観光政策は住民政策へ?問われる地域内への情報発信力 [コラムvol.525]

2024年3月まで京都市内に住んでいたが、市外の方からは挨拶がわりに「京都は混んでいて大変だね」と言われる機会が多かった。繁忙期に混雑している一部エリアの様子ばかりがメディアに映し出されるため、そのような印象を持たれるようであるが、当然ながら市内中が混雑している訳ではないし、混雑エリアでも道を1本逸れれば人がまばらというケースがほとんどである。もちろん、当該エリアにお住まいの方は事象を避けられず、生活に支障が出ている方もいるが、多くの市民は混雑しているエリアや時間帯を避けて生活する知恵は持っている。
行政やDMOをはじめとした観光推進組織や民間事業者は、日々試行錯誤しながら様々な取り組みを行っているものの、混雑する場面やマナー問題などが報道されるばかりでは観光客にとっても住民にとっても断片的かつマイナスの印象ばかりが強く残ってしまう。
観光に対する住民の意識・態度は、社会の価値観や観光客との接点、メディア、地域への愛着度、自身の体験など、様々な要素に影響されることが先行研究で明らかになっている。また、住民が観光開発の便益を享受することや、観光に関する知識の有無が行政への信頼度に影響するという先行研究もあり、観光の効果や住民が享受できるメリットをわかりやすく伝えることは重要な課題であるといえる。京都市、鳥羽市、バルセロナの事例を紹介しながら考えてみたい。

観光の効果や住民優待情報をわかりやすく発信(京都市)

観光の意義や効果は身近に感じにくいものも多く、発信しているつもりでもなかなか伝わらないというのが地域共通の悩みではないだろうか。京都市・京都市観光協会が作成している冊子「みんなでつくる京都観光」では、観光による効果を、全国との比較や、京都市全体に占める割合という形でも表現することによって、より身近に感じられる工夫をしている。また、見ただけで直観的に理解できるビジュアルも重要な要素である。

福永コラム画像

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2024年度には暮らしと観光をつなぐポータルサイト「LINK! LINK! LINK!」を立ち上げた。同サイトでは、「みんなでつくる京都観光」で紹介している観光の効果をはじめ、宿泊税を活用した事業なども紹介している(京都市noteと連動)。また、市民向けの優待サービスを実施している施設の情報や、デスティネーションキャンペーン「京の冬の旅」の市民向け内覧会など、市民にメリットのある情報を集約している。内覧会については、京都観光がもたらす税収効果に関するクイズに正解した方が応募できる仕様になっており、より多くの方に情報をインプットする仕掛けも盛り込まれている。

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基金を活用した市民限定キャンペーンの実施(鳥羽市)

コロナ禍の取組ではあるが、鳥羽市は国のコロナ対策の補助金が整う前に「鳥羽市民限定特別宿泊キャンペーン」(2020年4月1日開始)を実施した。4/7には緊急事態宣言が発出されたため短期間での取組となったが、7日間で約1,000人の予約があり、多くの鳥羽市民が市内の宿泊施設を利用する機会となった。もちろん、コロナ禍で宿泊客が一気に減ってしまった宿泊施設の危機を救うための取組ではあるが、宿泊施設・住民の双方にメリットのある施策であった。
年度初めの時期にもかかわらず、発案から約2週間でリリースというスピーディーな対応を可能にしたのは、宿泊業界と行政・議会との素早い連携に加え、「鳥羽市観光振興基金」という財源の存在である。入湯税の税収のうち30%が鳥羽市温泉振興会に補助金として配分され、残りの70%が同基金に積立てられている。年度ごとに編成する予算とは違い、一定の金額を基金化しているからこそ緊急時のアクションが可能になるのである。

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観光による利益の住民還元と住民参画の仕組みづくり(バルセロナ)

海外に目を向けてみると、バルセロナも観光客の増加によって違法民泊の増加や住宅価格の上昇など、一部のエリアでは住民生活に様々な影響が及んでいる。コロナ前から都市政策や環境政策と連動した観光政策(※1)がおこなわれており、法制度やまちの成り立ちは異なるものの、参考になる点は多い。住民生活とのバランスを図るための取組も興味深く、コロナ後に創設された「Fons ReCiutaT」は観光による利益を住民に還元することを目的とした基金である。使途として、

  1. 観光用に部屋を提供する物件の管理を改善する
  2. 観光の影響を最も受けている地域の住民生活の質を向上させ、観光に依存しない経済的・社会的・文化的活動を回復する
  3. 観光客の分散化に資する新しいコンテンツを造成する

その他、バルセロナの住民生活を豊かにし、地域の経済活動を促進することを目的とした活動に使用することが決められており、実際の活用事例として、市内170の教育施設において、エアロサーマル技術を活用した空調システムの導入や太陽光パネルの設置等が順次進められている。
基金の収入源となっているのは、バルセロナ独自の滞在税(2025年5月現在1人1泊4€)であり、カタルーニャ州の観光滞在税( (Impost sobre les Estades en Establiments Turístics(IEET)(※2))に、2021年から追加で徴収しているものである。
その他、市民が市の政策決定や予算配分に関与することができる仕組みも確立されている。2016年から運用が開始された「Decidim」は、オンライン上で提案・議論・投票などができる市民参加型のデジタルプラットフォームであり、バルセロナのみならず、日本を含む各国でも仕組みが採用されている。2023年5月には子供向けの「DecidimKids」もリリースされ、デジタルを活用しながら市政に関心を持ち、行政に意見を届けられる機会になっている。

おわりに

京都市、鳥羽市、バルセロナの事例を紹介したが、国内外の様々な地域において市民との関係性を再構築しようとする動きや、市民に目を向けた取組が増えている。観光客向けの対外的な情報発信のみならず、地域内に向けたインナーキャンペーンの力量も問われる時代になっている。特に京都市やバルセロナの取組は始まったばかりであるが、今後の展開や効果に注目したい。

【注】

  • (※1)一例として、データ分析や指標開発・管理等をおこなう「バルセロナ観光観測所」の設立をはじめ、4つのゾーンに分けて観光宿泊施設の開発コントロールを行う「Pla Especial Urbanístic d’Allotjaments Turístics(PEUAT)」、市内で特に観光客や住民が集中するエリア「Espacios de gran afluencia (EGA) 」を特定し、観光と地元住民の生活を両立させるための取組、デジタル技術を活用した観光バスの運行・駐車管理システム「Zona Bus 4.0」などが挙げられる。
  • (※2) IEETは2012年11月に施行され、カタルーニャ州の観光インフラの整備や観光資源の保全、持続可能な観光促進のために使用することと法律で定められている。税率は宿泊施設のタイプによって1人1日1€~3.5€だが、さらなる住宅政策等に充てるため2025年度内にはさらに引き上げる予定で調整が行われている。

【参考資料】

  • 1)「観光に対する住民の態度へのプレイス・アイデンティティ理論適用の検討」高井典子,日本国際観光学会論文集(第29号),2022年
  • 2) Tourism Development and Trust in Local Government、Robin Nunkoo (2015)
  • 3) Medida de gobierno para la gestión turística 2024-2027
    https://ajuntament.barcelona.cat/turisme/sites/default/files/2025-02/Gestio%CC%81_turi%CC%81stica_20250127_ES_web_compressed.pdf
  • 4) https://ajuntament.barcelona.cat/turisme/ca/retorn-ciutada-del-turisme-fons-reciutat
  • 5) Decidim
    https://www.decidim.barcelona/