観光も「自己責任」の時代へ [コラムvol.169]

2012.06.22

企画課長  牧野博明
col-169

■危機に対する「自己責任」の必要性

 日本は諸外国に比べると安全性が高いと言われていますが、それでも最近は物騒な事件が頻発しており、危機に対する日頃の注意や意識づくりがますます重要となっています。この危機対応の考え方については、日本と欧米諸国等で大きな違いがあり、日本では「国や警察、あるいは地域(住民を含む)等が守ってくれる」という意識が働きがちですが、諸外国では「自分の身は自分で守る」という考え方が根底にあります。もちろん、「外国の人は他人を信用しない」というわけではないのですが、いざという時には「自分で対処しなければならない」という考え方に基づいて行動するようです。このような対応は立派で素晴らしいのですが、これがエスカレートすると、「常に武器を所持していないと不安になる」「相手に非がある部分については徹底して責任追求する(裁判で争う)」ということになってしまいます。ここまでになると、人間としての心の温かさが失われてしまうようで、悲しい気持ちになります。
 これに対し、日本のような「国や地域全体で守る」という考え方の場合、相互に見守る効果が発揮されるために危険性は低下しますが、一方で個々人の危機に対する意識が働きにくくなり、例えばその人がこれまでと異なる環境(国・地域)に置かれた場合の危機への対処に不安が生じることとなります。もちろん、突発的な災害等の場合はやむをえない部分がありますが、そうでなくても安全・安心な環境に安堵するだけでなく、この不安定なご時世、少なからず危機意識及び危機への対応を個々人が心がけ、「自己責任」をある程度意識する必要があるように思います。

■観光・旅行における「自己責任」

 この「自己責任」という言葉、実は観光・旅行においても重要な意味合いがあり、旅行行程や観光地での楽しみ方などに影響を及ぼします。ここでは、考慮すべき2つの点について取り上げることとします。
 1点目は「対価」の観点です。具体例として、最近注目度の高いLCC(ロー・コスト・キャリア)を挙げると、ご承知のとおり、LCCはムダを極力省いて経費を抑え、その分航空運賃を下げるというビジネスモデルに基づく航空会社であり、既存の大手航空会社とは異なる点が多々みられます。その典型例として「サービスの有料化」「遅延時の保証制度なし」があり、既に就航しているピーチアビエーションの場合、前者は手荷物預かりや食事・飲み物等の機内サービスが有料、後者は遅延時のホテル手配及び支払い、他社便への振り替えが不可となっています。このため、無料サービスに慣れた日本人にとっては不向きではないかとの意見も聞かれますが、それを承知のうえでLCCを選択するという「自己責任」の意識が浸透してくれば、受け入れられる可能性が高くなります。これがわが国でのLCCの定着を左右する試金石となることでしょう。
 一方、観光地や観光施設に注目すると、集客増を目的に無料化や無料体験等を実施しているところがある程度みられます。なるべく多くの人に来てもらいたいという思いがあるものと推察されますが、実際には大小に関わらず経費が発生するため、果たして今後も無料のまま継続するのが妥当と言えるのか疑問を感じます。企業の場合、「広告宣伝費」もしくは消費者への還元と位置づけることは可能ですが、厳しい社会・経済情勢のなか、将来的な持続性が不安視されます。また、無料であれば来訪者は喜びますが、本当に施設や組織が伝えたいことを受け止めてくれるのかどうか疑問を感じます(“それほど興味はないけれど無料だから参加した”という人が少なからず存在するはずです)。逆に、運営費や維持費の一部だけでも来訪者に負担してもらうようにすると、来訪者と施設(受け入れ側)の双方に「自己責任」が生じることとなり、来訪者数は減少するかもしれませんが、その分お互いの理解や信頼が深まるものと期待されます。持続的な観光、そしてそれに伴う施設や地域の活性化を目指すのであれば、そろそろ「無料サービス」という発想から脱却し、付加価値の高い「サービス」の提供とその「対価」を真摯に検討する時期ではないでしょうか。
 2点目は「楽しみ方」の観点です。わが国では観光地や観光施設に限らず、あらゆる集客施設において来訪者にトラブル等が発生した場合、施設の所有者や運営者等の責任を問われる場合が多くみられます。そのため、施設側はそのようなトラブルが発生しないよう、厳密な安全対策を施しがちです。
 例えば、遊具施設や建造物・構造物等の場合、危険と思われる箇所については立ち入り制限や防護柵等の対策が不可欠ですが、それを過剰にしすぎると、楽しみや満足度、わくわく感、開放感などが得られず、平凡な印象や感想にとどまってしまう可能性が高いです。一方、海外の観光スポットを訪れたことのある方の中には、「この程度の安全対策で大丈夫なのか」と感じた経験がある方もいらっしゃるのではないでしょうか。欧米などの外国人旅行者の場合、興味や冒険心に対する高い満足度を得るため、「自己責任」を前提に行動する傾向がみられます。そこには単に「楽しむ」ということだけではなく、危険な状況に遭遇しそうな場合の対処法やそうならないための判断力の醸成につながっているように思われます。もちろん無謀な行動や施策は論外で、予防策を講じ安全性に十分に配慮することを真っ向から否定するつもりは毛頭ありませんが、ある程度個人の裁量に任せられる部分については、がんじがらめに規制や制限をかけるのではなく、自由度を拡大してもいいように思います。

■「自己責任」のためには「説明」が重要

 以上、2つの観点から「自己責任」を述べましたが、単に受け入れ側が来訪者や利用者に「自己責任」を押しつけるだけでは不平等であり、納得感が得にくいでしょう。これが成立するためには、少なくとも「自己責任」につながる「判断基準」を受け入れ側が示す必要があります。具体的には、「対価」「楽しみ方」の双方とも、利用条件(制約や責任の範囲)とそれに見合う価格や提供内容の明示が求められます。これはまさしく「契約」の考え方に相当するものであり、「対価」については商売の観点から広く考え方が浸透していますが、「楽しみ方」についても「自己責任」をより明確化するため、来訪者・利用者と受け入れ側が対等な立場に立った上での「契約」が求められることとなります。現実的には、様々なレベルのリスクと隣り合わせとなるため、どこまでを「自己責任」とするべきか、慎重な判断が求められることとなります。双方とも責任に対するプレッシャーがかかることとなりますが、その分、観光・旅行の楽しみ方の「本質」の追究につながるものと期待しています。

参考:ピーチアビエーションホームページ

滑り台1 滑り台2
製鉄所跡に設けられた滑り台(ドイツ)
瀬戸川と白壁 青の洞窟2
水位に左右される青の洞窟(イタリア)

 

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