旅の人が夢みたものは [コラムvol.274]

2015.10.28

観光文化研究部 研究員 清水雄一

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 この仕事をしていると、当然地域側からの視点で観光を見る割合も高くなります。
 しかし、今日は、敢えてひとりの旅人としての視点から、思うところを書き連ねてみようと思います。

少年達の思い付き

 同郷の人であれば、多かれ少なかれ共感してくれると思いますが、小学5年生のある夏の日に、私は親友と二人である思い付きを実行に移しました。埼玉で生まれ育った私たちは、荒川沿いの土手に立っていた「海まで44㎞」という道標を手掛かりに、自転車に乗って東京湾を目指したのです。

 台風一過の爽やかな朝、私たちは愛車に跨り、一路南下しました。予想に反して舗装路はすぐに終わってしまい、オフロードをひた走り、氾濫したゴルフ場を詮索し、線路の下を潜った時には上を行く列車の轟音に驚き、途中土手の道が途絶えてしまってからは、街中を探検しながら進みました。時折、いつか車窓に見た風景の中を、自らの足で進んでいるのを実感するのは何か誇らしい感情がありました。

 太陽が頭上を過ぎた頃、ペダルを漕いだその先に、ついに現れたのは、我らが荒川がその終わりに流れ込む東京湾、茶色く濁った葛西臨海公園の人口渚でした。私たちは到着するなり、茶色く濁ったその海に飛び込みました。私は喜びのあまり、ゴーグルもないのに茶色く濁ったその海の中で目を見開きました。どうしてもこの目で見てみたかったのです。ほぼ視界のなかった茶色い海中の様子は今でも脳裏に焼き付いています。私たちはそうして30分程泳ぎ、また愛車に跨りました。せっかく何時間も掛けて辿り着いたのに、逆算をすると既に帰らなければならない時間だったのです。その夜、夕食の時間に間に合った私を、家族は暖かく迎え入れてくれました。風呂に入っても手のひらにはじんわりとハンドルの余韻がありました。

 長じて、私はついに休学をしてまで、旅に出ることになるのですが、家族や友人と遠く離れた旅先で、時々ふと思い出すのが、ただペダルを漕いで海を目指した、この時の冒険でした。会わなくなってしまって久しい親友のこととその後の自らの歩みを振り返りながら、生まれ育った場所にはないものを目指して、普段の行動圏から大きく飛び出した日のこと、旅の原点とも言えるあの日一日の出来事が時々蘇ってくるのです。

一生に一回だけの旅かもしれない

 「中国人観光客爆買い」そんな見出しを見る度に、私には一抹の引っ掛かりを感じます。もちろん、観光による地域経済の活性化は大変に重要な観点ですし、何より買い物を楽しむ旅というのがあって、大いに結構です。ただ、旅先で、時に自分が「ネギを背負った鴨」になっているのを感じると、ある種の興醒めがあるのも事実です。嗜好や立場によっては、たくさん消費するのはステイタスの証明でもあるかもしれないし、周囲からのリクエストが多いのかもしれないし、私が言おうとしているのも旅人のエゴだということも分かるのですが・・・。

 地域側の観光について考えるとき、私はサッカーの三浦知良選手の言葉を思い出します。曰く、「ブラジルで俺は試合前に必ずスタジアム全体を見る。この中でいったい何人の人達が一生に一回だけの試合を見に来たんだろうと思うんだ」

 自分達がグラウンドに立った時、S席に観客が何人入っていると見るのか、関連グッズはどのくらい売れていると見るのか。あるいは観客に夢を感じさせられる選手になるのか。いずれの視点も大事だけれど、旅人の心としては、まず選手の比類無き生き様に心惹かれるのではないでしょうか。

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