安心・安全・快適な宿泊のための情報提供とは? [コラムvol.201]

 みなさんは宿泊先を選ぶ際にどのような手段で情報収集をしていますか?私自身は業務での出張も多く、年に数回は個人的な旅行にも行くため、いろいろなところに宿泊していますが、その都度、目的も異なるため、毎回宿泊したい場所は異なります。その際に重要となるのが、いかに目的に合致した宿泊施設の情報を収集するかという点です。私の場合はインターネット上のクチコミサイト等を参考にしていますが、このような方は結構いらっしゃるのではないかと思います。

 現在、インターネット上では、宿泊施設のHP、クチコミサイト、宿泊予約サイトのクチコミ、旅行会社の「お客様アンケート」、SNS等による情報等が溢れており、その内容も基本的情報に加え、バスルームの排水溝の様子やバスタオルの質まで、ガイドブック等では知り得ない新鮮かつ、詳細なものとなっています。こうしたインターネット上での情報に加え、従来からのガイドブック、旅行雑誌、テレビ、友人・知人からの口コミ等が加わり、入手できる情報量はかなり充実しているのではないでしょうか。今でこそ取捨選択に困る程の情報量が提供されていますが、私が学生だった2000年代前半はインターネットで得られる情報量は今ほどではなく、行く国、行く国のホテルで、インターネットにもガイドブックにも載っていなかった「こんなはずじゃなかったのに…」という事態に何度か直面しました。今回は私の少々残念な経験から、利用者が不満や不安に陥らない宿泊施設の情報提供のあり方について考えてみたいと思います。

■学生時代の「こんなはずじゃなかった」ホテル体験

<都市Aのホテルでの出来事>
 大学1年の春休み(2002年)にとあるアジアのとある都市(以下「都市A」とします。)を訪れることになりました。宿泊先を決めようとインターネットや旅行会社のチラシを見ながら吟味していると、破格の値段のホテルが目に飛び込んできました。値段につられてさらに詳しく調べてみると、建物はかなり老朽化しているものの、必要最低限の設備は揃っており、繁華街や駅からとても近いようです。このホテルであれば、安全で最低限のサービスを受けられると判断し、多少のことは気にしないつもりで宿泊を決めました。実際にホテルに到着すると、事前情報通り、ロビーも客室も薄暗かったのですが、地下鉄の駅からは目と鼻の先、目一杯遊んで寝に帰るには十分な施設という印象でした。しかし、泊まってみて初めて分かることがありました。夜になると正面玄関が施錠され、裏口から入館する必要があったのです。この裏口にたどり着くまでの道のりに照明がないため、女性が夜間に歩くような雰囲気ではなく、滞在中、ホテルに戻る際は小走りを余儀なくされました。また、観光から戻り、ルームキーを鍵穴に入れると、鍵が開いているというハプニングもあり(フロントに行って確認すると「掃除の際に担当が鍵を閉め忘れた」とのこと)、特に大事には至りませんでしたが、問題ないと思っていたこのホテルの安全を疑うような出来事が続いたため、次第に不安に襲われ、初めての国で見るもの、食べるもの、触れるものに急上昇していたテンションは、急降下してしまいました。

<都市Bのホテルでの出来事>
 ほぼ3年後の大学4年の秋(2004年)に、とあるアジアのとある都市(以下「B都市」とします)のシティホテルに宿泊しました。この時も繁華街から近く、夜もにぎやかであること、日本人ツアー客の受入実績もあると聞き、安全で日本人が求める最低限のサービスを受けられると判断して宿泊することを決めました。しかし、実際に宿泊してみると、水しか出ないシャワーに遭遇しました。別の部屋の友人に聞いてみると「温水も出る」とのこと。温水シャワーの提供を「最低限のサービス」だと思っていた私は、同じ料金を支払っているにも関わらず同じサービスを受けられないことに疑問を抱いたので、帰国後この国のシャワー事情について調べてみると、気温の高い現地では「水シャワー」は普通であることがわかり、私の部屋のシャワーが故障していた訳ではなかったことがわかりました。

■些細な出来事が不安や不満のきっかけに

 学生時代のアジアの国々でのホテルでの体験は、いずれも貧乏旅行だったこともあり、支払っている宿泊代金を棚にあげることはできず、今となっては笑い話になるような出来事です。
 しかし、もし、都市Aのホテルで夜間の入館について情報提供されていれば、私はある程度の薄気味悪さは承知の上で予約し、不安に陥ることはなかったかもしれません。もしくは、他の宿泊施設を探すことができたかもしれません。都市Bでは、現地では水シャワーが標準的なサービスであっても、日本人にとってはそうでなかったという「文化の差」を踏まえた情報発信がされていなかったことが不満につながったのだと思います。
 いずれも今になって思えば些細な出来事ではありますが、初めて訪れる国や、あまり旅行経験がない人にとっては不満や不安につながりやすい要素であることは確かです。なかにはこうした出来事によって、せっかくの楽しい旅行を妨げられたと感じる人もいるのではないでしょうか。

■「できること、できないこと」の情報発信を

 このようなことが起きないために重要なのが「情報提供」ではないかと思います。「宿泊施設」といっても価格帯はさまざまであり、提供されるサービスはそれに見合ったものであるべきです。しかし宿泊代が同じ6,000円であっても、期待するサービスは個人によって多少なりとも異なるものであり、思っていたサービスが実際に受けられなかったり、予想と違ったものである場合に、不満や不安につながるのではないかと思います。特に海外の場合は文化や習慣も異なるため、国内の常識が通じない場合や、その逆の可能性もあります。このようなことが起きないためにも、施設側は少しでも利用者に不安を覚えさせる要素を常に把握し、もしそのような要素があれば解決に向けた取り組みを行うことが望ましいでしょう。しかし、実際には、対応の可否も対応できるレベルも施設によって異なるのではないかと思います。この際、施設側は利用者が不安を覚える要素に対してどの程度対応できているのか(対応できていないのか)、どのような点に注意が必要かといった情報をきちんと発信することによって、利用者とのミスマッチを防ぐことができるのではないかと思います。

■公的機関の格付け制度や認証制度による情報提供

 しかし、こうした情報は、目的を持って情報収集する人にとっては有益な情報となりますが、初めて訪れる国で、まずは安心して宿泊できる施設や、価格に見合ったサービスを提供している施設を探したい場合は、詳細な情報であればあるほど、判断をかえって難しくさせてしまう可能性もあります。この場合には、海外の多くの国で導入されている公的(またはそれに準ずる)機関による格付けや認証といった情報発信も有効なのではないかと思います。例えば、韓国では宿泊施設に関するいくつかの認証制度が存在しています。いわゆるホテルについては、法律(観光振興法)によって等級を特1級から3等級まで5段階で分類しています。この等級は、ハード整備やソフトについて合計9部門・1,000点満点で評価して決定されています。各ホテルはエントランス付近にムクゲの花で等級を表示していることが多いため、韓国を訪れた方であれば、見覚えのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 また、観光振興法に基づく宿泊施設整備以外の中小・低価格宿泊施設については、利用者が安心して宿泊できるよう、一定の条件をクリアした宿泊施設を認証する制度「Good Stay」があります。その他、宿泊施設のタイプ別認証制度として、ホームステイとゲストハウスに限定した「Korea Stay」、韓国の伝統家屋である「韓屋(ハノク)」に限定した「Hanok Stay」等がいずれも韓国観光公社を中心に実施されています。これらはいずれも普通のホテルとは異なるため、海外からの観光客にとっては、情報収集が難しく、安心して宿泊できるか判断しづらいという特徴を踏まえた認証制度になっているのではないかと思います。
 海外の多くの国で宿泊施設の格付け制度や認証制度が実施されていますが、韓国のように、格付け制度がカバーしきれない部分について認証制度を運用している例は珍しく、多様なニーズに対応している例といえるのではないでしょうか。(表1)

 表1:韓国の宿泊に関する格付け・認証制度  (表をクリックすると拡大表示します)
資料:韓国観光公社のHP等から筆者作成

■今後訪日外国人を受け入れていくにあたって

 現在、我が国ではインバウンドに関する取り組みが積極的に進められています。また、先日は7年後には東京でオリンピックが開催されることが決定しました。これらの事情からも、今後、訪日外国人観光客はますます増加することが予想されます。その際、重要なのは受入環境の整備、その中でも宿泊はとても重要な要素となるでしょう。訪日外国人観光客数が増加すると、初めて日本を訪れる人の数も、いろいろなタイプの日本の宿に泊まってみたいと思う人の数も増えてくるはずです。一方で、私がアジアの国々で体験したような些細な出来事から起こる不満や不安を抱く訪日外国人観光客も増えてしまう可能性もあります。初めて日本に来る人は、宿泊事情が分からずに不安を覚えるかもしれません。満足度の高い宿泊体験を提供するためには、目的に合致した宿泊情報を提供する必要があるのではないかと思います。近い将来、訪日外国人観光客数が増えるだけでなく、それぞれの日本滞在が充実したものであるよう、今後、日本の現状に適した情報提供制度のあり方が検討されることを期待しています。