2009年の年頭に考える「厳しいときこそ観光の原点に戻ろう」 [コラムvol.64]

2009.01.09

常務理事 小林英俊
研究員コラム

要旨

 アメリカ型の効率を追い求め利益のためにはなんでもありの自由経済システムが引き起こした世界規模の金融危機。このような時こそ、観光産業に携わる人は観光の原点に立ち返るべきです。当財団主催の「旅行動向シンポジウム」から、そのヒントを探ります。

本文

 厳しい経済環境の年になりそうです。
 昨年末の「旅行動向シンポジウム」で発表した予測は、国内旅行が-2.5%、海外旅行が-5%となっています。今回の世界規模で起きた金融危機による景気の低迷は100年に一度ともいわれ、単なる景気循環による不況というよりも、アメリカ型の自由経済システムの行き詰まりとの指摘も多く聞かれます。
 不況になるたびに"不要不急"と軽んぜられてきた旅行や観光ですが、この経済不況を乗り切るために、観光産業はどのような対応をとればいいのでしょうか。

 同シンポジウムの二部では、毎年いろいろな分野の実践家をパネリストに招きお話を伺っていますが、ゲストの言葉の中にいくつものヒントが隠されていました。
 昨年末は、「料理人の世界観が人を呼ぶ時代」と題し、食から観光を考えました。取材した"ミスター円"こと榊原英資氏は、食の世界においてもアメリカ型の発想が破綻しつつあると指摘しています。榊原氏は、食文化には大きく異なる二つの潮流があると分析しており、ひとつは、食を「資源」として捉える英米型で、大量生産技術を食の分野に持ち込み「食の工業化」を進めてきました。ここでは、ファストフード、コカコーラ、貧しい食文化、大型スーパーによる流通、遺伝子組み換え、効率主義、システマチック、グローバリゼーション、金融業などのキイワードが連想されるといいます。
 もう一方は、食を「文化」として捉えるフランス型で、イタリア、日本や中国などのアジア諸国などが含まれます。ここで連想されるのは、スローフード、豊かな食文化、手工芸的、品質主義、ローカリゼーション、熟練職人による製造業などです。
 現在は、経済効率追求のアメリカ型が食の安全や健康面などで行き詰まりをみせており、代わってフランス型なかでも日本を始めとするオリエント的なものが世界の大きな流れになってきているのです。榊原氏は、理論だけでなくこの考えを実践すべく、生産者・消費者・料理人を有機的につなぐための組織を立ち上げ、食による地域の復権に取組んでいます。
 パネリストの北海道を代表するシェフ中道博氏も、生産者・料理人・消費者をつなぐ食(食材)の連鎖が地方を変えると言います。一昨年には、JA美瑛と組み、今までにない斬新な野菜レストランをJAの農産物直売所「美瑛選果」のなかに創りました。中道氏は、料理人の創意工夫や創造性による"感動"が、生産者と消費者をつなぐ媒介になると考えています。ただの"美味しい"ではなくて、そこには"驚き"が必要だというのです。
 そして、フランスの三ツ星シェフ、ミッシェル ブラス氏の代表的な一品「野菜のガルグイユー」に込められた斬新なアイデアと深い企てについて驚きを込めて熱く語ってくれました。ガルグィユーは、白い皿に30種もの野菜がまるで一枚の絵を描くがごとく美しく配置された一品ですが、ブラス氏はそのお皿に故郷の風情を表現しているのだそうです。わざとちょっと苦い野菜や歯ごたえのある野菜を入れることで、味や食感に深みと変化を出していて、さすがの中道氏も感心したそうです。そのためには、野菜の採れる時期や場所によるちょっとした違いを見抜く力、美味しさを最大限に引き出す技が必要となります。しかも、ただの故郷の風情ではなく、微妙に食感の異なる野菜を使い、季節ごとに春は生命感、夏は躍動感、秋は安定感、冬は充足感を表現しているというのです。単なる彩としての季節感ではなく、季節の意味や解釈が表されていたのです。
 ブラス氏は、「人は幸せな時に、あるいは喜びを感じたい時にレストランを訪れる。そういう人達に感動を与えるために、料理人自身が幸せな気分で満たされていなければいけない」と述べているそうです。

 分野が違うとはいえ、これらの言葉や考え方は、観光や旅行分野にとっても大変示唆に富んでいます。
 アメリカ型発想の得意とするのは、物事をシステマティクにとらえ数量化してそれを目標に効率を図るという方法です。観光産業というのは、人間生活を豊かにするためのものであり、人間の幸せや満たされた気持ちというのは本来定性的なもので、数量化しにくいものです。われわれは、観光・旅行分野にもアメリカ型の発想を持ち込み、効率を追求し、数値目標の達成に追われているのではないでしょうか。
 もはや誰もが共通して欲しがるサービスなどないにもかかわらず、マーケットの動向に振り回され、どうやれば売れるか、といった方法論を求めていたのです。日本のオーベルジュ界の先駆者で箱根オーミラドーのオーナーシェフ勝又氏は、「リサーチしたらオーベルジュはやれない。しかし、夢をカタチにすればどんなところでもお客さんは来る」と語ってくれました。マーケットリサーチというのは、大企業が売れる工業的製品を探るために使った手法だったはずです。
 一昨年のパネリスト、「天空の森」の田島さんも、業界紙や経済誌はあえて読まず自分自身の頭で考え自分の感性を大切にしながら事業を進めています。そして出した結論が宿泊業ではなくて人間性回復業を目指すというものです。そのため、自らが植えた木々が10年の歳月をかけて絵画のように風景を作り出していく様を楽しんでいまが、ここにも、ブラス氏や中道氏と同じような独創的な創造性を感じます。これからの観光では、作り手の感性や世界観に共鳴する人が喜んで訪れてくるのです。

 厳しい経済環境の下での解決策は、観光や旅行の原点に戻り、来訪者を心から楽しませ、感動させることです。そして、地域にも貢献することです。それには、サービスの提供者自らが感動する感性を失わないことが不可欠なのです。

 

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