“自然と人に癒される道”~「済州オルレ」を歩いて [コラムvol.178]

2012.10.26

観光調査部 大隅一志
col-178

 トレイル、フットパス、長距離自然歩道、歴史古道など、フィールドやテーマなどの違いによって呼び名は異なるものの、10キロから数十キロ、さらには数百キロに及ぶ長距離歩道が注目されつつあります。健康づくりやリフレッシュ、あるいは達成感を求めて、国民の長距離を歩くことへの関心も高まりつつあるようです。
 こうした長距離を歩きながら地域を巡ることは、観光的にも訪れた地域の新しい旅行の楽しみ方として期待されます。では、旅行者が歩きたくなる道、地域の振興につながる歩く道とはどのようなものなのでしょう?こうした歩く道づくりのあり方に示唆を与えてくれる事例の一つが「済州オルレ」です。

■済州島の新しい観光スタイルとして登場した「済州オルレ」

 済州島は、温暖な気候と豊富な観光資源から、中国の海南島と並び「東洋のハワイ」とも呼ばれる韓国最南端の島(面積約1,848k㎡、人口約55万人)。「済州火山島と溶岩洞窟」として世界遺産に登録されるなど大自然に囲まれた島であると同時に、15世紀に朝鮮王朝に併合されるまで独立国であったことから朝鮮半島とは異なる風習や文化が見られるなど、独特の自然と文化をもつ島です。
 この韓国を代表する観光地、リゾート地である済州島に、新たな観光の楽しみ方として登場したのが「済州オルレ」です。
 「オルレ」とは、済州の方言で“大通りから家に帰る細い道(路地)”の意味。「済州オルレ」は、森や山、里、海岸などの小道を歩くウォーキングコースです。一つのコースが10~20km程度の距離をもち、2007年9月に最初のコースがオープンして以来、現在までに25コース(総延長約430km)が島を一周するように整備されています。
 「済州オルレ」の登場により、済州島の観光は大きく変わりつつあります。2011年に島を訪れた旅行者700万人のうち、約25%程度が済州オルレを歩くために訪れているといいます。

■ 「済州オルレ」から学ぶもの

 わずか5年足らずで島を一周するほどの歩く道の整備が進められ、島の観光を変えるほど多くの旅行者を惹きつけるまでになった済州オルレの魅力、成功要因とは何なのでしょうか。

①貫かれている“オルレの基本精神”
 「済州オルレ」は、済州島出身の徐明淑(ソ・ミョンスク)氏((社)済州オルレ理事長)が、スペインの巡礼の道「カミーノ・デ・サンチアゴ(Camino de Santiago)」を歩いたことにヒントを得て作られはじめた道で、地域ぐるみで旅人をもてなす道づくりをベースに、以下のような済州オルレならではのコンセプト(こだわり)が貫かれています。
 ・できるだけ山、森、里などの古道を使い、アスファルトの道は通らない(避ける)
 ・自然だけでなく、市場や農牧場など地域の文化や人ともふれあえる変化に富んだコースとする
 ・もとの自然・生活風景を乱さない
 ・気候に左右されない(雨や風の中を歩くのも魅力とする)
 ・誰でも歩ける(ハードな山道、登山道などは設けない)
 ・地域住民の手で整備、維持管理できる道をつくる(整備や維持管理にお金をかけない)
 ・大手資本による観光ではなく、地域にお金が落ちる観光を実現する

②卓越したデザインと巧みなプロモーション
 済州オルレのサインはいたってシンプルでありながら、誰にでもわかりやすく、風景の邪魔をせず、しかも維持管理がしやすいものとしています。さらにリーフレットやマップなどの印刷物、土産品(グッズ)の開発にいたるまで洗練されたデザインが、都市からの旅行者に対するオルレイメージを高めることにつながっています。これには、徐(ソ)氏が元時事週刊誌の編集長という経歴をもち、一流のデザイナーなどがオルレの道づくりに協力していることも大きな要因といえるでしょう。

済州の馬(カンセ)
済州の馬(カンセ)をデザインした
サイン。顔の方角が順路を示す
漢字の「人」
漢字の「人」をデザインした矢印の
サイン。青色が順路、赤色が逆路
矢印
路上にペインティング
された方向を示す矢印。
これだけで迷わず歩く
ことができる
オルレのリボン
迷いそうな場所に取り付
けられたオルレのリボン
サイン
日本語版のリーフレット

 また、韓国初の国民的アウトドアブーム、過酷な競争社会へのアンチテーゼとして癒しを求める風潮を好機として、マスメディア等を効果的に活かしたプロモーション手法も見逃せません。

③癒しの根底にある地域ぐるみのホスピタリティ
 市場でおばさんと話をし、食堂で郷土料理を食べ、海女さんの小屋では手作りのマッコリでもてなしを受ける・・・済州オルレでは、地域の人との様々な出会いが楽しめます。

市場もオルレコースに
市場もオルレコースに
海女のおばあちゃん
オルレができ楽しみが増えたと
語る海女のおばあちゃん。
小道を歩く
ガイド(道の友だち)とともに、
自然や歴史の小道を歩く
雨の中
雨の中でもオルレを歩く若い人たち

 また自らを“道の友だち”と名乗る地域のガイドは、地域の自然や歴史の話を織り混ぜつつ、旅行者に寄り添うように歩きながら普段の生活のことなどを話してくれます。
 特別な見せかけではない素直なもてなしからは、オルレが“癒しの道”といわれる本当の意味が伝わってくるようです。

④地域振興への寄与(地域貢献)
グッズ オリジナルグッズ(オルレの案内所にて)  済州オルレでは、たとえば、飲食施設沿いにコースを設置しガイドブックで紹介したり、パスポート利用者への各種割引をしたり、オリジナル商品を開発するなど、観光消費がもたらす経済効果をコース沿いに暮らす地域の人々に還元する様々な工夫がなされています。
 事実、オルレができたことにより、飲食店が繁盛するようになり、寂れていた市場が活性化し、路線バスが黒字運行するようになるなど大きな効果が出ているようです。オルレを歩いていると、新たな喫茶店(カフェ)や宿泊施設(ゲストハウス)があちこちに立地し始めています。
 島の人口も、4年間で若者を中心に400人も増え、島民の7割がオルレができたことを好意的に捉えているといいます。

カフェ
オルレコースにはカフェが
各所に立地しはじめている
ゲストハウス
オルレの整備とともに
増えつつあるゲストハウス

⑤地域ぐるみの整備と運営
 済州オルレの整備や管理運営には、(社)済州オルレを中心に、多くのボランティアが参加しており、現在も約400人もの地元ボランティアが管理に関わっているといいます。
 道や看板の整備には、極力手作りでお金をかけず、最小限の整備にとどめていることも、地域主体で持続的に道の管理をしていくことを可能にする大きなポイントといえます。

■ 旅行者と地域を結ぶ歩く道づくり

 今年の8月、オルレの管理運営組織である(社)済州オルレを訪問し、実際にオルレコースを歩く機会を得ました。わずか3日間の滞在で、あいにくオルレを歩いた日も大雨でしたが、“地域の自然・人と旅人をつなぐ癒しの道”であることを肌で感じることができました。
 済州島では、間もなく、「2012済州オルレウォーキングフェスティバル」が開かれます。今年は、10月31日より11月3日までの4日間、済州オルレの4つのコース(63.9km)を舞台に、村の住民たちが準備した多彩な文化公演や食べ物市場などが予定されています。
 済州オルレの日本語版公式ガイドブックの裏表紙に書かれているこのフェスティバルの紹介文には、歩く道に込められた“オルレの基本精神”が見事に表現されています。

 「幸せになれ、この道で(Be Happy on the Trail) 恋せよ、この道で(Discover LOVE on the Trail) そして・・・」

 折りしも、我が国では、東日本大震災からの復興に向けて、被災した青森県種差海岸から福島県松川浦までを海岸域を歩く道でつなぐ「東北海岸トレイル」の整備が計画されています。
 そこに求められる道とは、歩くことで旅人と三陸の地域とを結び、地域の自然・文化や地域の人とのふれあいを通して旅人が癒され、同時に地域の人たちを元気にすることができる道といえるでしょう。

 

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