観光と防災:安心・安全を育む地域の備え  [コラムvol.548]

日本国内では、地震や津波をはじめ、台風や局所的な豪雨などの自然災害が多く発生しています。豊かな自然は日本の観光の大きな魅力ですが、同時に災害への備えも欠かせません。

2026年3月に閣議決定された『観光立国推進基本計画(第5次)』においても、主な施策として「災害・感染症危機・テロ対策等安全・安心な滞在環境の実現」が掲げられています。この計画では、観光地や観光産業の強靱化(レジリエンス向上)を進めるとともに、訪日外国人旅行者を含む観光客の安全確保や危機管理体制の強化が示されています。観光地で人々の生命を守り、地域や観光産業を持続させていくための取り組みは、国家的な重要課題として位置づけられており、ますます大切になっています。

人々の安全確保

災害が起きたとき、観光客は地域住民と比べて大きな影響を受けやすい立場にあります。地元の地理に詳しくなく、危険な場所や避難場所の情報を取りにくいためです。特に外国人観光客の場合、「海岸で強い揺れを感じたらすぐに高いところへ逃げる」といった日本では共通して知られるような知識を持っていないことも、十分にあり得ます。

先行研究では、訪日外国人旅行者の多くが日本の自然災害リスクや具体的な避難行動について、明確な答えをもっていないことが調査結果として示されています(Nagai et al., 2020)。また、他の研究では、コロナ前の時点ではあるものの、自治体の地域防災計画において、観光客を対象とした予防的な対応規定は未だ不十分であるとも指摘されています(押田ほか, 2018)。

観光客は「地域の危険性や避難方法をよく知らず、すぐに正しい行動をとるのは難しい」という前提に立って、避難誘導や情報提供の仕組みを平時から準備しておく必要があります。

産業の保護と持続可能性

あわせて、被災した地域や周辺の観光産業をどのように守り、続けていくかという視点も大切です。大きな災害が起こると、直接的な被害がなかった地域でも旅行を控える動きが広がり、客足が遠のいてしまいます。

復興に向けた割引施策が行われることがありますが、これは需要喚起の効果がある一方で、注意が必要な部分もあります。もともと独自の魅力やサービスを理由に高めの価格を設定していた観光地の場合、大幅な割引によって本来ターゲットにしていなかった層の利用が増え、期待されるサービスと提供するサービスとの間にずれが生じるなど、接客やブランドの維持において新しい問題が生じる可能性があります。観光客が離れてしまったときに、どのように地域の魅力を保ちながら彼らを呼び戻すのか、普段から考えておくことが求められます。

地域としての包括的な計画

このように事前に考え、備えておくべきポイントはいくつかある一方で、いつ起こるかわからず、かかった費用を回収できるかもわからない災害対策に、個々の事業者が単独で大きな資金を出したり、時間や労力を割いたりすることは難しいのが現実です。だからこそ、自治体やDMOなどが中心となり、地域全体でまとまった危機管理の計画を持っておくことが有効ではないでしょうか。

観光の危機管理は発災直後の避難だけでなく、その後の復興や地域産業を続けていくことまで見据えた取り組みが大切です(参照:観光地における危機管理の枠組み 防災計画のその先へ [コラムvol.379])。観光庁も、事業者向けだけでなく、自治体やDMO向けに『観光危機管理計画等作成の手引き』を公開し、具体的な準備の手順をまとめています。

地域全体で取り組む例は多々ありますが、本稿では、和歌山県白浜町で始まった協議会について、簡単にご紹介します。同町は白良浜を抱える有数のリゾート地でありながら、南海トラフ巨大地震による甚大な被害が予測されている地域でもあります。こうした強い危機感のもと、2024年夏に南海トラフ地震臨時情報が出された際には、安全を第一に考えて海水浴場の一時閉鎖やイベントの中止といった難しい決断を下してきました。

これらを経て、2025年、白浜町で「産学官民連携による南海トラフ地震対応最前線モデル」推進協議会が設立されました。この協議会は、「平時からの備え」と「発災後の迅速な対応」を両立させる防災基盤を構築すること、また、「産学官民連携による共創」を通じて、地域が主体となった持続可能な防災体制を築くことを目的とし、産・学・官・民の多様な主体が参加する場となっています。平時からの備えに加え、帰宅困難者対応などの観光地特有の課題への対策や、観光客自身が防災教育や体験を通じて適切に判断し行動できる力を育むこと、防災を新たな地域価値の創出につなげること、そして白浜での取り組みを全国の観光地にも展開可能なモデルとしていくことを目指し、議論が進められています。

「安心して選べる観光地」へ

SNSを通じて、世界中に一瞬で情報が広がることは当たり前になりました。魅力的な観光情報だけでなく、災害の発生や被害の様子についての情報もすぐに広まります。訪日外国人旅行者にとって、「日本のどこかで地震があった」というニュースを見たとき、自分の行きたい場所とどれくらい離れているのか、本当に安全なのか、いま訪問してよいのかを判断するのは、日本人以上に大変な作業になります。

これからは、ただ内部で「対策をする」だけでなく、「どのような対策をしているか」をわかりやすく外に向けて発信していく視点も大切ではないでしょうか。多言語で分かりやすい情報を事前に伝えたり、安全のための取り組みを見える形にしたりすることは、観光客の不安を減らし、「安心して選べる観光地」という強みにもつながります。防災を単なるリスク管理として捉えるのではなく、地域の信頼や価値を高める大切な要素として位置づけていくことが、これからの観光と防災に求められていると考えます。

【参考文献・資料】

  • 『観光立国推進基本計画(第5次)』(令和8年3月27日閣議決定). https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001991694.pdf
  • 観光庁(2022)『自治体・DMOのための観光危機管理計画等作成の手引き』. http://mlit.go.jp/kankocho/content/810003032.pdf
  • 押田 佳子, 安齊 航也, 久島 琴音(2018)「わが国における「観光危機管理」の現状と課題 都道府県レベルにおける地域防災計画及び観光客対応マニュアルに着目して」. 都市計画報告集. 17 (3). https://doi.org/10.11361/reportscpij.17.3_339
  • Nagai, H., Ritchie, B. W., Sano, K., & Yoshino, T. (2020). International tourist risk information seeking and processing in Japan. Annals of Tourism Research. 80. https://doi.org/10.1016/j.annals.2019.02.008