「キャリング・キャパシティ」は算出できるのか(その1) [コラムvol.32]

2008.05.23

企画課長 寺崎竜雄

過剰な観光利用から自然資源をまもるために観光利用者数を制限しよう。それでは、いったい何人の利用までならば資源への影響をくい止められるのだろうか。そのデッドラインとなる人数、いわゆる環境収容力(Carrying Capacity)を算出してみようではないか、という意気込みがあちこちでみられるようになってきました。はたして、この人数を客観的に算出することはできるのでしょうか。

■観光利用者数を制限する

 自然資源の保護を主目的に観光利用者数に人数制限を設けている国内の例として、東京都小笠原「南島への上陸者数」と「母島石門一帯への登山者数」、東京都御蔵島「イルカウオッチング実施者数」、岐阜県高山市「五色ヶ原地区の散策者数」、奈良県大台ヶ原「西大台エリアへの立入可能な人数」がよく知られています。
 ここでは、わたしが何度も訪れている小笠原諸島の南島のことを簡単に紹介しましょう。
 小笠原父島の南西海域に立地する南島は、カルスト地形が地殻変動で再び沈降してできた沈水カルスト地形として学術的にも貴重なところであり、砂浜はアオウミガメの産卵場所として利用され、カツオドリやオナガミズナギドリなどの海鳥が繁殖するまさに自然の宝庫です。また、入り江などの独特の景観、白い砂浜、静けさ、人工物が全くない無人島らしい雰囲気などを楽しむことができる観光資源としても他に類のない、とても素晴らしいところです。
 父島発の小型船にのってホエールウオッチングやドルフィンスイミングを楽しむ海の観光プログラムの立ち寄り地として各種ツアーに組み込まれ、小笠原観光の中でも最も人気のスポットとして定着しています。
 ところが、観光客の立ち入りなどによって、植物が傷められ、それによって土砂が海へ流出したり、本来南島にはなかった植物が生えてきたり、ラピエという鋭く尖った石灰岩地形が破損するなどの悪影響が見られるようになりました。
 この自然崩壊を危惧した関係者の尽力によって、2003年4月、東京都と小笠原村は自然環境保全促進地域の適正な利用に関する協定と、ルールに関する協定を締結しました。これによって南島への観光には東京都自然ガイドの同行が義務づけられ、さらに1日あたりの最大利用者数は100人、最大利用時間は2時間、ガイド一人が担当する人数の上限が15人という制限が設けられました。
 それではこの人数は、どのようにして決められたのでしょうか。

■どのくらいの利用者数であれば多すぎる

 その前に環境収容力について少し考えてみましょう。そもそも環境収容力という考え方は、一定の広がりのある地域で牧草を維持しながら何匹の家畜を放牧することができるのかという家畜管理から始まったといわれています。観光領域では、観光利用がもたらす影響によって、資源が自力での回復再生が不可能な状態となる際の最大利用者数という意味合いとして使われているようです。いわゆるオーバーユースによる観光資源の劣化をくい止めるためのデッドラインということもできます。
 1970年代頃から米国のレクリエーション研究者の間で環境収容力への関心が高まったといわれています。そのころ国内でも環境庁(当時)を中心とした諸研究が着手されました。しかしながら、この"どのくらいの利用者数であれば多すぎる"を科学的に算出することは、当初の思惑よりもはるかに複雑であることが明らかになっていきます。季節や時間帯、天候、グループの規模や利用者の自然への配慮などの行動形態、そもそもぬかるんだ道を歩くのと乾燥した道を歩くという違いだけでも影響度は大きく異なることなど、観光利用と資源環境の間にはさまざまな要素がからみあっており、Y=aX+bなどという単純な関係にはなりません。人が増えたから影響がおきる、おきた影響の度合いを調べれば人数が制限できるだろうという考えは間違えだということ、牧畜とは違って観光利用はじつに多様だということに気づいたのです。
 議論が導いた結論は、大切なことは"How many is too many ?"ではなくて、"What level of impact is acceptable ?"あるいは"What kind of conditions are desired?"ということでした。つまり私たちがまもるべきことは、人数そのものではなく、自然の状態であり、その場で体験できる観光やレクリエーションの質であるということなのです。
 このような考え方に基づいて、観光地の管理・計画論が開発され、実践に移されていきます。さて、この詳細については次回に持ち越すこととしましょう。(つづく)
 
 
 主な参考資料
  - 愛甲哲也・小林昭裕「日米の自然公園計画における収容力の位置づけと日本における課題」
  - 熊谷嘉隆「自然公園域における管理運営フレームについての研究:
   Limits of Acceptable Change(LAC) Systems for Wilderness Planningについて」
  - (財)日本交通公社「観光地の資源管理に関する研究」


人が歩き、小径ができ、芝生の裸地化が進む
人が歩き、小径ができ、芝生の裸地化が進む(小笠原南島)

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