オリンピックの経験が地域の魅力に [コラムvol.249]

○長野マラソン、人気の理由 

 2015年4月19日、長野市で第17回目長野マラソンが開催された。日本でマラソン大会といえば、東京マラソンを始め、大阪、京都、神戸といった都市の大型大会が目立つため、一般的に地方の一大会である長野マラソンの知名度はそれほど高くない。

 ところが、ランナーの間で長野マラソンはたいへん人気の高い大会である。マラソン大会の情報やエントリー受付を行っているポータルサイト「ランネット」(https://runnet.jp/)が国内1,600以上の大会から選ぶ「全国ランニング大会100撰」には毎年入選し、他のランキング調査では東京マラソンに次いで2位にランクインすることもある。なんといっても募集定員1万人へのエントリーが受付開始からおよそ30分で満員になってしまう事実は、明らかにその人気ぶりを示している。

 魅力としてそのコースを理由に上げる人は多い。比較的フラットであることや、桜、菜の花、桃の花、残雪白く残る山々を背景にしたのどかな田舎の景色が美しいからだ、と。しかし豊かな自然を売りにしている地方の大会は他にもある。

 地方大会の中で長野マラソンが人気を集める理由は何なのか。

 

 ランネットの他、インターネット上に書き込まれている参加者コメントを探して読み漁ってみると、他の大会との比較の中では特に「応援がいい」というものが目立つ。市民ランナーの地方大会参加目的は、景色やグルメとセットの観光気分あるいは自分の記録更新の追求など多様だが、沿道の応援を受けて走る歓びを楽しみにしている人も少なくなく、「地元の応援」は大会評価の重要なポイントになっている。

 となれば実際に走ってみるしかない。そして周囲のランナーや観客などにインタビューすることにした。比較のため、いくつか他の大会への参加経験も積んでから長野マラソンに臨んだ。

○オリンピックを経験した市民が創る魅力

 ランナーは地元だけでなく日本各地から集まっており、知り合った岩手県から参加のベテランランナーも「一度は走っておきたい存在ですから」と遠距離参加も当然のように言う。

 沿道の観客やボランティアスタッフの声援の特徴は、あくまで印象ではあるが、そのタイミングや内容に長けていると感じた。「頑張れ!」以外にも、例えば女性には「輝いてるよー」、ラスト10kmあたりでは「ここで諦めたら後悔するぞ!」などランナー心理をくすぐるように工夫されたものが多かった。そして何より実感したのは、応援している人が「楽しそう」なのである。応援されるのは嬉しいが、互いに楽しめている感じはさらに心地よい。これらを総じて「応援がいい」というのだろうとわかってきた。が、では、この絶妙な応援上手はどうやって身についたのか。

 近年のマラソンブームのきっかけとなったといわれる東京マラソンが初めて開催されたのは2007年で、その後各地でマラソン大会の新設は相次いでいるが、長野マラソンは、1998年に長野で開催された冬季オリンピックの理念を継承するとしてその翌年から始まったものだ。

 前身である「信毎マラソン」の第1回は1958年開催と長い歴史も背景にはあるが、オリンピックを機に、オリンピックのために建設されたスケートリンクやアイスホッケー会場などをコースに取り込んだのが長野マラソンだ。2020年の東京オリンピック開催の決定に伴い、混乱を避けるため今年からその文言を外したが、昨年の第16回大会までは「長野オリンピック記念長野マラソン」が正式名称であった。

 1998年、長野市とその周辺市町村で開催された冬季オリンピックの会期は16日間。開催地として、一過性ではなく継続性のある国際親善を狙って「一校一国運動」「一店一国運動」など市民と参加各国との交流への取り組みが工夫されたことは話題になった。

 「私たちは応援する楽しみを覚えたのよ」。長野市内に住み、毎年沿道でランナーを応援しているという女性が言っていた。多くのアスリートや来訪客を迎えて交流した長野市民の経験が熟成し花開いているのがこの長野マラソンなのではないだろうか。

 1回のスポーツイベントとして見ても、ランナー申込数約1万人、観客数25万人(2014年、大会公式HP)、経済効果9億5330万円(2012年、長野経済研究所)と立派な大会だ。しかしそれだけでなく、この大会はオリンピックの経験によって市民に芽生えたものを育て、他人を応援する力やそれを楽しむ力のある市民を増やしているのだとしたら素晴らしい。

 
2020年は東京オリンピック。私たちはその経験によりどんな力を身につけ、魅力に育てていくことができるのだろう。後に咲く花を強く意識したい。