『旅行好き』は旅行マーケットの救世主にならない?! [コラムvol.47]

2008.09.05

観光文化事業部 黒須宏志
研究員コラム

要約

 日本人の余暇活動全般でマーケットの裾野が縮小する一方、趣味・スポーツなど個々の活動ではリピーター層の占める比重が大きくなってきています。実は旅行もまた然り。旅行を旅行好きが行う趣味と捉えるなら他の余暇活動と同様の運命を辿ることになりそうです。一方で、旅行の本当の強みは、これとは別のところにあるようなのですが…。

本文

 先月(2008年7月)発表された(財)社会経済生産性本部の『レジャー白書2008』によれば、この10年ほどの間に、日本人全体の余暇活動に大きな変化が起きているということです。具体的には、ひとりの人が行う余暇活動の種類が少なくなる一方で、活動別にみると、年間の活動回数や支出額が増えているものが少なくないといいます(68種類の活動について比較したうち47種類で活動回数が増加)。つまり、個々のマーケットの「裾野」の広がりは小さくなってきているが、『好きな人がますます参加する』(同書)ことでマーケットとしてのボリュームが維持される、場合によっては拡大する、ということが起こっているというのです。同書は、こうした変化が、あれもこれもと手を出すのでなく対象を絞り込んでお金と時間をかける、という消費者の態度によるものとし、余暇活動における「選択的投資」が行われるようになってきた、と分析しています。これまでも、余暇活動全般にわたり、参加人口や支出が減少傾向にあることは認識されてきたと思いますが、今回の白書は、その内幕に一歩踏み込んで、余暇活動の構造的な変化という部分に光を当てた点に興味をそそられます。
 これと類似した結果が、総務省が実施している社会生活基本調査でも出ています。私が総務省のホームページに掲載されているデータなどをもとに2006年と1996年の調査結果を比較したところ、スポーツでは、多くの種目で活動総量が減少する一方で、活動総量の増減にかかわらず、その活動を年間を通じて繰り返し行っている者が、相対的に大きなボリュームを占めるようになってきています。例えば登山などでは参加人口が減少する一方で活動総量は微増となっており、リピーターが活発に動いていることが推測されます。一方、趣味・娯楽関連の活動では、活動総量が増えているものについて、同様の傾向が強くなっています。特に、スポーツ観戦、俳句・短歌、遊園地等、演芸・演劇・舞踊鑑賞、美術鑑賞などの活動では参加人口が減る一方で活動総量が伸びており、これらの活動においてはファンの支えが大きいことが推察されるのです。

 こうした変化の背景は一体何でしょうか。社会生活基本調査でスポーツや趣味・娯楽などの総体としての参加率の推移をみると、1991年、1996年の両調査年がピークとなっていて、その後、2001年、2006年と参加率が下がっています(社会生活基本調査は5年ごとの実施)。推測ですが、1991年、1996年前後の参加人口の拡大は、バブル前後の活発な個人消費を背景に、様々な余暇活動にトライする機会が増加したことによるものではないかと思います。そして、その後、現在(2008年)までの約10年間は、活動総量が縮小する一方で、多くの活動においてリピーター層が形成されるプロセスであったように見うけられるのです。登山やスポーツ観戦といった個々の活動の側からみれば、こうした変化は、参加者の知識や技量などの上昇という形で観察されたものと思います。余暇全体の多様性や活動総量の縮小だけをみていると余暇活動が貧困化したようですが、こうした観点に立てば、むしろ本当の意味での豊かな余暇活動が育まれつつあるように思えます。
 ただ、この10年の変化については、特定分野に対する興味や関心が高まってそこへ深く突っ込んでいくという積極的な「選択的投資」ばかりでなく、金や時間の制約で手近な活動に収斂してしまったという面も大きいようです。また、次々と出現してくる「新たな」余暇活動をきちんと捉えられているのか、という観点にも留意が必要だと思います。余暇そのものの意味づけが変わったとすれば、既存の余暇活動の変化をトレースしているだけでは全体像が見えなくなってしまうからです。特に重要なのは、日常生活の中の「必需的活動」が意味を変えてくるようなケース(若年女性における「入浴時間」などが典型例)ではないかと思います。現実に、食生活や住生活の様々な要素が、従来型の余暇活動との境界的な部門を形成してきていると私は考えています。もともと余暇活動は日常生活と積極的に区分された時間・空間に位置づけられる傾向にあったのが(例えば「家にいるより外へ出かける」ことが余暇的だった)、現在はその部分が徐々に曖昧になり、むしろ暮らしと繋がりの深いものが余暇活動の主要なテーマになってきていると思います(「健康」などがその代表例か)。

 では、このような観点で見た場合、旅行はどうなっているのでしょうか。当財団はこの分野の研究を専門としていますが、実は、旅行もまた上で述べたパターンにあてはまる典型的な例なのです。この傾向が特に強いのが海外旅行で、年間に海外に行くのが国民の1割程度でほとんど増えない一方で、毎年行く人が増え、初めて行く人や旅行経験の少ない人の割合はどんどん下がっています。また、その中で、海外、国内を問わず、行先を手近な場所にシフトさせる傾向や、暮らしと関わりあるテーマが旅行の動機づけになる、といったことが実際に起きています。
 ところが旅行にはひとつ他の余暇活動と大きく異なる点があります。それは参加率の著しい高さです(国内旅行を含む場合)。社会生活基本調査によれば1年間に余暇活動として泊まりがけの旅行をする人の割合は約5割に達しています。スポーツや趣味の類でこの率に肩を並べる活動はほとんどありません。ゴルフや野球、サッカーとったポピュラーな活動でも年間の活動参加率はせいぜい10%程度なのです。旅行は恐ろしく間口の広い活動であり、そのことが旅行という活動の本質的な特徴となっているのです。こうした意味で私は旅行を趣味やスポーツなどの一般的な余暇活動と同列に捉えてはならないのではないかと考えています。例えば、趣味なら好きな人がそれをする、というのが当然でしょう。ところが旅行の場合は、年間に何度も泊まりがけの旅行をする人の中に、自らを必ずしも「旅行好き」と考えない人々がいます(活動目的の旅行と推測されます)。また、家族や友人と一緒に過ごすことが主目的で行先にはさしてこだわらない、といった旅行の場合も、家族や友人と一緒に行くことの方が大切なわけで、旅行好きということだけで動機づけられている訳ではありません。こうしてみると、旅行は人間活動の様々なニーズや場面に結びついてきたし、そのことが旅行の間口(参加率)を一般的な趣味などとは段違いの広さにしてきた理由だと思います。また、旅行に対する人気度の高さも、旅行が多様な楽しみに結びついた活動だからという点が大きいのではないかと、私は考えます。

 顧みると、旅行業界の人々には、旅行が人気の高い活動であり、それが旅行という活動のポテンシャルの高さを保証しているという思い込みがあったように思います。しかし旅行がもし旅行好きだけのものだったとしたら、旅行という活動の裾野はもっとずっと狭いもので終わっていたのではないでしょうか。今日、消費者の間に「海外ばなれ」や「旅行ばなれ」の傾向があるといわれていますが、趣味としての旅行を念頭におくなら、それは他の趣味同様の推移をたどっているだけで、必ずしも旅行だけに特異な現象ではありません。とすると、もし旅行をかつてのようなブームに盛り上げていきたいなら、旅行が多様な活動に結びつきやすい、という特性こそが鍵となるのではないでしょうか。旅行マーケットの活性化には、旅行好きを増やすという観点だけでなく、旅行が人の多様な活動の中で果たしうる新しい役割を作り出していく、という考え方が求められていると思います。

 

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