子育て世代の心をつかむ旅行とは[コラムvol.258]

 これまで出張やフィールドワークであちこちをかけまわり、ほとんど家にいない日々を送っていましたが、去年の8月に子どもを産んでからは、その生活も一変。家から出られない生活が数ヶ月続きました。しかし、少しずつ子どもも成長し、首がすわるようになってくると、徐々に行動範囲が広がり、ちょっとしたお出かけや旅行にも行けるようになりました。

 しかし、子ども連れのお出かけは不安だらけ。ベビーカーで行くか、だっこ紐で行くか、移動途中や目的地におむつがえができるスペースはあるか、授乳できる場所はあるか、ぐずったらどうするか、ベビーグッズを買えるお店はあるか、子どもの具合が悪くなった時に駆け込める病院はあるか等々、心配ごとは尽きず、事前の下調べとイメージトレーニングにはかなりの時間を要します。そして、とにかくかさばるベビーグッズの数々。宿泊を伴う旅行にこれらを持って行くとなると荷物は大量になり、これがさらに負担になるのです。ぐずる赤ちゃん、大きい荷物を持っての移動・・・。周囲に迷惑をかけているのではないかと常に後ろめたい気持ちで移動しているのが正直なところです。

 こうしたバリアを乗り越えて子ども連れで旅行をしてもらうには何が必要なのでしょうか。旅行者や地域をとりまくサービス、コンテンツ、情報といった面から考えてみました。

子ども連れ旅行者へのサービスの変化

 25年前に当財団で行われた研究の中に「旅行業を中心とした観光産業における女性の役割に関する研究」(1990年)というものがあります。ここでは、観光施設や宿泊施設、交通機関等における子ども連れ旅行者対応のサービスや設備の概要についてまとめられています。この変化をみると、項目としてはそれほど大きな変化はないのですが、少ない荷物で旅行に出かけられるように、自宅と同じような環境で過ごしてもらうためのきめ細かいサービスが増えているように思えます。

 その背景には、おむつやおしりふき、粉ミルクといったベビーグッズの質が高くなりバラエティに富んできたため、日常においても旅行時においても自分の好みに合ったものを使いたいという旅行者の意識があるのではないでしょうか。とはいえ、今はおむつやおしりふき、粉ミルクといったベビーグッズはバラエティに富んでおり、親の好みが分かれる傾向にあります。そこで、施設側としては付加価値をつけやすい乳幼児向けのオリジナルプログラムの体験や、自宅ではなかなか作れないキッズルームなどを整備することで、他施設と大きな差別化をはかっている例もあります。

 一方で、父親と子どものお出かけシーンが増えているにもかかわらず、男性トイレにはおむつがえシートがまだまだ少ないようですし、授乳室に男性が入れないケースが多いためにミルクを作れる環境が少ないという話も聞きます。育児スタイルの変化も視野に入れた上での改善の余地はまだまだありそうです。

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ポイントは親心をくすぐるコンテンツ

 25年前と比べて最も変わってきたのは、子どもを連れていきたくなるコンテンツの種類です。ここで言う子どもとは幼児を含みますが、例えば、旅行会社では、旅を通じて子ども達の生きる力を育むための様々な体験プログラムとして開発・販売している例(JTB「旅いく」)がありますし、地域においても、子ども向け体験プログラムを集めたイベントを実施している例(別府市「キッズオンパク」等)は10年ほど前からあります。宿泊施設でも、子ども向けのアクティビティやプログラムを独自に開発して宿泊客に提供しており(星野リゾート等)、他施設との差別化に資する魅力の一つとしています。

 その他、子どもが大人の職業を体験できる「キッザニア」は人気施設として定番化しましたが、今は施設を飛び出して実際に企業や地域に体験をしにいく「Out of Kidzania」も展開しています。飲食店ではSoup Stock Tokyoを運営する(株)スマイルズが、新感覚のファミリーレストラン「100本のスプーン」※1をオープンさせて話題になっているなど、いずれも子どものうちにかけがえのない体験をさせてあげたいという親心をくすぐるコンテンツが人気を博しているように思います。

 日経消費インサイト(2014.4)の「母親がハマる「子育て消費」のツボ」※2によると、未就学児の親が家計のメリハリとしてお金をかけているものとしては、「生鮮食品」(46.5%)に次いで「家族での旅行」(24.8%)が高くなっています。「旅育」という言葉に代表されるように、旅行を単なる遊びとしてではなく、貴重な体験ができるものとして捉えている表れであるともいえます。もちろん、子どもの年齢によって旅行のスタイルは異なりますが、数年後をみすえて、こうしたコンテンツはチェックしていますし、0歳のうちから色々なものを見せてあげたいと思います。

子ども連れ旅行のバリアをなくすために

 最近増えているインバウンド旅行者においても、小さい子ども連れの家族をよく見かけます。国内旅行でも大変なのに、たくさんの荷物と小さい子どもを連れて、よく日本まで来てくださったなと思います。最初に述べた通り、特に最初の慣れないうちの子ども連れの旅行は「覚悟」がいります。そこで大事になってくるのが、おむつがえスペースや授乳室の場所、緊急時の病院などの情報です。もちろん、今は様々な情報媒体があるので、かき集めれば得られるものも多いのですが、個々の施設のサイトや口コミを探していくしかなく、地域としてまとめて発信している例※3は意外と少ないように思います。そういった意味で、日本は、子ども連れ旅行者に対するサービスや設備はとても充実していますが、効果的に発信できていない点があるのはもったいないような気がします。

 さらに、子どもを連れた人への「まなざし」はどうでしょうか。もちろん、周りの迷惑にならないように常にマナーを心がけるべきですが、日本では子どもを連れた親が常に恐縮して、なぜか後ろめたいような気持ちで公共空間を移動している背景には、その「まなざし」が関係しているように思えます。最初のうちは、慣れなくて周りへ迷惑をかけてしまうこともあるかもしれません。しかし、”あたたかい”まなざしに囲まれながら親の旅行経験が上がれば、それがひいては子どもへの旅育にもつながるのではないかと思います。

参考

  •  ※1 二子玉川のライズS.C.テラスマーケットに2015年4月にオープンしたファミリーレストラン。「大人と同じものを食べたい」という子どものニーズや、あれこれ食べたい大人のニーズに応えて、メニューはフルサイズとハーフサイズが用意されています。店内には塗り絵が用意されていたり、トイレの案内サインが大人目線と子ども目線それぞれの高さに表示がされている他、初期・中期・後期から選べる離乳食のサービスもあります。
    http://100spoons.com/

  •  ※2 出典:「母親がハマる「子育て消費」のツボ」日経消費インサイト(2014.4 No.13 p14)

  •  ※3 山梨県北杜市はミキハウス子育て総研の認定事業「ベビーズヴァカンスタウン選定プロジェクト」の第1号に選ばれた地域です。子連れの家族にお勧めの周遊プランを紹介している他、子ども連れ家族歓迎の宿泊施設の案内、ベビーカーロードの整備、ベビー用品を販売している店舗や小児救急医療センターの案内、おでかけガイドマップの配布などを行っています。観光施設の設備(ベビー休憩室、子ども向けメニューやイベント)等も紹介されており、赤ちゃん連れ家族が必要とする情報を一度に入手できます。
    https://www.city.hokuto.yamanashi.jp/tourism/bvt/