![地域の歴史・生活文化の活用に対する一考察 [コラムvol.526]](https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2025/05/makino24-eye.png)
歴史文化・文化芸術への注目
観光といえば、かつては自然および社寺仏閣などの名所・旧跡などを見て回り、宿泊施設や温泉、地域の食を楽しむという周遊観光、スノースポーツやマリンスポーツ、登山などを楽しむアクティビティが中心でした。近年では、地域の自然や文化を学んだり体験したりする体験型観光に注目が集まっていますが、ボリューム的に限られているのが現状です。
観光客が地域の自然や文化を深く学ぶことは、容易ではありません。一部の著名な観光資源を除くと、資源の名称を知らない(聞いたことがない)、あるいは名称を聞いたことはるがその内容は分からない、という程度の認識レベルではないかと思われます。なかでも、地理的条件や歴史の変遷により生まれる地域ならではの歴史文化や生活文化の特性をしっかりと理解・認識することは、研究や趣味などの興味を抱いている人でなければ困難と思われます。
歴史文化や生活文化に興味を抱いてもらえるような取り組みを行っている地域は、相応にあると思われます。その目的は、文化の保存・復活・継承、地域活性化、観光振興など様々ですが、共通するのは地域の文化を多くの人に知ってもらいたいという強い想いではないでしょうか。
ここでは、地域の歴史文化・生活文化をより深く知ってもらい、地域活性化や観光振興につなげるような取り組みを行っている事例を見ていきたいと思います。
事例① 文化芸術を活用した地域活性化
アートを活用する芸術祭は、今や全国各地で様々な形で実施されています。その嚆矢である「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」(新潟県)は、2000年に第1回が開催され、これまでに9回行われました。この地で開催される背景には、越後妻有地域が日本有数の豪雪地であり、過疎化・高齢化が急速に進んでいることがあげられます。人々が農業を通じてこれまでに培ってきた「里山」文化を残し後世に伝えることを目指し、田畑や空き家、廃校などを利用して現代アートを分散展示しています。そこに地元の人と観光客が集うことにより、地域活性化や観光振興にもつなげています。
また、今年は「瀬戸内国際芸術祭」(香川県、岡山県など)の開催年です。こちらは「大地の芸術祭」とは地理的条件が異なり、瀬戸内海の島々が舞台となっていますが、その背景は似通っています。かつて瀬戸内地域は、農業や漁業が盛んで、船が行き交い賑わいをみせていましたが、産業は衰退し過疎化が進み、賑わいは次第に失われていきました。そこでかつての賑わいを取り戻すべく、島同士が結び付き、島の生活・文化をアピールすることを目指し、2010年から「瀬戸内国際芸術祭」を展開しています(これまでに5回開催)。これにより、島々を訪れる観光客と住民との交流が盛んになっていき、島を離れた出身者が再び島に戻り生活をはじめるという状況も現れました。また、この芸術祭の特徴の一つとして、海外から観光客としてだけでなく芸術祭のスタッフとして訪れる人が多いということがあげられます。今年は大阪・夢洲にて「日本万国博覧会」が開催されているため、相乗効果に期待がかかります。
これらはいずれも、地域の歴史文化や生活文化を伝え、地域の活性化を目指すうえで、アートという文化芸術を用いています。従来、著名な観光資源(名所旧跡、有名旅館・ホテル、ご当地の食など)がないと観光振興につながらないという考え方が強く根付いていましたが、文化芸術というどちらかといえば一般の人になかなか浸透しにくかった要素が用いられ、地域活性化や観光振興の役割を果たしているという点が注目に値します。
事例② コンテンツづくりを通した歴史文化への理解促進
事例①の芸術祭のような大規模なものではありませんが、沖縄県では琉球時代から続く歴史文化資源(伝統芸能、伝統工芸、伝統行事など)を広く世の中に伝えるとともに後世に残すことを目的に、事業者が資源にまつわるコンテンツを作成し活用する「琉球歴史文化コンテンツ創出支援事業」を2022年から実施しています。最大2年間にわたり県が文化芸術団体や文化関連事業者の活動を支援するもので、2024年度までの3年間に14の新規事業が採択されました。コンテンツのテーマは、服飾(紅型、琉装など)、路次楽(るじがく)・御座楽(うざがく)(いずれも琉球宮廷楽)、首里城、組踊、三線、琉球古武道、琉歌、エイサー、泡盛、民謡酒場、発酵食品、琉球漆器など多岐にわたります。活用方法も、冊子・記事、映像、演劇(オペラ・お笑いなど)、ユニークベニュー、プロジェクションマッピング、VR、アバター、キャラクター、テレビドラマ、ラジオ番組、バスツアーなど様々です。
そして、本事業の目的の一つが「支援終了後の自走化」です。自走化できなければ、せっかく作ったコンテンツがムダになってしまう恐れがありますが、本事業では既にいくつかのコンテンツが自走化を実現しています。例えば、「路次楽(るじがく)・御座楽(うざがく)」はイベントなどでの演奏依頼が多く、「沖縄の服飾文化」を題材にしたお笑い演劇は一般公演のみならず、文化を楽しく学べることから、学校からのオファーが寄せられているとのことです。「三線」については「三線レンジャー」というキャラクターが人気で、お祭りやイベントなどでの出演が増えています。
このように、地域に根付いた歴史文化をコンテンツ化することで、貴重な琉球の歴史文化資源に対する理解を促したり身近に感じたりすることができます。そしてこれらを観光資源として捉え、将来的に多くの人がそのコンテンツを目的に沖縄を訪れるようになれば理想的です。
事例③ こだわりのあるツアーでの体験を通した地域学習
近年、観光分野において注目を集めているものの一つに「アドベンチャートラベル」があります。国際的な業界団体「Adventure Travel Trade Association(ATTA)」では、「アクティビティ」「自然」「文化体験」の3要素のうち2つ以上が含まれる旅行をアドベンチャートラベルと定義しています。歴史文化や生活文化は「文化体験」に含まれ、地域にまつわる社寺仏閣や祭りなどの行事、食文化、生活習慣・風習などその地域ならではの文化に触れることが醍醐味となっています。
単に文化コンテンツを見たり聞いたりするだけでなく、例えば祭りであれば動作や演奏、食事であれば収穫から調理に至るまで体験することで、より深く地域を理解することができます。そこでは既に多くの人が訪れているような著名な観光資源はそれほど求められず、逆に地域の人しか知らないようなものを活用・提供することで旅行者に特別感を与えることに主眼が置かれます。そのため、いかにして地域の固有性を前面に出せるか、そしてそこから導かれる地域らしさをいかにうまく伝えていくかが問われることとなります。
既に日本各地で様々な取り組みが進められており、海外の人も日本のアドベンチャートラベルに対する興味が高まっています。
歴史文化・生活文化のさらなる活用に向けて
今回は、地域の歴史文化や生活文化を伝え、地域活性化や観光振興につなげるための一手法として、文化芸術や歴史・生活にまつわるコンテンツの活用について紹介いたしました。地域をより深く理解してもらうためにもこれらの文化資源の活用は効果的であり、利活用が進むようになれば資源の維持・保存や次世代への継承につながりやすくなることが期待されます。今後も、各地域の文化に注目が集まることを願っています。
【参考資料】
- 1)(株)JTB総合研究所「『文化芸術と観光振興~文化芸術を地域活性化に活かす~』JTB総研・旅行トレンドLIVEより」
https://www.tourism.jp/tourism-database/column/2022/04/art-and-tourism/ - 2) 「令和7年度琉球歴史文化コンテンツ創出支援事業」ホームページ
https://okinawa-jtb.co.jp/ryukyu-rekibun/