ゲストのためのガイドライン 「できる人 / できない人」の二元論を超えて[Vol.424]

2020.06.23

観光地域研究部 地域計画室 副主任研究員 那須將

 新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、当財団においても年度当初から順次、在宅勤務への移行がなされた。日々の余剰カロリー消費を自転車通勤によって自動引き落とし的に達成してきた筆者は、新たな環境の下で「自主的かつ日常的な運動」という副次課題に取り組む事となった。

模索する消費者と業界

 朝夕あるいは休日にサイクリングでも、と考えたが、外出自粛の要請下ではそう気軽にできるものでもない。屋外での運動は、国や自治体による明示的な禁止こそなされていなかったものの、「○○公園では週末にランナーが集中」といった報道に触れると、運動を企むこと自体が望ましくないような気さえしてくる。
 ヒントを求めてWebを検索してみると、04月から05月にかけて複数の指針やガイドラインが提案されていた(注参照)。発出の時期や主体により差はあるものの、おおよそ共通して挙げられていた項目は以下の通りであった。

  • 1) 自国、地域の指針やガイドラインを確認し、それに従う。
  • 2) 機材と体調の管理は万全に。医療機関にサイクリストを受け入れる余裕はない。
  • 3) 受傷の危険がある乗り方や、免疫力の低下リスクが生じるハードワークは避ける。
  • 4) 特に感染拡大期においては、屋内サイクリングの設備があればそれが最善。
  • 5) 屋外で乗る場合は、以下を遵守する。
      ・サイクリストを含む周囲の人すべてに感染のリスクと不快感を与えない。
      ・個人、ないし同一世帯で走り、グループライドは避ける。
      ・人混み、中心街、観光地、混雑箇所を避けたルートを設計する。
      ・ライド中もソーシャルディスタンスを確保(走行中はより大きな間隔の確保が必要との指摘も)。
      ・立寄先は最低限に。補給食や工具は持参し、休憩や立寄の必要ない距離を走る。

  ※すべての指針、ガイドラインが1) から5)までを網羅する訳ではない。1) のみに準じ、厳格な屋内待機のみを提案する指針も含まれる。

誰のための指針か

 ガイドライン群をチェックする中で筆者が興味深く感じたのは、これらがみな自転車に乗る当事者の視点から整理されていた点である。その理由を考えてみると、サイクリングは基本的にお金と時間と道があれば実施でき、目的地は当事者の裁量に委ねられていることが挙げられる。
 実施にあたって施設を必要とする運動(例えばボルタリング、バスケット、競泳など)は、施設が閉鎖されれば実施できない。一方でサイクリング、ジョギング、トレッキングといったパブリックな空間を利用する運動は施設閉鎖によるコントロールが効きにくく、実施者自身による自律的な「実施してよい / すべきでない」「実施する場合の適切な方法」の判断が求められる。ゆえに、ガイドライン群は当事者の視点から整理されたのではないか。
 いくつもの指針が、さまざまな主体から発出されている点もまた興味深い。以下は筆者の想像に過ぎないが、コロナをめぐる状況が目まぐるしく変化し続けた04月から05月にかけて、多くのサイクリストが運動の可否や配慮すべき事項について、疑問や不安を抱いたのではないか。そのようなニーズに、まずはユーザーに近しいサイクルショップ・関連情報サイト・雑誌社などの主体が、続いて公的・横断的な競技団体や振興団体等が、順次応じる形で指針が整理されていったものと推察される。

 ところで「基本的にお金と時間と道(移動手段)があれば実施でき、目的地は当事者の裁量に委ねられている」余暇活動の筆頭が旅行である。あえて露悪的な表現をすれば、緊急事態宣言下でもレジャー旅行は可能であるし、目当ての施設が閉鎖されていたとしても、替わりの訪問先・替わりの目的地を探すことは容易い。アクセス手段の限定される島嶼部や山岳では、航空機や船舶の利用制限、登山道の閉鎖等による制御が可能であるが、自家用車で到達できる地域が取り得る手段は限定的である。

 経緯は定かでないものの、GW前後には一部の観光地において、アンコントローラブルな観光旅行の状況が批判的に報道されたことも記憶に新しい。この点において、旅行は関連する施設の閉鎖や制限のみによってコントロールすることが難しい側面を有すると考えられる。ゆえに、旅行者自身にも自律的な「実施してよい / すべきでない」「実施する場合の適切な方法」の判断が求められるところである。我々は、それをどのように考えればよいだろうか。

ホストの戦略とゲストの原則

 全国的な緊急事態の宣言が解除され、06月19日には都道府県をまたぐ移動の自粛が緩和される中で、観光地の様子が伝えられる機会も増えつつある。withコロナ、アフターコロナの観光復興をにらみ、旅行業、航空、鉄道、宿泊施設、旅客船、バス、観光施設、外食、小売業など、関連する業界において種々の指針、シナリオ、ガイドライン等が策定されつつある。
 こうした戦略の重要性は論を俟たないが、その対象(ガイドライン等を参照し、自身や自社の行動指針を検討する者)は基本的に、旅行者を「観光客」として受容するホスト側である。国による消費者向けの施策として、国による観光需要喚起のためのキャンペーン等が発表されているものの、管見によれば、旅行者(ゲスト)自身を対象としたガイドライン等の事例は僅少であるように思われる。

 仮に、ゲスト自身を対象とした『新たな日常下における旅行の原則』といったものを策定するのであれば、そこには例えば次のような事項が含まれてくるだろう。

  • 事前に目的地の状況や、必要な対策を確認しましょう。
  • 訪問先では、現地自治体や当局、施設係員の指示に従いましょう。
  • 可能な範囲で、混雑する時期や時間を避けましょう。
  • 旅行の途中で体調が悪化したら、すぐに旅行を中断して必要な対策を

 文字に起こしてみると、原則と称するにはあまりに基本的な事項にも見える。しかしながら、筆者はゲスト側にも上記のような原則を示した指針が必要ではないかと考えている。旅行の多くが余暇活動である以上、その経験には個人差があり、経験に基づく予測や想像の精度も同様であるからだ。

旅行者ができることは旅行者で

 社会活動のあらゆる領域において、従前とは異なる配慮や判断が要求される「新たな日常」下には、良識を備え自律的な判断ができる者と、それらを意図的に無視する者のみが暮らすのではない。両者の中間には、相当数の「社会的な要請に従うことの必要性は感じているが、具体的にどのような配慮をすればよいか分からない」人々の存在が想定される。疲弊した諸産業の再生、一方では継続的な感染リスクの存在、さまざまな情報が錯綜する状況において、そのような中間の人々に一定の指針を提供することが必要ではないか。
 望ましい旅行者の像を提示することは、旅行に出かけようとする人を萎縮させ、観光需要の回復を遅らせるとの懸念があるかもしれない。しかしながら、「新たな日常」下の旅行において増大する総体的なコスト(人員・技術・備品などの経費以外にも、気配り、気遣いといった目に見えないコストも増大するだろう)が、宿泊施設や観光施設といったホスト側のみに課されることは、望ましい状況とはいえない。ゲスト側の注意によりカバーできる領域を指針という形で示すことで、ホスト - ゲスト間が可能な範囲でコストを分担できる関係性を構築していくことが、結果的に産業としての持続性を高めるものと考えられる。

 さて、ちょうど本稿を執筆している最中に、旅行連絡会から『新しい旅のエチケット』が公開された。感染リスクを避けた安全な旅行のために留意すべき事項が、旅行者の視点から取りまとめられている。
 タイミングの関係で後出しジャンケンのような形になってしまったが、本稿で検討した指針試案と共通する部分もあるようだ。リーフレットには具体的な留意点がイラスト付きで掲載されているので、是非ご参照いただければと思う。

旅行連絡会: 新しい旅のエチケット(http://www.jata-net.or.jp/virus/2006_newqetiquettetourism.html
[掲載先: 一般社団法人 日本旅行業協会]

顛末と余談

 緊急事態宣言下における適度な運動について「社会的な要請に従うことの必要性は感じているが、具体的にどのような配慮をすればよいか分からない」層であった筆者は、外出を伴うサイクリングを当面自粛することにした。前出のガイドライン群を踏まえ、種々のリスクを十分に小さくすることは、技術や経験の面から自分にとって荷が重いと感じたからだ。
 代替措置として廉価なローラーを導入し、自宅のベランダでライドすることにした。ペダルを回しても前進せず、中空に浮いたような感覚は思いのほか新鮮で、ハムスターのような心地でそれなりに楽しく続けている。
 盛夏の頃には、休日の外乗りも再開できるだろうか。

ローラー(自転車用連結式回し車のような機械)
赤い筒はタイヤに合わせて回転し、左側の筒と右から二番目の筒は連動している。
画像の左側に前輪、右側に後輪を載せてペダルを回すと、スピンバイクのような運動ができる。

以下、更新日順に掲載。「※」以下はすべて筆者補注。