旅行者の日常をご存じ?~旅行先に求められる生活習慣への対応 [コラムvol.110]

2010.02.12

観光文化事業部 川口明子
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■日常の通勤風景

 私は毎日、電車通勤をしています。仕事と子育てに追い回される身にとって、通勤時間は自分のためだけに使えるつかの間の貴重な時間。以前はこの時間に小説やマンガ雑誌を読んでいましたが、最近ではiPhone(アイフォン)片手にTwitter(ツイッター)を楽しむようになりました。
 自分と同じ趣味を持つ人々や企業経営者、政治家、ジャーナリスト達の"つぶやき"を読んだり、自分からも"つぶやき"を発信したりしていると、あっという間に最寄り駅に到着。時間の長さは時計で客観的に計れても、時間の感じ方は主観的なものであることを改めて実感させられます。

■身体が記憶している「手続き記憶」

 Twitterを読みながら思考をめぐらせていると、その他のことにはすっかり上の空。それでも、無意識のうちに電車から降り、改札を抜け、家路を歩いて気が付けば自宅にたどり着いています。毎日同じ行動を繰り返しているので、帰宅時の動きがすっかり身に染みついているのでしょう。日常生活では、このように毎日の繰り返しで身体が記憶している動きが意外に沢山あるものです。

 こうした記憶は、専門用語で「手続き記憶」と呼ばれています。子どもの頃に泳ぎ方や自転車の乗り方をいったん身体で覚えてしまうと、一生忘れません。また、スポーツや音楽演奏などは何度も繰り返し練習することで手続き記憶が形成され、上達していきます。技能習得を説明する際に用いられることが多いことから「技能記憶」とも呼ばれますが、日常で無意識に繰り返される何気ない動きも、この手続き記憶に埋め込まれているものと考えられます。一種の「生活習慣」といえるでしょう。

■手続き記憶は旅先でも顔を出す

 手続き記憶に埋め込まれた日常の動作は、非日常の旅行先でも、ふとした瞬間にあらわれます。
 先日、出張で沖縄に行ったときの出来事ですが、ゆいレールの改札で無意識に電子マネーのカードをかざそうとしたことがありました。改札に入る直前で急に我に返り、切符を購入する必要があることを思い出して、慌ててきっぷ売り場へと向かいました。

 都市部では、非接触ICカード技術を用いた決済手段、いわゆる「電子マネー」がここ数年で急速に普及しています。特に首都圏での普及が進んでおり、保有率はなんと8割(※1)にも達しています。公共交通では鉄道での導入が先行しましたが、最近ではバスやタクシーへの導入も進み、カード1枚でどこへでも行けるという状況が首都圏では当たり前になっているのです。そのため、旅先の沖縄でも、自動改札では電子マネーをかざす、という手続き記憶が無意識に働いてしまったのでしょう。

■旅行者の生活習慣の変化をキャッチしよう

 無意識に行う身体の動きを遮られると、人は大きな抵抗感を覚えます。電子マネーもそうですが、たとえば日本のトイレ事情に目を向けると同じような光景が見られます。日本の家庭ではウォシュレットが標準装備されるようになりましたが、それに伴い外出先でもウォシュレットのないトイレに抵抗を示す人が増えました。国内の宿泊施設ではウォシュレットの整備が進んでいますが、こうした人々のニーズに応えた結果だと思います。
 一方、海外ではトイレにウォシュレットを整備しているホテルはまだ少数派。そこで、楽天トラベルでは「温水洗浄便座特集」(※2)のサイトを設け、ウォシュレット付きトイレのある海外ホテルを集めて紹介しています。このサイトはTwitter上でも紹介され、話題を集めていました。
 前出の電子マネーも、首都圏近郊の観光地では導入を進める動きが出てきています。2009年3月には、箱根の玄関口である箱根湯本駅の改装とともに駅構内のカフェや土産店で電子マネーを導入。日光では、観光協会連合会が中心となって電子マネーの普及促進を図っています。熱海でも、伊豆箱根バスが同年12月から電子マネーの取り扱いをスタートさせました。

 「かつて海外旅行が大衆化していく過程で、日本の旅行会社が現地の受け入れ側に対して、日本語のメニューを要望したりスリッパの用意を求めたり、受け入れ態勢の改善を働きかけ」(※3)たといいます。観光地そのものの魅力が人を惹き付ける最大の要素であることは疑いようがありませんが、市場拡大の背景には、こうした旅行者の生活習慣への配慮もあったのです。

 旅行者の日常は変化しています。この変化への対応が後手にまわると、旅行先での不便な印象が蓄積し、旅行者の足を鈍らせることにもなりかねません。観光地の個性を生かした魅力づくりとともに、旅行者の生活習慣の変化に対応した受入態勢づくりに取り組んでみてはいかがでしょうか。

※1 野村総合研究所「電子マネーに関するアンケート調査(第3回)」
   (2009年6月調査)
   http://www.nri.co.jp/news/2009/090901.html

※2 楽天トラベル「温水洗浄便座特集」
   http://travel.rakuten.co.jp/kaigai/kwd/washlet/

※3 引用元:「週刊トラベルジャーナル」2010年1月 4・11日号31ページ

 

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