岡、熊本、鹿児島などの沿線主要都市、及びそこから二次交通で結ばれる阿蘇、指宿、霧島などの観光地の入込客数に大きな影響を与えることは間違いないでしょう。人吉(熊本県)方面など、これまで観光客がそれほど多くなかった観光地への動きも出てくるかもしれません。新八代-鹿児島中央間が開業した時も、鹿児島県内の主な観光地では一時的に観光客が増加しましたが、博多と直結していない末端区間だけの開業だったためか、効果は長続きしませんでした。今回の博多-新八代間の開業では、当時を大きく上回る効果が、より広範囲に生じる可能性があるのではないでしょうか。
但し、このような効果を実際に実現し、その後も維持していくためには、東北新幹線のところでも述べたように、地元の適切な受入体制整備と情報発信が必要でしょう。
余談ですが、九州新幹線博多-新八代間が開業しても、並行在来線である鹿児島本線博多-新八代(-八代)間はJR九州の路線として残ります。福岡、熊本などの都市圏生活路線、沿線の都市間連絡路線として重要な役割を担っているからです。新八代-鹿児島中央間開業の時も、川内-鹿児島中央間はJRの路線として維持しました。個人的には、このようなJR九州の姿勢を評価したいと思います。