不変ならざる自然の見せ方 – チューリヒ近郊の森林公園にて [コラムvol.496]

2023年09月中旬、欧州方面への出張中にスイスを訪問する機会を得た。その際に訪れたシルヴァルト自然発見公園について、現地の写真を中心に紹介する。
なお、本稿で取り上げる施設や制度等の名称は、スイス公用語以外による表記が確立されていないものが多い。文中における日本語での表記は、筆者による仮訳を含む点に留意されたい。上記の「シルヴァルト自然発見公園」のように、文中で下線を付した語については、本稿の末尾に訳出前の表記一覧を掲載する。

概要

シルヴァルト自然発見公園は、スイスの北部チューリヒ州内に位置する公園施設である。同州の州都であるチューリヒ中心部から、鉄道または自家用車により30分程度でアクセスが可能である。幹線道路に沿って流れるジル川の両岸を公園用地として、森林を中心としたフィールドが整備されている。
同公園は近隣にあるランゲンベルグ野生動物公園とともに、2010年にスイス連邦から「チューリヒ・シルヴァルト自然公園」として、郊外自然公園の認定を受けた。郊外自然公園は、連邦政府が所管する公園制度である国家重要公園の一類型であり、都市住民のQOLの向上、自然学習の提供、緩衝地帯の確保等を目的として運営される。

シルヴァルト自然発見公園 位置図(openstreetmapを元に筆者作成)

チューリヒ方面に接続する鉄道駅の周辺に、駐車場、ビジターセンター、野外遊具、カフェ等が集約され、利用拠点として整備されている。駐輪場の利用も見られ、自転車で訪れる人も多いようだ。




拠点周辺ではピットを利用すれば火の使用も認められており、訪問当日にもピクニック的に、焚き火をする人々の姿が見られた。なお訪問日は土曜日で、園内各所には家族連れを中心にそれなりの人出が見られたが、混雑は感じられなかった。


園内散策路の様子

拠点エリアから出発し、園内に設定された3kmほどのコースを徒歩で散策した。森林内の周遊ルートは一部にアップダウンがあるものの、全体として歩きやすく整備されている。倒木を完全に撤去するのではなく、一部を残して「森らしく」整えている場所などは、いかにも楽しげである。


ルート上にはいくつかの地点に標識が設置されており、併設された簡易な設備を使用して、それぞれの地点の環境に応じた自然体験ができるようになっている。

例えば下記写真の標識では腐朽した樹木に棲む昆虫についての説明があり、隣にある緑の筒を覗くと、枯死した立木や倒木の腐朽した部分を見ることができる、という仕掛けが用意されている。標識はドイツ語と英語の2言語表記だが、英語の説明には専門的な用語はなく、(英語ぼちぼち程度の筆者が、その場で読んでも引っかかることなく理解できるレベルの)平易な文章で書かれていた。緑の筒の横には踏み台が用意されていることからも、自然体験のターゲットとして、かなり低い年齢までが想定されていることが伺える。




ある地点では林床(森林内の地面)付近から萌芽する特徴的な植物の様子を観察できるように、植生の密度が高めで暗い森林に木道が整備されていた。また別の地点では、樹木の更新によって生じたギャップ(倒木等により光を遮っていた葉がなくなり、一時的に林床まで光が届くようになった箇所)や、倒れた立木の根などがルート上から観察できる状態で置かれていた。




直線的なトウヒの木立

以上のように、シルヴァルト自然発見公園は森林レクリエーションの場として、また自然体験・自然教育の場として、洗練された整備がなされていると感じた。その中でも、特に印象に残った箇所を一つ紹介したい。




この区画ではトウヒの人工林が再現されており、ほぼ同じ樹齢の立木が列状に植栽されている。標識では同じ種類の樹木しか生育していないことや、林床に生えている植物の違いについて触れ、他の地点とは林内の様子が異なることに意識を向けさせている。

日本の国土面積の約7割は森林であり、世界中でも屈指の森林国家である。幼少期からの経験の中で、実体としての森に触れる、木材や香料などの産物に触れる、あるいは物語などのメディアを通じて「森」の像に触れる機会は多く、人々は大小それぞれの奥行きを持った、森林のイメージを獲得していることと思う。

しかしながら、我々がそうして想起する「日本の森林」の中に人工林は含まれているだろうか。日本で「人工林」と聞いてもっとも多く想起されるのは恐らく「花粉」であろうが、それ以外のイメージは非常に希薄であるようにも思われる。国土の約7割を占める森林のうちの4割、すなわち日本の3割弱を人工林が占めるにもかかわらず、その諸相に触れる機会はかなり限定されているのではないか。

やや極端な意見かもしれないが、とりわけ初等教育から中等教育にかけて触れる「森」や「自然」、「生き物」といったトピックにおいて、人工林の要素は丁重に遠ざけられているようにも見える。そのような印象を抱いていた筆者の目から見て、自然性の高い森林の隣に人工林区画を造成してその対比を観察させるという設計は新鮮であり、自然教育の場としても有効であると感じた。

変化する自然を見せること

出発から帰着まで2時間ほどの散策を終えて、筆者は「人間の時間的・空間的スケールからは乖離しているとしても、自然はその姿を変えながら、成長・変化するものだ」といった印象、あるいはメッセージのようなものを感じた。

学問的には森林の相観、攪乱と更新、植生遷移などの言葉を用いて高等教育の段階で学ぶ分野であるが、これらを直感的に、かつ子どもにも分かるように伝えることは難しいだろう。シルヴァルト自然発見公園では、場所に応じてさまざまに様相を変える樹木や植生の様子を並べて提示することで、そういったテーマへのアプローチを試みていたように思われた。もっとも、このような教育的な要素を抜きにしても、変化に富む森林内の散策コースは、レクリエーションとして五感を楽しませてくれる。



今回の往訪ではチューリヒを含むスイス・オーストリア国内の数ヶ所を訪れたが、いわゆる「アルプスの風景」とも言えるような、風光明媚な景観が各地で見られた。これらを特徴づける草原や疎林は二次的自然であり、多かれ少なかれ人為的な管理がなされている。都市域においても、個々の住人や所有者による手入れを通じて、統一感をもった景観が維持されている。気候的な条件が穏やかな欧州において、要求される管理の度合いはアジア圏とは異なるものの、それでも人々はかなりの労力と時間をかけて、好ましい風景を維持しているように思われた。




そういった慣習的な行動の背景にはさまざまな要素が関係すると考えられるが、一つの社会通念的な要因として、「そもそも自然とは放っておくと変化し、人間社会にとって有益な状態から離れていく。だから手入れをして、有益な状態を維持しなければならない」といった共通認識があるのかもしれない。

物理的な実体としての風景は、極端に原生的な例を除けば、自然と人間との相互作用の産物である。このうち自然の側から働く作用は、人間の日常的な尺度を超えた空間的・時間的なスケールを有することは論を俟たない。であるからこそ、ひとたび失われれば元には戻らないという前提をもって、保護的な手法が採用される。
一方で人間の側から働く作用は、一般的にはそれが有効に機能するシステムを明らかにし、ビジョンや計画、手引きやガイドラインといった規範的な手法を用いて駆動させれば、数年ないし数十年のうちには望ましい状態を確立できる(可能性がある)という前提を置くのではないか。しかしながら、美しい風景の担い手となる無名の彼ら彼女らが、幼少期からのさまざまな自然体験を通じて前述のような暗黙知を獲得しているのだとすれば、それは数年ないし数十年といった時間軸の問題ではなくなる。少なくとも、幾つかの世代を跨ぐ程度の時間的スケールは想定する必要がありそうだ。

補足:施設・制度等の名称

スイス国内の情報は、基本的にドイツ語、フランス語、イタリア語のうちの一つないし複数で提供されている。英語の情報は提供されている場合と、されていない場合がある。以下、日本語(筆者による仮訳を含む)および訳出前の表記(英 / 仏 / 独 / 伊のうち、公的な情報源から表記が入手可能なもの)一覧を掲載する。

シルヴァルト自然発見公園 英 Sihlwald Nature Discovery Park /
独 Naturerlebnispark Sihlwald
ランゲンベルグ野生生物公園 英 Langenberg Wildlife Park /
独 Tierpark Langenberg
チューリヒ・シルヴァルト自然公園 Wildnispark Zurich Sihlwald (英・独・仏・伊いずれも)
郊外自然公園

仏 parcs naturels periurbains /
独 Naturerlebnisparke /
伊 parchi naturali periurbani

国家重要公園 仏 Parcs d’importance nationale /
独 Parke von nationaler Bedeutung /
伊 Parchi d’importanza nazionale