![「将来市場」を育てるという視点 [コラムvol.524]](https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2025/04/kosaka_524_8.png)
北米スキーリゾートから学ぶ「将来市場」を育てる設計
2025年2月下旬から3月上旬にかけて、北米・コロラド州のスキーリゾートを訪れました。2回目の訪問となった今回は、前回とは異なる視点で多くの気づきを得ることができました。とくに印象的だったのは、「将来の市場をどのように育てていくのか」という姿勢です。
現地のスキー場では、スクールや空間設計を通じて、子どもや初心者といった将来のスキー・スノーボード市場の担い手に対し、丁寧なサービス提供と積極的な投資が行われていました。
初心者が心地よいサービス設計
「将来市場への投資」という言葉は少し硬く聞こえるかもしれませんが、現地で感じられたのは子どもや初心者を大切なお客様として迎え、安心して楽しい時間を過ごしてもらうための配慮が随所に施されている様子でした。
訪問した複数のスキー場では、キッズスクールに対する手厚いサービスが標準化されており、専用のレンタル、休憩施設、カフェテリアが整備されていました。なかにはスクール専用のロッジが設けられている施設もあり、子どもたちは朝のドロップオフから午後のピックアップまで、専任のインストラクターとともに安心して過ごせるようになっています。
また、初心者コースの立地も注目すべき点でした。たとえばベイル・スキー場では、リゾートの中心エリアに初心者に適した緩斜面があり、景色・斜面の質・アクセスすべてにおいて「最良の条件」で初回体験を提供しています。ゴンドラ降車場はロードヒーティングによって雪が解けており、ブーツの装着や移動も安全に行えるよう工夫されています。
こうした「初めての体験」が快適であることは、再訪の可能性を大きく高めるという実感が得られた経験でした。
将来を見据えた戦略的な投資
こうした取り組みは、単なるサービスの充実ではなく、「将来市場への投資」として捉えることができます。ベイル・リゾーツを例に以下、見ていきたいと思います。
ベイル・リゾーツの最新アニュアルレポートには、以下のように初心者からエキスパートまで幅広い層が快適に過ごせるよう、リゾート全体を一体としてデザインしているという姿勢が示されています。
Our destination mountain resorts offer a multitude of skiing and snowboarding experiences for the beginner, intermediate, advanced and expert levels. Each destination mountain resort is fully integrated into expansive resort base areas offering a broad array of lodging, dining, retail, nightlife and other amenities, some of which we own or manage.
私たちのデスティネーション・マウンテン・リゾートでは、初心者から中級者、上級者、そしてエキスパートレベルまで、さまざまなスキーおよびスノーボード体験を提供しています。
それぞれのリゾートは、宿泊施設、レストラン、小売店、ナイトライフ、その他のアメニティを幅広く備えた広大なベースエリアに完全に統合されており、その一部は当社が所有または運営しています。
出典:Vail Resorts, Inc. (2024). 2024 Proxy Statement and Annual Report on Form 10-K.
スクール単体の売上は全体の10%程度ではありますが、初心者に優しいゴンドラやキッズスクール専用施設の設置といった投資が積極的に行われている背景には、子供や初心者の消費効果の大きさと、将来の顧客を育成するという視点があると考えられます。初心者やファミリー層はレンタルや飲食、ショッピングなどゲレンデ外での消費も多く、1回の訪問あたりの消費単価が高くなる傾向があります。また、良質な体験が積み重なることで、そのスキー場が、また行きたい“自分のスキー場”となる可能性も高くなります。特に、スクールは継続して同じスキー場に通うことになるため、こうした効果はより大きくなるといえます。
顧客のライフタイムバリュー(LTV)を最大化する視点からも、こうした中長期的な投資は極めて合理的な戦略といえるでしょう。
スキースクールの売上は全体の8-11%の間で移している。
将来投資を実現させるパスの仕組み
では、なぜこのような中長期的な視点の投資が可能なのでしょうか。そこには、Epic Passをはじめとする前売り型のシーズンパスの存在も大きいと考えられます。
Epic Passは1シーズン1,000ドル前後(*1)で、傘下の複数のスキー場を利用できるうえ、場内の飲食割引などの特典も付いています。ここで注目すべきは、販売時期と枚数です。毎年シーズン終了直後から翌シーズンのパス販売が始まり、夏までに販売枚数の半数以上が売れると言われています。
このような事前収益の確保によって、スキー場はリフト・ゴンドラをはじめとした設備投資に加え、将来市場の育成にもリスクを抑えて取り組むことができていることが伺えます。
おわりに
スキーやスノーボードはある程度の習熟を要するスポーツであり、特に成人してから始める場合は心理的・技術的ハードルが高いと感じる方も少なくありません。そうしたなかで、北米のリゾートは初心者に非常に優しい雰囲気とサービス設計を提供していることが強く印象に残りました。
スキーを生涯スポーツとしていくためには、ある程度の所得も必要となり、これまでは家系で代々受け継がれるライフスタイル的な側面もあったといえますが(*2)、その傾向も変わりつつあります。世界的に伝統的な富裕層とは異なる、可処分所得の高い比較的若い消費者が増加してきています(*3)。こうした層はまさに将来市場を生み出す可能性を秘めた層だと言えるのではないでしょうか。
国内のスノーリゾートに目を向けると、特にアジア諸国から日本のスキー場を「はじめてのスキー場」とする訪日客の方々が多くいらしています。そして、こうした方々の体験も多様化・進化していることも見て取れます(*4)。訪日客に限らずですが、今回、北米で見たような「快適で良質な初めてのスキー場での体験」を提供していくことによって、次の来訪や家族ぐるみでスキー文化を作り継承していくことに繋がっていくのではないでしょうか。
(*1) 2025-2026シーズンのEpic Passは販売開始時点(2025年3月)で1,051USドル. 1日券の価格が300USドルを超える日も多い。
(*2) 一般的に欧米ではその傾向が大きい。
(*3) 世界の富裕層旅行市場において、純資産額$5-30million, 及び$1-5million層は今後4年間で14%増加、$100,000-1 million層は5%増加すると予測されている。また、$100,000-1 million層の多くは40歳代以下である(出典:: 2024 Mckinsey & company, The state of tourism and hospitality 2024)
(*4) 数年前まではソリや雪遊び等スキー以外を楽しむ滞在が多かった方々が、近年ではスクール受講や滑走体験を楽しむようになってきている。
参考文献
- Vail Resorts, Inc. (2018). 2018 Proxy Statement and Annual Report on Form 10-K.
- Vail Resorts, Inc. (2019). 2019 Proxy Statement and Annual Report on Form 10-K.
- Vail Resorts, Inc. (2020). 2020 Proxy Statement and Annual Report on Form 10-K.
- Vail Resorts, Inc. (2021). 2021 Proxy Statement and Annual Report on Form 10-K.
- Vail Resorts, Inc. (2022). 2022 Proxy Statement and Annual Report on Form 10-K.
- Vail Resorts, Inc. (2023). 2023 Proxy Statement and Annual Report on Form 10-K.
- Vail Resorts, Inc. (2024). 2024 Proxy Statement and Annual Report on Form 10-K.
- 2024 Mckinsey & company, The state of tourism and hospitality 2024