観光と歴史文化遺産は対立するものか? [コラムvol.507]

■地域活性化のために、観光誘客のために協力してほしい

観光のチカラで地域を元気にしたい、今、日本全国で観光を活用した地域の活性化事業が盛んにおこなわれています。私はこれまで自治体やDMO、また観光関連事業者の皆様から多くの観光に関わる相談を頂き、全国各地を訪れて観光商品を企画開発してきました。その中で私にとって「いつもの光景」があります。それは、自治体等の観光担当者が「地域経済活性化のために!観光誘客のために協力してほしい!」と真っすぐに地域の文化財所有者に依頼し、「苦笑い」をされる場面です。
長く文化財を守り続け、次の世代にその価値を伝え、残すことを使命としてきた文化財所有者にとって、このような話は昨今のオーバーツーリズムの問題等もあり、文化財が正しく扱われるのかどうか、真正性が損なわれないか気になるところです。また、民俗学の立場から有形・無形文化財、民俗文化財などの歴史文化遺産 の観光利用に対して「文化財保護という名の下での観光開発が始動した」1)という話も聞かれます。これまでの観光開発の歴史を見ればこのような危機感も当然かもしれません。
今回は、保存と活用はどちらを優先すべきなのか?観光と歴史文化遺産は対立するものなのか?考えてみたいと思います。

■地方の少子高齢化、人口減による歴史文化遺産の危機

国等の試算2)3)によると日本の人口は2020年の12,615万人から2050年には10,469万人(19%減)、同じく生産年齢人口は7,509万人から5,540万人(30%減)、同じく年少人口は1,503万人から1,077万人(28%減)と試算されています。地方はどうか、例えば 東北地方の人口は2020年の1,081万人から2050年には741万人(31%減)、同じく生産年齢人口は612万人から354万人(42%減)、年少人口は120万人から62万人(48%)と試算4)されています。地方の少子高齢化、人口減少は全国平均と比較し速いスピードで進むことがわかります。
このような状況の中では歴史文化遺産の保存継承に自治体が予算や人を割くことは年々難しくなることが予想されます。特に私が現在研究する、祭り等に代表される無形民俗文化財5)6)においては更に厳しい現実が待ち受けています。祭り等を実施運営する担い手不足の問題です。無形民俗文化財は人の手によって継承されていくもので、人がいなければ途絶えていく運命です。加えて、祭り等で使用される着物や楽器等の伝統工芸品の需要がなくなればその担い手も職を失い、技術も途絶えます。
このような危機的状況の中で歴史文化遺産を保存継承していくためには、これまで通りのやり方ではなく、新しい視点、考え方、手法が必要になります。「守る」一辺倒では次世代に文化を継承してくことが難しい時代なのです。

■2015年、文化庁が日本遺産の認定7)を開始、「活用」の議論

文化庁は2015年4月、18件(現在は104件)の「地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリー」を日本遺産として認定しました。日本遺産の特徴は、「既存の文化財の価値付けや保全のための新たな規制を図ることを目的としたものではなく、地域に点在する遺産を『面』として活用し、発信することで、地域活性化を図ることを目的としている」点です。これは「保存か、活用か」という2択ではなく、「保存も、活用も」両方重要という考え方ですが、これまでの文化庁の取組みから考えれば、「活用」が色濃く表れていると感じられます。また、2018年には文化財保護法も改正され、文化財の「活用」に係る予算配分が手厚くなりました。

■観光のための歴史文化遺産ではなく、歴史文化遺産のための観光という考え方

このような地方や国の現状を考えると、冒頭の「地域経済活性化のために!観光誘客のために協力してほしい!」と依頼する自治体等の観光担当者に協力することは、お金も回り、地域が元気になり、正しいことに感じられます。人口減時代の地方で観光の「経済」効果(数字) は錦の御旗も同然です。
しかし、「経済」効果が大きければ「何でもあり」なのでしょうか。私は観光客を「お金」として見ている地域にあまり行きたいと思いません。今の時代は観光客が見抜きます。 これからは人口減時代における地域の「持続可能性」をどう考え、観光客に見せていくかが重要です。地域の貴重な歴史文化遺産を保存継承するために観光をどう利用するのか。つまり、「歴史文化遺産のための観光」という考え方に考えを変えることに取組む必要があるのではないでしょうか。なぜなら、地域の歴史文化資源の価値が観光により損なわれてしまえば、結果として、地域そのものの価値が損なわれ、地域住民にとっても、観光客にとっても魅力的な地域ではなくなるからです。

■訪日旅行者6,000万人時代の歴史文化遺産の保存と活用

日本政府は2030年の訪日外国人旅行者数の目標を6,000万人と掲げています。昨今の急激な訪日外国人旅行者数の回復は目を見張るものがあり、今後益々外国人が日本の歴史文化遺産を見たい、体験したいという声は高まっていくと思います。歴史文化遺産の保存と活用の議論は、新たな段階に進んでいくことは間違いありません。また、様々な課題が噴出するでしょう。今まで以上に文化財所有者や学芸員など文化財関係者と旅行会社や宿泊施設などの観光関係者が手を取り合い、「歴史文化遺産の保存継承」を目的にした観光の在り方を研究、実践していく必要があります。今後は具体的な地域の事例などを報告していきたいと思います。

 

 

 

 

【引用・参考文献】

  • 1) 岩本道弥(2007)編集「ふるさと資源化と民俗学」吉川弘文館 序p5
  • 2) 総務省 人口推計
  • 3) 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」
  • 4) 公益財団法人東北活性化研究センターHP 東北データブック
  • 5) 文化庁(2022)重要無形文化財パンフレット
  • 6) 文化庁(2023)民俗文化財の保護制度
  • 7) 日本遺産ポータルサイト