日本を代表する観光コンテンツ・桜
日中、暖かい日が続く今日この頃、桜の開花やお花見関連のニュースが増え、飲食店では桜をテーマにしたメニューが登場するなど、すっかり春の訪れを感じています。私だけではなく、多くの人が、桜の便りを聞くと、春の訪れを感じるのではないでしょうか。
桜は訪日外国人にとっても魅力的な観光資源の一つです。当財団が㈱日本政策投資銀行と共同で実施している「DBJ・JTBF アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査 2022年度版」の結果では、「訪日旅行で体験したいこと」では「桜の鑑賞」を選択した人が52%で第2位となっています(図1)。
図1:訪日旅行で体験したいこと(回答はあてはまるもの全て)
出典:DBJ・JTBF アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査 2022年度版
※訪日旅行希望者3,291名を対象に聴取
※回答者全体の割合で降順ソートし、上位20位までを表示
データが示すだけでなく、近年では桜鑑賞を楽しむ外国人旅行者の姿をよく見かけるようになりました。私が訪れた東京都の千鳥ヶ淵(写真1)や外国人旅行者からも桜スポットとして人気が高い福岡市の舞鶴公園(写真2)では、着物を着用した外国人旅行者が桜とともに写真撮影をしている光景を見かけました。
今回のコラムでは、桜満開のこの時期に、台湾、香港のパッケージツアーの旅程から、外国人旅行者にとって魅力的な観光資源である「桜」にスポットを当てた考察をしてみたいと思います。
写真1:千鳥ヶ淵の様子 |
写真2:舞鶴公園の様子 |
|||
---|---|---|---|---|
訪日パッケージツアーでも人気が高い桜鑑賞ツアー
では、外国人旅行者はどのように桜鑑賞を楽しんでいるのでしょうか。当財団が独自で実施している「JTBF訪日旅行商品調査」のデータから桜鑑賞をテーマとしているツアーの実態を見てみたいと思います。
まず、外国人旅行者が実施している桜鑑賞の概要を知るため、「JTBF訪日旅行商品調査」のデータから、①2018~2019年(2、4、7、8、10月現地出発商品)に台湾、香港で販売された「訪日パッケージツアー」2,622商品の中から、②自分の興味や関心事を追求する(JNTO 2022:172)「テーマ旅行」を352商品抽出し、③その主たる観光活動を「テーマ型観光活動」と定義し、18のカテゴリ1)に則って1063件抽出(表1)し、これらを対象に分析を行いました。なお、同一のテーマ旅行に、同じテーマ型観光活動が、異なる実施場所で含まれる場合には、都度、場所とセットで活動を抽出しています(例:テーマ旅行「紅葉鑑賞をテーマにしたツアー」において奥入瀬渓流と十和田湖で紅葉を鑑賞している場合は、テーマ型観光活動を「紅葉」(奥入瀬渓流)と「紅葉」(十和田湖)の2 件抽出)。
- 1) 登山、海遊び、スキー・雪遊び、ゴルフ、自転車、マラソン、スピードレーシング、ハイキング・キャンプ、農家民泊、写真撮影、建築・芸術、伝統芸能、桜鑑賞等、紅葉、お祭り、鉄道、グルメ、その他の合計18カテゴリ
表1:テーマ型観光活動の訪問地別件数
出典:JTBF旅行商品調査(2018・2019)より筆者作成
今回のメインテーマである桜鑑賞は18カテゴリ中「桜鑑賞等」に含まれます。②や③の抽出基準や方法の詳細については誌面の関係上、参考文献(柿島あかね 2022)に説明の機会を譲りたいと思いますが、分析対象としているテーマ旅行は桜鑑賞スポット3カ所以上への訪問、旅程の半分以上を桜鑑賞に充てている桜鑑賞に特化したツアーのみを抽出しています。
テーマ型観光活動を18カテゴリ別にみると、桜鑑賞を含む「桜鑑賞等」は三大都市圏でも地方部2)でもその割合が高く(表2)、日本全国でとても人気の高いコンテンツであることが分かります。「桜鑑賞等」は合計491件となりますが、これには芝桜、梅、つつじ等の花鑑賞も含まれているため、桜鑑賞を主目的にしているもののみを抽出したところ435件となりました。これらの商品の平均価格は台湾で22.3万円、香港で21万円(台湾、香港ともに価格不明を除く)と、台湾や香港の一般的な訪日ツアーの価格は訪問地によりますが、多くが10万円台(JNTO 2022:126,176)であることを考えると、決して安くはない価格です。旅程の平均日数は台湾で4.8日、香港で5.1日となりました。こちらは一般的なツアーと大きな差はありません。
では、桜鑑賞はどこで行われているのでしょうか?桜鑑賞を主目的とする435件を対象に5回以上登場したスポットを地図上にプロットしたものが図2です。今回のデータで最も登場回数が多かったのは角館(秋田県・仙北市)と北上市立公園(岩手県・北上市)でいずれも13回、次いで兼六園(石川県・金沢市)が12回となっています。4月に訪日する商品を対象に分析したため、3月や5月以降に見ごろを迎える地域はカバーしきれていませんが、おおよその人気スポットは把握できているのではないかと思います。その他の上位スポットの共通点として、桜に加え、城や庭園等の景観とセットで鑑賞できるスポットが人気を集めていることがわかります。
- 2) 地方部 ・三大都市圏 の定義については、「観光白書(令和元年版)」(観光庁 2019 における 定義「三大都市圏とは『東京、神奈川、千葉、埼玉、愛知 、大阪、京都、兵庫』の 8都府県を、地方部とは三大都市圏以外の道県をいう」 を採用。
表2:テーマ型観光活動の件数と構成比
出典:JTBF旅行商品調査(2018・2019)より筆者作成
図2台湾・香港の訪日パッケージツアー(4月)の主なお花見スポット
出典:JTBF旅行商品調査(2018・2019)より筆者作成
お花見を主目的とした訪日パッケージツアーの内容
今回、分析の対象とした訪日パッケージツアーの旅程の詳細を見てみると、まさに桜鑑賞を主目的とする商品が多いことに驚きます。その一例として、香港の商品を紹介したいと思います。香港では「東北賞櫻」(東北地方での花見)と題し、東北の桜の名所を6日間かけて周遊するツアーが販売されていました。ツアーの行程を紹介すると、最上公園(山形県・新庄市)や角館でソメイヨシノやしだれ桜を鑑賞した後、弘前城(青森県・弘前市)や、日本さくら名所100選にも選ばれたことがある高松公園(岩手県・盛岡市)と船岡城址公園(宮城県柴田町)に立ち寄ります。船岡城址公園では山頂から付近の白石川堤の千本桜を鑑賞するだけでなく、山頂までの移動にはスロープカーを使い、桜のトンネルを通り抜ける体験ができる内容となっていました。最終日は東北から関東まで移動し、護国神社(栃木県・日光市)で最後の桜鑑賞をした後、成田空港に移動し日本を出国…という流れになっています。この旅程では、一部、松島(宮城県・松島町)への立ち寄り等が含まれていますが、それ以外の行程は全て桜鑑賞に徹底した行程となっています。ツアーリーフレットには鑑賞できる桜の品種が記載してあり、香港市場における桜への関心の高さを伺い知ることができました。
外国人旅行者のお花見需要を地域活性化に活用するには…
今回のコラムでは、台湾と香港の訪日パッケージツアーというごく限定的なデータではありますが、外国人旅行者の桜鑑賞需要を改めて確認することができました。外国人旅行者にとっての桜の魅力について考えた際、視覚的な美しさはもちろんのこと、桜の木の下で着物を着用した姿で撮影したり、桜を城や庭園とセットで撮影したりするなど、桜は「日本らしさ」の象徴と捉えられているように思いました。これに加え、年に1度、1週間程度しか見られないという稀少性も需要喚起に影響しているのかもしれません。
一方、地域側に立つと、外国人旅行者から人気がある桜鑑賞は、地方部誘客において活用しやすい資源と言えるのではないでしょうか。その理由として、観光資源としての訴求力の高さはもちろんのこと、日本全国に存在するにも関わらず、地域の景観を組み合わせることや、品種によって他地域と差別化できる資源であることが挙げられます。実際、前段で紹介した香港の訪日パッケージツアーのように、外国人の訪問率が相対的に高くない東北や四国でも多数の桜鑑賞商品が販売されています。特に、訪問率の向上をねらう地方部こそ、桜を活用することによって誘客の可能性が広がるのではないでしょうか。また、桜と同じく外国人旅行者に人気が高い紅葉も同様の活用が考えられます。
上記に加え、せっかく訪れてもらったからには、滞在の質の向上も重要です。今回の分析対象商品の多くが、複数の桜スポットを周遊するものの、散策を中心とした立ち寄りとなっており、一ヶ所あたりの滞在時間は短めです。パッケージツアーの強みである「効率的に複数箇所を周遊できること」がその理由となっていることは否定できませんが、ここからもう一歩踏み込み、鑑賞や写真撮影に終始することなく、滞在を創出するという観点も重要です。例えば、その地域のお酒を飲みながら、地域食材を使った本場の”Bento”を楽しむ日本の「お花見文化」を提供すること等が挙げられます。海外では路上等での飲酒を禁止している国も少なくなく、桜の木の下で楽しむお酒は「特別な体験」となり得るでしょう。また、その際に提供される地域の酒や、弁当に使用されている地域の食材等をその場で購入できる仕組みを作ることによって、外国人旅行者の満足度向上や、地域への経済効果等も期待できるのではないでしょうか。
参考文献
- (1)JNTO(2022):「JNTO訪日旅行誘致ハンドブック 2022 東アジア4市場編」
- (2)柿島あかね(2022):「訪日パッケージツアーにおける地方部での観光活動に関する考察―台湾と香港で販売されるテーマ旅行”主題旅遊”を対象として―」観光研究34(特集号)pp.117-126