要旨

 最近出掛けた二つの音楽祭は、タイプが全く異なるものの、普段クラシックには縁遠い消費者を如何に引き込むか、そして子供の頃から一流の音楽に親しむことの大切さ、音楽教育の重要性を改めて考えさせてくれた。このことは、低迷が続くわが国の観光需要にとっても参考となることが少なくない。

1.二つの音楽祭

 たまたまNHKの番組で「フジ子・ヘミング」の生き様を見、力強く、感情溢れるラ・カンパネラを聞いたとき、久々に感動を覚えた。普段は行かないクラシックコンサートに出掛けてみようと思ったのはそんな理由からである。
二つとは、ゴールデンウィーク中に東京丸の内・有楽町で開催された「ラ・フォルジュルネ・オ・ジャポン(「熱狂の日」音楽祭2007)」と初夏の札幌で開催された「第18回パシフィック・ミュージック・フェスティバル/札幌・国際教育音楽祭(PMF)」である。

2.ラ・フォルジュルネ・オ・ジャポン(「熱狂の日」音楽祭2007)

日本では2005年以来3回目となるこの音楽祭は、まさに“クラシックの見本市”・“クラシックのお祭り”である。1995年、フランスの港町・ナントでルネ・マルタン氏によって開催されたラ・フォルジュルネは、「クラシックの民主化」をテーマに、これまで高価で格式張ったクラシックコンサートのイメージを大きく変えてしまった。

・一流の演奏を1,500~3,000円で楽しめること
・子供も入場可、会場周辺での無料イベントなど家族で楽しめること
・1公演45分と手頃な長さで気軽にコンサートをハシゴして楽しめること

などこれまでのクラシックコンサートには前例のない画期的な企画である。今年も世界から1,500人以上の音楽家が集まり、全200の公演が行われ、関連行事も含めると100万人以上が参加したと言われている。
私が感心したのは、その徹底したお祭りぶりと優れたマーケティング戦略である。好きな作曲家、好きな演奏家の公演を聞くということはもちろんのこと、この場に集まることの楽しさを前面に打ち出している。今年のテーマは“民族のハーモニー”だが、音楽だけでなく、料理まで世界から集めて、そのハーモニーを楽しませている。“バイキング”の本場・ノルウェー料理、ねっとりこってり!のロシア料理、森の食材が大好き!のフィンランド料理などと銘打ち、会場となった東京国際フォーラムの中庭は、まさに世界の料理が並ぶ屋台村となっていた。
また、パンフレットの『「熱狂の日」を10倍楽しむ方法』というQ&Aコーナーには、クラシックのビギナーを呼び込む優れたキャッチコピーが並んでいる。一部を紹介すると・・
その1 「本当に本当の初心者なんですけど、曲名とか、よくわからなくて・・・」
その2 大好評!今年もやります!「0歳からのコンサート」
その4 都心のド真ん中のコンサートホールが、なんと動物園に!?
その8 「のだめカンタービレ」の原作に出てきた曲が聴きたい!という人はコレ
など、普段クラシック音楽に縁遠いマーケットに対して、敷居を低くし、参加しやすい雰囲気をつくる工夫が随所になされていた。

3.パシフィック・ミュージック・フェスティバル2007(札幌・国際教育音楽祭)

今年で18回目となるPMFであるが、札幌市民や音楽ファンは別として、一般の国民はほとんど知らないのが現実であろう。
レナード・バーンスタインの提唱によって創設されたこの国際教育音楽祭は、札幌市の(財)パシフィック・ミュージック・フェスティバル組織委員会が主催する、将来の音楽家や音楽に携わる人々の教育を目的としたもので、アメリカのタングルウッド音楽祭(ボストン交響楽団の夏の本拠地で開催される)がモデルとなっている。1990年に始まったPMFであるが、創始者バーンスタインはこの年の10月に亡くなっている。
7年後の97年に念願の音楽専用ホールが札幌都心に開館、04年には現在の会場である札幌芸術の森に「レナード・バーンスタイン・メモリアル・ステージ」が完成し、設備面での環境も格段と向上してきている。今年は札幌の他、道内5カ所、さらに東京、大阪、名古屋での公演が行われたが、残念ながらPR不足は否めないのではないか。
この音楽祭の特徴は、何と言っても厳しいオーディションを勝ち抜いて世界から集まった18歳から29歳の若者たちに、ウィーン・フィルの首席奏者をはじめとする一流の演奏家がひと夏をかけて指導にあたることである。大きく成長した彼らの勇姿は、PMFオーケストラとして結集する。既にPMFの修了生は2,100名を数え、世界のメジャー・オーケストラのメンバーとして大活躍している。
そして、もう一つの特徴は、“野外で気軽にクラシックが聴ける”ということであろう。初夏のさわやかな札幌で飲み物や食べ物を片手に、芝生で寝ころびながらのコンサートは格別である。

4.観光需要の拡大に向けて

この二つの音楽祭から思うことは、
・意外に観光業界との接点が少ないということ
・需要の拡大戦略は我々観光業界にも大いに参考になるということ
である。
東京は別格として、地方部、特に観光地においても、決まった時期に、決まった地域で毎年定期的に開催される音楽祭や芸術祭がいくつも開催されており、それぞれ愛好家を中心にかなりの来訪者を集めている。例えば、夏期の音楽祭としてはPMFと並ぶ規模を誇る「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」、あるいは草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティバル、霧島国際音楽祭、別府アルゲリッチ音楽祭など観光地で開催されるものも数多い。地方部での開催は興行的には厳しいと言われているが、観光業界との連携を強化し、観光・交流人口を巻き込むことによって多様な展開も可能となろう。
苗場スキー場で開催されるフジロックフェスティバルのように3日間で10万人以上を集客する大規模な音楽イベント(夏フェス)なども、既にユニークな旅行商品が開発され、観光業界の新しいマーケットとなりつつある。
ビジネス客が少なく、ホテルの稼働率が下がるゴールデンウィークや夏休み期間中であれば、こうした音楽祭のためのリーズナブルな企画商品も造成できるであろうし、ひと夏を涼しい札幌などリゾートでクラシックを聴きながら過ごすというのは、シニアカレッジなど文化教養志向の団塊世代向けの商品にぴったりであろう。芸術文化の持つ“人を引き付ける魅力”をさらに理解し、主催者と観光業界、マスコミなどのさらなる連携が期待される。
また、ラ・フォルジュルネのように普段クラシックに関心のない層を引き込むような工夫が観光需要の拡大にとってきわめて重要である。旅行しない(出来ない)層を顕在化させる方策を、今こそ真剣に模索しなければならない。現在、わが国の観光地はもっぱらリピーターを増やすことによって需要を確保しようとしているが、それだけではパイの拡大は期待できない。
予防医療や介護サービス、さらには休暇制度の充実など社会全体として旅行しやすい環境づくりを進めていくことは言うまでもないが、もう一つは、“たび”の楽しみを積極的に伝える「旅行教育、観光教育」=「旅育(たびいく)」の充実である。むろん即効薬とはなりにくいが、近年の“若年層の旅行離れ”を目の当たりにすると緊急の課題とも言えなくない。
フランス経済統計研究所(INSEE)による国民のバカンスに関する調査研究によれば、年齢とバカンスの関連性について、“参加率の高年持続性”(年齢を重ねてもやり続けること)が明確に表れるとしている。つまり「バカンスへの参加は若くして身に付き、その考え方や習慣は年老いても定着し、バカンス行動となって表れる」ということを長年の調査研究から導き出している。
このことは、日本人にとっても同様で、旅行に出掛けることの楽しさ、素晴らしさを子供の頃から身をもって経験させることがその後の安定した需要を支えるためには大切である。さらには、いつでも旅行者が訪れている魅力あるまちづくりを進めることが地域の誇りに繋がるという“住んでよし、訪れてよしのまちづくり”の大切さ、“観光まちづくり教育”の大切さを子供のうちから体験させること、これが今後ますます重要になると考えている。

メイン会場となった東京国際フォーラム-ラ・フォルジュルネ

芝生の上で思い思いの格好で音楽を楽しむ-PMF