2013年の「観光研究」を振り返る~日本観光研究学会を例にして~ [コラムvol.203]

1.はじめに

 「旅行・観光分野における“実践的な学術研究機関”」を目指して、我々は昨年4月1日、公益財団法人として新たなスタートを切りました。その実現に向けて長期経営計画『’22ビジョン』を全役職員で策定し、公益性、専門性、組織力を旗印に調査研究活動を進めています。
 本年10月1日からは、調査研究部門を「観光政策研究部」と「観光文化研究部」の2部体制とし、新たに情報公開を専門とする「観光研究情報室」を設置して、より公益性を担保できる新しい組織体制としました。

 さて、ここ数年、年末の「研究員コラム」は、大野正人理事(現高崎経済大学地域政策学部教授)が、“その年の観光産業と観光地に関わる総括と今後の展望について”執筆してきました。今年からは組織目標である“実践的な学術研究機関”を意識し、「観光研究」の分野での取り組みを私なりに振り返ってみたいと思います。

2.「観光研究」を目的とした学術研究団体(学会)は

 その前に、わが国の学術団体の構成を整理しておきます。「日本学術会議」(1949年創設、内閣総理大臣の所管で政府からは独立した「特別の機関」)が、日本全国の各種学会のいわば上部団体のような位置づけにあり、わが国の「人文・社会科学」、「生命科学」、「理学・工学」の全分野(約84万人の科学者)を国内外に代表する機関となっています。この日本学術会議と各学術団体との間で緊密な協力関係を持つことを目的として、2005年の日本学術会議法改正によって設置されたのが「日本学術会議協力学術研究団体」となります。
 「学会名鑑」(日本学術会議、公益財団法人日本学術協力財団、独立行政法人科学技術振興機構が連携した「日本学術会議協力学術研究団体」のデータベース)によれば、現在1983件の学会が登録していますが、そのうち「観光」の名称が入った学会は、以下の6団体となっています。
 ・観光まちづくり学会(会員数約100名程度)
 ・総合観光学会(約200名程度)
 ・日本観光学会(約400名程度)
 ・日本観光研究学会(約900名程度)
 ・日本観光ホスピタリティ教育学会(約100名程度)
 ・日本国際観光学会(約400名程度)
   (その他に関係する登録学会として日本レジャー・レクリエーション学会、余暇ツーリズム学会などがある。なお、観光学術学会は未登録)

3.わが国を代表する観光系学会に発展した「日本観光研究学会」

 最も歴史のある学会は、1960(昭和35)年に設立された「日本観光学会」で、設立総会は上智大学で開催されたとの記録があります。昨年より体制が変更となり、現在は宮城大学に事務局が設置されています。
 そして最大の会員数を擁する「日本観光研究学会」は、1986(昭和61)年、日本観光研究者連合として発足し、1994(平成6)年に現在の名称となり、事務局は立教大学が担務しています。地方組織としては、関西支部、九州韓国南部支部、東北地域懇談会があります。
 少子高齢化の中でどこの学会も軒並み会員数を減らし、会費収入の減少により活動も限定される状況にある中で、この学会は毎年少しずつ会員を増やしている稀有な学会と言えます。その背景としては、・「観光学全集」の発刊、・会報やメールニュースによる情報発信、・学術論文集『観光研究』の発行、・学会賞(観光著作賞、論文奨励賞)の授与、・研究懇話会、全国大会の開催、・東日本大震災特別研究の助成など地道な活動がわが国の観光系学会を代表する団体として社会から評価されつつある結果ではないかと考えています。

4.2013年「観光研究」を振り返る-第28回全国大会(松蔭大学)に参加して

 その第28回目となる全国大会が、先週末12/7(土)、8(日)の2日間にわたって神奈川県厚木市松蔭大学を会場として開催されました。発表された論文数は93本。昨年の被災地・仙台での開催に比べて約20本程度減少したことはやむを得ないと思います。
 ここ数年の発表論文数は、以下の通りとなっています。

会場 発表論文数
28 2013 松蔭大学 93
27 2012 宮城大学 112
26 2011 阪南大学 111
25 2010 文教大学 98
24 2009 立教大学 86
23 2008 長野大学 119
22 2007 立命館アジア太平洋大学 85
21 2006 金沢工業大学 74
20 2005 横浜商科大学 59


松蔭大学

今年発表された93本の論文は、東日本大震災から2年半が経過し、机上で理論を構築するという類のものは少なく、現場を重視した帰納的なアプローチによる実践研究が例年以上に多くを占めていたと思います。個人的な印象ではありますが、観光研究という実学の世界で活躍している研究者によるものであることから、当然といえば当然ですが、他の観光系学会の今年の論文集に比べてより顕著に感じました。

 今年の主な特徴を私なりに整理してみると以下のようになります。

①定着した東日本大震災以降の災害復興と観光に関する研究

 今年も被災地における観光復興に関する研究が何本か発表されました。具体的な観光体験や教育プログラムの提供、三陸復興国立公園に対する研究などと合わせて、過去の災害や海外事例に関する研究、あるいは災害によって被る地域のダメージを最低限にし、より早く復興するための計画策定の必要性に関する研究も着手されていました。

②安定的に行われる観光教育・インバウンド・食に関する研究などの定番的な研究

 地域や企業による観光教育に関する研究や外国人観光客に対するプロモーションや受け入れ体制づくり、特にイスラム圏のインバウンド受け入れなども今年のテーマとして取り上げられています。また、海外の食を生かした観光振興の手法や地域における食文化の継承などの研究も取り組まれました。

松蔭大学


③聖地・祭礼・遷宮などに関する研究や富士山の世界遺産化に伴うタイムリーな研究の実施

 まさに今年の特徴である伊勢神宮や出雲大社の遷宮に関する研究、地域を代表する祭に関する研究、富士山の世界遺産化に伴うツアーガイドや協力金問題、登山者意識などに関する研究などタイムリーなテーマも取り上げられました。

④減少した観光統計・観光経済、ITや着地型旅行商品、ニューツーリズムに関する研究


松蔭大学

 逆に、少なくなったと私が感じた研究テーマは、観光統計や観光経済効果、着地型旅行商品やニューツーリズムなどであり、観光庁の取り組みが進み、一段落したことから、論文としては減少したのではないかと思われます。またこれまで多く扱われたIT関係の論文もSNSだけに収斂した印象があります。歴史研究も温泉地イメージと日本旅館の接遇の2本と少なくなっています。

⑤目立つ常連研究者による発表

 発表者が常連化し、若い研究者の新規参入が少なくなっているような印象があります。その結果、私も含めてですが、参加者・発表者の高齢化が進み、学会がややサロン化していることは否めないのではないでしょうか。大学院生による発表は数本だけになってしまっています。若手の観光研究者や観光分野以外からの研究者、さらには海外からの研究者などが積極的に参画し、活発な議論が展開されるような大会、学会となるよう期待したいものです。

 簡単ですが、以上がこの2日間の全国大会に参加した私の感想です。発表論文の大半を占める個別具体的な事例研究が、地域や時間を越えて普遍化できるのか、その可能性の追究や普遍化のための果敢なチャレンジを、学会創設30周年を目前にした今こそ取り組む必要性を痛感しました。これまでに発表された数々の学術論文の体系化を通じて、観光研究分野における「知」の集積が進展するのであって、今まさにそれが期待されるところではないかと思いました。

<捕捉>2013年の観光系他学会の動き
 「日本観光学会」の第103回全国大会の研究発表要旨集(2013年6月)によれば、共通論題「都市と観光」、発表数は21本である。さらに第104回全国大会の研究発表要旨集(2013年11月)によれば、共通論題「MICEと観光政策」、発表数は14本となっている。
 「日本国際観光学会」の第20号論文集(2013年3月)によれば、論文数10本、研究ノート9本、調査報告2本である(一定の査読審査あり)。
 「総合観光学会」の第25回全国学術研究大会(2013年11月30日)のプログラムによれば、自由論題5本、統一論題(都市観光について)2本である。
 「日本観光ホスピタリティ教育学会」第12回全国大会は、2013年3月2、3日に立教大学で開催されている。また、「観光まちづくり学会」第11回研究発表会は、2013年10月27、28日にいわき市で開催されている。
 なお、「観光学術学会」第2回大会(2013年7月6、7日)論文集によれば、一般研究発表21本である。

<参考>
日本観光研究学会ホームページ-http://www.jitr.jp/
観光まちづくり学会ホームページ-http://kmgakkai.blog79.fc2.com/
総合観光学会ホームページ-http://www.afz.jp/~skankou/
日本観光学会ホームページ-http://www.kankoga.or.jp/
日本観光ホスピタリティ教育学会ホームページ-http://jsthe.org/
日本国際観光学会ホームページ-http://www.jafit.jp/