「遊び心」が高める地域の魅力 [コラムvol.212]

 私は学生の頃から地域の博物館や資料館の手伝い(資料整理)をする機会に恵まれてきました。博物館には様々な資料が展示されていますが、私が特に好きなのは、日本人が日常の暮らしの中で使ってきた民具です。しかし、当初は博物館でも名前と簡単な使い方しか書かれていないことの多い民具に対して地味な印象しかなく、興味もありませんでした。
 しかし、よく調べてみると、民具には各地域の生活の中で育まれた知恵や工夫が集約されており、地域性がよく表れています。また、一見同じように見える民具でも、持ち主の想いや当時の状況が深く刻み込まれており、実に奥深いものです。当初、なぜ興味がもてなかったかをふりかえってみると、モノの価値を語る情報がどこにもなく、面白さを知り得るツールがなかったからではないかと思います。この経験を活かし、その後の展示作業では、持ち主から聞いた民具の思い出やエピソードなどを伝える「隠れた物語シート」を作成し、添えたことを覚えています。
 民具はあくまで一例ですが、地域のお手伝いをしていると、地域や資源の面白さや魅力をうまく伝えられていないケースをよく見かけます。もちろん、何を面白いと思うかということと、それを相手に共感してもらえるかどうかという課題はありますが、常日頃から、地域や資源の価値や面白さをどう伝えるかということが一つの興味となっています。

○伊豆半島の風景を切り取ったお菓子「ジオ菓子」との出会い

 地域の魅力を伝えるという意味では、様々な方法があります。例えば、ガイドブックに載っていないディープな見どころや楽しみ方を伝える地元の情報誌もありますし、まち歩きや体験メニューなど地元の方が案内するツアーなどもあります。各地域を訪れる中で、色々な方法を見てきましたが、ある時、ヒアリングで訪れた熱海のカフェでとても面白いものを見つけました。それが伊豆半島ジオパークを舞台に展開している「ジオ菓子」です。
ジオ菓子 「ジオ菓子」はジオパークで見ることのできる地質や地形をお菓子で表現したものですが、そのリアルさといったらすごい!地質というと少しとっつきにくい感覚を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、それをお菓子で表現するという新しい見せ方に衝撃を受けました。すごいのはお菓子だけではありません。お菓子と一緒に入っている解説マップも絵巻物のような形になっていて、まるで宝の地図のよう。このお菓子がどれだけ本物とそっくりなのか、実際に現地に行って確かめてみたくなりました。早速その日のうちにFacebookにアップしたところ、たまたま、このジオ菓子を作っているジオガシ旅行団の方と知り合いの先輩からコメントがあり、2ヶ月後に伊豆半島ジオガシツアーが実現することとなりました。

○ジオ菓子持ってでかけよう!

ジオ菓子
ジオ菓子
 当日は、ジオガシ旅行団の方のご案内で、白滝公園の縄状溶岩※(三島市)、弁天島の斜交層理※(下田市)等、ジオ菓子のモデルになったポイントを訪れましたが、中でも特に感動したのは下田にある爪木崎の柱状節理※でした。現地では、なぜこのような地形になったのかという話と合わせてジオ菓子の作り方も教えていただきました。面白いのは、お菓子を作る工程が、長い長い年月をかけて柱状節理ができる工程ととても似ていること。そして、実は全てのジオ菓子にその地域の特産品を使っており、例えば柱状節理には爪木崎でとれるひじきが練り込まれています。ジオ菓子と実物を見比べたい!という夢も実現でき、本物の柱状節理にも、ジオ菓子のリアルさにも感動しきりとなりました。そして、さらに驚いたことに新作もできあがっていました。その名も「柱状けんぴ」。長さを同じくらいにそろえた芋けんぴを、横から見た柱状節理に見立てています。確かに似ている!まさに言った者勝ち、それを形にした者勝ちです。

 ジオガシ旅行団は、旅行団という名の通り、ツアーも実施しています。食べることも、作ることも大好きな団員の皆さんは、案内していただく中で、遊歩道に生えている植物を指さしては、「これをかじってみると大根の味がするよ」とか、「これはパセリみたいな味がしてお刺身のツマにするの」といったことも教えてくださいました。もちろん、地質自体にも詳しい知識をお持ちですが、転がっている岩を見て「タマネギみたいでしょ?」と言われると、単に「これは安山岩です」と言われるよりもスムーズに頭に入ります。何よりも楽しそうにお話をする姿が印象的で、それにつられてこちらもどんどん興味が沸いてきます。
ジオ菓子  その後、皆さんが「アジト」と呼ぶジオ菓子を製造している工房にお邪魔して詳しいお話を聞き、全9種類のジオ菓子が詰まったコンプリートボックスを入手しました。本当は、一カ所ずつ制覇してジオ菓子を集めていくのも醍醐味かもしれませんが、改めて全てのジオ菓子を見ると、なんだかとても大きな探検をしてきたような充実感を抱くとともに、まだ見ぬ風景への想いもふくらませつつ帰路についたのでした。

○ジオ菓子から学んだこと

 単なる食い意地が張った旅行記のようですが、改めて考えてみるとこの一連の体験には実に様々なヒントがあります。実際、「ジオ菓子をきっかけに現地に来てほしい」というジオガシ旅行団の思惑通り、私たちは現地に足を運び、伊豆半島とジオパークの面白さに気づかされ、今度は旅行団のツアーに参加してみようという話も出ています。地域へのリピーターやファンになってもらうことは容易なことではありませんが、それにつながるいくつかの要素がうかがえます。

■興味と行動をいざなう仕組み
私が考えるジオ菓子の魅力として、以下を挙げることができます。
ジオ菓子ってなあに? ・お菓子が好きなことやジオの魅力を伝えたいという作り手の想いが存分にあふれていること
・お菓子のリアルさやパッケージのデザインが徹底して追求されていること
・「何これ?」という初期段階の興味に応える情報提供がきちんとされていること
・各地域の特産品をうまく取り入れ、地元の方とも連携して作っていること
・現地を案内する仕組み(ツアー)があること
等です。
■人の心をつかむガイドの存在
 もちろん、ジオ菓子自体も魅力的ですが、旅行団の皆さんに案内していただかなければ、地質や伊豆半島に対する関心や感動はここまで高まらなかったように思います。詳しくはご紹介できませんでしたが、旅行団の皆さんそれぞれの「楽しみ方」を教えてもらうことができ、そこに我々も一緒に入っていけたことが大きかったのではないかと思います。専門的な知識を持っている人はどうしてもマニアックな方向に話がいってしまい、素人がついていけないということがありますが、単なる知識の披露ではなく、「どういったところが面白いのか」「なぜ自分が興味を持ったのか」ということも織り交ぜて話していただくことで、その対象となる資源に加え、案内をしてくれている人に対する親近感や興味も沸いてきます。

■「遊び心」があるからこその発想
モノや仕組みを作る工程では様々な苦労がありますが、私が魅力的だと感じるモノや仕組みの多くには、作り手の「遊び心」があるような気がします。「遊び心」というのは、まさに自分自身が楽しんでいることの表れであり、旅行者の立場を忘れない姿勢であるとも言えます。ジオ菓子は「遊び心」をもって作られているからこそ、それを手にとった私たちが楽しい気持ちになれるのだと思います。

■想いを形にするパワー
自分が伝えたい思いや面白さを形にする(=見える化)ことはとても難しいことです。ジオ菓子のようにお菓子として形にするという方法もあるでしょうし、情報誌のように紙媒体で表現する方法もあると思います。「自分が何を魅力に思っているか」、それを「どういった人に」「どのように楽しんでもらいたいか」ということを一つひとつ考えていくと、少しずつデザインの大枠が決まってきます。産みの苦しみはもちろんありますが、そこが個性の出しどころ。ジオ菓子も現在の形になるまでには、多くの試行錯誤があったと聞いています。

○地元を楽しんでいる人が多い地域ほど、多くの旅行者の心をつかむ

地域のお手伝いをしていると、観光関連事業者の方が地元のことを知らない、地元でも行ったことのない場所が多々あるという話を聞きます。「地元の資源をどう楽しめばいいかわからない」「何が魅力かわからない」という人もいますが、自分自身が旅行者の立場に立って色々な地域を訪れてみると、その地域の魅力や特徴がよく見えます。こういった体験を積み重ねていくと、自分が住んでいる地元の面白さや魅力を再認識できるのではないでしょうか。
地域は地元の方々の想いの積み重ねでできていると感じます。そして、旅行者はそれを敏感に感じとります。地域としては、地元をアピールするプロモーションに力を入れることももちろん重要かもしれませんが、まずは自分自身が地域を楽しむこと、それを旅行者と共有する仕組みを「遊び心」をもって考えることも大切ではないでしょうか。

ジオガシ旅行団の詳細は以下のサイトをご覧下さい
 http://geogashi.com/

縄状溶岩
海底火山から噴出した溶岩が冷えて固まったもの。
斜交層理
海の底に積もった砂や火山灰などの堆積物が水流の影響を受けてできた堆積層
柱状節理
伊豆半島が海底火山だった時代に地底で固まった溶岩で、亀甲状にひびわれたものをこう呼ぶ。