長いようにも感じ、また短かくも感じたこの2020年が暮れようとしている。
武漢発の新型コロナウイルスがもたらした我が国旅行市場への影響は、甚大かつ長期にわたっている。新規感染者数は拡大と収束を繰り返して、今は第3波のただ中にあり、感染者の増加を受けて年末年始のGo Toトラベルキャンペーンの一時停止の措置が採られたところである。しかし、もし中断が長引けば観光産業への影響はより深刻なものになるだろう。
本稿では、Go Toトラベルキャンペーンのもたらした経済的・社会的な効果を振り返りつつ、21年度の期間延長への期待と望ましい施策の方向性について私見を述べさせて頂く。
Go Toトラベルキャンペーンのもたらした経済的効果
最初にキャンペーンの旅行・観光産業への直接的な効果を大まかな試算値を示したい。なお、試算に用いた各種統計データはいずれも速報値であり、また旅行の定義・範囲には差異もある点に留意頂きたい。
観光庁の資料によれば、7/22から11/15までのキャンペーンを利用した人泊数は少なくとも5,260万人泊に上る。この泊数は、観光庁の「宿泊旅行統計」の同期間の各月別の1日当たり延泊数から筆者が試算した値(1億883万人泊)の48.0%を占めるものである。
また、「旅行・観光消費動向調査」による8-9月の1泊当たりの旅行消費単価(割引額を除く)は約2.93万円/泊であり、これを延泊数5,260万人泊に単純に乗じると1.54兆円になる。これに割引支援額(少なくとも2,509 億円)を加算した1.79兆円が旅行・観光産業(関連産業を含む)の売上効果になる。なお、旅行消費額1.54兆円を割引支援額で除した誘発消費の乗数は6.2と試算される。
割引支援額の3割は地域共通クーポンの形で発行されたため、宿泊施設周辺の土産品、飲食、体験、乗り物などの消費を誘発した。
もちろん、雇用への効果も大きかった。民間各社のデータでもGo Toトラベルキャンペーン実施後に宿泊業の求人状況などは徐々に回復をみせてきていた。
Go Toトラベルキャンペーンの社会的効果
このキャンペーンの社会的効果は、いわゆるウイズコロナと言われる経済活動とコロナ対策の両立を進める一つの象徴的な(官製ではあったが)ムーブメントであった点である。旅行だけに限らず、街に出て飲食や買物などの経済活動をすることへの抵抗感を抑制し、結果として経済を円滑に回していくきっかけになったように思う。
また、キャンペーンに参画する観光事業者は一定の感染対策が義務付けられており、国内旅行の安全性を担保するシステムとしての役割も果たした。
さらに、Go Toトラベルキャンペーンには、行き場を無くした海外旅行需要(19年の消費額4.6兆円)の一部を国内の比較的高額な旅行消費に向かわせた効果もあったと考えられる。このことは、結果的に日本の魅力をの再発見する機会を与えた側面もあるだろう。県民割などの補助制度や修学旅行の近場への振替えなども、地元の魅力を再認識するきっかけとなった。ステイケーションといった言葉も一部で用いられるようになった。
一方で、マイナスの効果もあった。普段から旅行に関心の無い人や、観光産業と関係性が薄い地域住民にとっては、旅行活動への抵抗感が生じた側面もある。日頃から、域内の経済循環を重視した観光政策の運営や経済効果を含めて、域内とのコミュニケーションの窓口機能を行政やDMOが果たすことが重要ではないだろうか。
また、統計的には今後の検証になるかもしれないが、Go Toトラベルキャンペーンの恩恵に与りにくい事業者、例えば比較的単価の低い宿泊施設や、零細でキャンペーンが求める参加要件のハードルが高かった施設などもあったと考えられる。基本的にGo Toトラベルキャンペーンの割引支援額は定額ではなく、定率であるため、単価の高い施設の方が1回の旅行で得られる割引額が大きくなる。また、キャンペーン参加の手続きコストは、大企業やチェーンホテル等の方が低くなりやすい。
キャンペーン延長への期待と旅行需要の分散
2021年に入り、仮にこのままキャンペーンが打ち切られ、事業者への給付金や雇用調整助成金などの諸施策が縮小していくとすると、インバウンド需要の戻りは夏以降まで期待できない中で、事業者にとってかなり厳しい年になる。
実は1月末までのGo Toトラベルキャンペーンの総予算は1.1兆円あり、未だ11月までの割引支援額の消化率は低い水準にある。観光産業の支援という施策の主旨からもキャンペーン期間の延長への期待は大きい。
但し、もともとピークシーズンである年末年始やGWなどにキャンペーンを適用しても旅行需要を底上げする効果は小さいし、感染リスクも高まりやすい。キャンペーン終了後の反動減を和らげる意味では、むしろ割引支援額の上限を抑えつつ、Go Toトラベルキャンペーン期間を21年度中のオフシーズン全般に広げてもらい、旅行の季節波動を平準化していくことが観光産業の下支えとして効果的と考える。
リスクに強い観光産業へ向けて
最後に、観光産業はこのパンデミックを機に、我が国の基幹産業として、改めてリスクに対して頑健な産業を目指していく必要がある。
中期的には国内需要を観光需要のベースに置き、固定客としての県民を含めたリピーター層や、旅行好き層、地域のファン層を重視すべきであろう。その上でインバウンド需要を加えて収益を出していくという収支構造のイメージである。
また、ICTの活用により、予約システム、価格付け、動態情報の活用を進め、”密“を避け、時間的、空間的な平準化と合わせて観光空間の快適化を図ることが生産性向上にもつながるだろう。地域においても分散化へ向けた観光庁等の補助施策をうまく活用していくべきである。
外需についても、客層の偏りや集中度をリスクとして認識し、プロモーション施策等を通じて発地国や客層の分散を促すことで、政治・経済や災害・疫病などによる需要変動を戦略的に予防していくべきと考える。