ペット飼育世帯は旅行に行かない? [コラムvol.455]
日帰り旅行を楽しむ筆者の愛犬

はじめに

2020年に日本国内で犬を飼育している世帯は約680万世帯と言われており、これは全世帯の11.9%にのぼります(※1)。筆者も昨年から犬(ジャックラッセルテリア)を飼い始め、先日1歳の誕生日を家族で祝いました。犬を迎えてから、休日の外出も犬連れで行ける場所を探すようになるなど、まさに家族の一員(もしくはそれ以上)の存在です。この夏は念願の犬連れ宿泊旅行に挑戦したいと考えていますが、調べてみると、当然ながら人間だけの旅行に比べ様々なハードルがあることがわかりました。

そこで、本コラムでは、ペット同伴旅行について情報収集をしているときに気が付いた、現在のペット同伴旅行を取り巻く環境について整理したいと思います。(本稿では、特に言及しない限り、ペット同伴旅行とは犬を連れた旅行のことを指します。)

※1:一般社団法人ペットフード協会「令和2年全国犬猫飼育実態調査」(https://petfood.or.jp/data/chart2020/index.html

ペット飼育世帯数やペット関連産業の動向

冒頭で、犬の飼育世帯数は全世帯数の1割以上にのぼると述べましたが、飼育世帯数自体は近年やや減少傾向にあります。一方で、ペットを家族の一員(コンパニオンアニマル)として扱う傾向の高まりから、ペットフード、ペット用品、医療、保険などを含むペット関連産業の市場規模は、2015年度の1兆4743億円から2020年度には1兆6242億円にまで拡大する見込であり、今後もさらに成長していくと考えられています(図1)。ペット同伴旅行の市場規模の推移について個別に明らかにした調査はないものの、上記のように各家庭がペットを家族の一員として扱い、ペットに関連した支出を増やしていることから、ペット同伴旅行の需要も高まっていることが予想されます。

注)右軸は小売金額(末端価格ベース)、2020年度見込値
図1 犬猫飼育世帯数とペット関連市場規模の推移
(出典:一般社団法人ペットフード協会「令和2年全国犬猫飼育実態調査」
株式会社矢野経済研究所「ペットビジネスに関する調査(2021年)」をもとに筆者作成)

例えば、矢野経済研究所が行ったアンケート調査(※2)によると、ペット飼育世帯(ここでは犬、猫、もしくはその両方を飼育している世帯を対象)ではペットとの外出(ショッピングや旅行など)に積極的である層が存在することがわかっています。図2に示すように、同調査の階層クラスター分析によって「活動型」に分類される層は、ペットとの外出に積極的である比率が3~4割に高まるそうです。全てのペット飼育世帯が旅行市場に参加する意欲があるわけではないですが、特に「活動型」に分類される層へのアプローチは有効であると考えられます。

図2 階層クラスター分析によるペット飼育者 飼育特性分類表
(出典:株式会社矢野経済研究所「ペット飼育者の消費行動に関するアンケート調査(2020年)」

※2:株式会社矢野経済研究所「ペット飼育者の消費行動に関するアンケート調査(2020年)」(2021年3月8日発表)

ペット市場と旅行市場の関係

一方で、長時間の留守番や急な飼育環境の変化は、犬にとって望ましいことではないため、犬と暮らすライフスタイルと毎年旅行を楽しむライフスタイルは、基本的にはトレードオフの関係にあると考えられます。実際、当財団が2020年に行った「JTBF旅行意識調査」によると、2019年1月~12月に国内または海外旅行に“行かなかった”人のうち、17.7%が「ペットがいるから」を旅行の阻害要因としてあげています。また、(一社)ペットフード協会が2020年に行った「令和2年全国犬猫飼育実態調査」によると、犬の飼育意向がありながら飼育していない人のうち、26.7%が「旅行など長期の外出がしづらくなる」ことを阻害要因としてあげています(図3)。これら両方の望みを叶えるのがペット同伴旅行であり、この旅行形態が普及することで、双方の市場が拡大する余地があるとも捉えることもできます。そこで以下では、ペット同伴旅行を普及させるにあたり、旅行者のニーズと受け入れ体制の課題について整理します。

図3 「旅行の阻害要因」と「犬の飼育意向があるが飼育していない理由」
(出典:上図-(公財)日本交通公社「JTBF旅行意識調査」
下図-一般社団法人ペットフード協会「令和2年全国犬猫飼育実態調査」をもとに筆者作成)

ペット同伴旅行者のニーズと受け入れ地域の課題

ペット同伴旅行に関する受け入れ体制の動向について見てみると、やや古いデータですが、国内のペット同伴可能な施設は2018年で2,000軒を超えていると言われています(※3)。また、一言でペット同伴可能な宿泊施設と言ってもそのサービス内容は多様化しており、ペットの食事提供、貸し切りドッグラン、ペット専用温泉など、様々な価値を提供する施設が登場してきています。

一方で、2020年にブッキング・ドットコムがペット飼育世帯に対して行った調査(※4)では、「ペットと一緒に楽しめる旅に望むもの」として、「ペットが走り回って遊べるスペース(34%)」「ペットも楽しめるアクティビティ(24%)」「獣医によるサポート(22%)」「フレンドリーで温かい雰囲気の環境(22%)」「ペットシッターやお散歩サービス(16%)」が挙げられています。これらの要素を見てみると、旅行先での特別な経験だけではなく、医療やシッターなど日常と同様のサービスを旅行先でも求める人が多いことがわかります。

また、筆者自身が旅行先を選ぶ場合、土産物店、飲食店、ロープウェイなど、通常の旅行客にとって王道とされているルートに、ペット同伴で訪れることができなければ、結局宿泊施設以外に行く場所が限られ、旅行全体の満足度も低下するだろうと考えます。ペット同伴可能な宿泊施設数が増え、サービスが多様化したとしても、これらの課題を宿泊施設が単体で解決するには限界があるため、今後さらに必要となるのは地域全体での受け入れ体制整備だと考えられます。

そこで、地域単位でペット同伴旅行の受け入れに力を入れている事例をいくつか紹介します。国内で特に力を入れた取り組みをしている地域として、那須が挙げられます。地域内のいくつかの宿泊施設の有志が立ち上げた「ワンコネット那須協議会」では、犬が入場できる観光施設や飲食店、獣医、レンタカー等の情報を集約したマップの作成から活動を始め、Facebook等で犬同伴旅行に特化した情報発信や、ペット関連サービスのBtoCイベントへの出展などを行っています。「日本一ドッグフレンドリーなリゾート」という犬に特化した明確なスローガンのもと民間事業者が中心に活動しており、イベントや営業情報等、常に新しい情報が発信されているため、旅行者にとってもわかりやすい内容だと感じます。

図4 ワンコネット那須が作成するおでかけマップ
(出典:ワンコネット那須

海外の事例に目を向けると、韓国でも日本と同様にペット同伴旅行の重要性が認知され始めており、地域単位での取り組みが広がりを見せていることがわかりました。特に、韓国では航空機の機内にペットを持ち込むことが可能であることから(日本ではペットの機内持ち込みは不可)、車での移動のみならず、航空機を使ったペット同伴旅行も注目されています。大韓航空やティーウェイ航空では、ペットの搭乗に対してもマイルを付与しており(※5)、このような航空会社のペット向けサービスの拡大により、車で行ける都市近郊エリアだけでなく、地方にもペット同伴旅行の需要が広がっていると考えられます。

また、それに応じて地域単位での受け入れ体制整備も各地で取り組まれ始めています。例えば、平昌郡では、2019年の法改正によりペットのタクシーへの乗車が合法化されたことを受け、ペット専用タクシーを使ったプライベートツアーが登場しています。これにより、車や免許を持たない世帯でもペット同伴で旅行に行くことができるようになりました(※6)。さらに、保寧市では自治体の計画としてペット同伴旅行者向けコンテンツの拡充を掲げており、その一環として海水浴場の一部を犬専用エリアにしています。また、犬同乗可能なツアーバスと合わせて商品化することでペット同伴旅行の交通の課題にも対応しています(※7)。

機内に持ち込むため重量を測る犬(ティーウェイ航空)
(出典:
https://news.joins.com/article/24061953

 

一方で、ペット同伴旅行を普及していくにあたって、一般の旅行者への配慮も対応すべき課題として挙げられます。アレルギー疾患のある人や、動物が苦手な人にとっては、同じ空間にペットがいることでせっかくの旅行が台無しになる可能性もあります。また、ペット同伴旅行で人気の形態の一つにキャンプがあげられますが、近隣に国立公園などが立地している自然エリアでは、感染症や生態系への影響も考慮すべき課題となりそうです。ペットのワクチン証明を義務づけたり、ペット同伴が可能なエリアを明確にするなど、施設単位、地域単位でのルールを作りとともに、旅行者自身のマナー向上への呼びかけも求められます。

※3:旬刊旅行新聞「【特集No.497】ペットツーリズム推進へ “愛犬×旅行”隠れるニーズを掘り起こせ」(http://www.ryoko-net.co.jp/?p=37969
※4:ブッキング・ドットコム・ジャパン株式会社「2020年旅行トレンド予想」(https://travelpredictions2020.com/japan/
※5:大韓航空「SKYPETSのご案内」(https://www.koreanair.com/jp/ko/airport/assistance/travel-with-pet/skypets)およびティーウェイ航空「t’pet(ペット同伴の旅行)」(https://www.twayair.com/app/serviceInfo/contents/1070
※6:平昌文化観光「ペット同伴観光タクシー ワンフォレストin平昌の発売のご案内」(http://tour.pc.go.kr/?r=home&c=6/42&uid=587
※7:保寧市報道発表資料「ペット市場を先取りする観光コンテンツを発掘(2020.07.03)」(http://eminwon.brcn.go.kr/emwp/gov/mogaha/ntis/web/ofr/action/OfrAction.do?method=selectOfrNews&methodnm=selectOfrNewsMgt&jndinm=OfrBcAdvNewsEJB&context=NTIS&subCheck=Y&data_open_yn=1&initValue=Y&countYn=Y&news_epct_no=10417

まとめ

本コラムでは、ペット関連市場の拡大により今後も需要の増加が期待されるペット同伴旅行について取り上げました。ペット市場と旅行市場は一見トレードオフの関係にあるように見えますが、ペット飼育世帯のうち一定数はペットを連れた旅行にも積極的なことがわかりました。

しかし、ペット同伴旅行に関するニーズは年々多様化しているため、彼らを旅行市場へ取り込んでいくためには、従来のような宿泊施設のみでの対応だけでは不十分なうえ、地域にとってのメリットも限定的になります。

今後は、那須のような地域単位でのペット関連情報の集約・発信や、韓国の事例のように自家用車以外の移動手段が増えることで、ペット同伴旅行のハードルが下がり、市場規模もさらに広がっていくと考えられます。