観光地における危機管理の枠組み 防災計画のその先へ [コラムvol.379]

2018.09.25

観光政策研究部 研究員 那須 將

 起稿にあたり、北海道胆振東部地震で亡くなられた方々に謹んでお悔やみを申し上げるとともに、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

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被災者となった観光客

 2018年09月06日未明、北海道胆振東部地震が発生した。

 災害により41名が死亡したほか、5市町において住宅139棟が全壊する等 1)、深刻な被害を被った。一部地域では18日時点で停電が続く 2)など、発災から約2週間が経過した現在でも、被災地の生活は再建の途上にある。

 被害の甚大さが時々刻々と明らかになる一方、今回の災害では発災直後から、道内に滞留した観光客の存在が耳目を集めた。発災当日から新千歳空港や女満別空港が閉鎖され、また北海道新幹線を始めとする鉄道網でも運休が相次いだために、帰宅手段を失った観光客が一定数、道内に留まる事態となった。

 6日には新千歳空港のターミナルビルが閉鎖されたことから、千歳市は市内に開設した避難所 3)のうち、2箇所を外国人・観光客向け避難所として運用し、空港から退出した旅客を受け入れた 4)。報道によれば、千歳市における避難者のピークは6日夜時点の1,768人であり、その半数が観光客だった 5)

 観光客は生活の拠点となる住居がなく、また土地勘や地縁も薄いことから、宿泊先の営業停止や交通の寸断をもたらす災害が発生した場合、自助努力によってこれを克服する手段は限られる。換言すれば、観光客は地域住民との比較において、防災上の「要配慮者」群である。このことから、発災後に多数の観光客が帰宅手段を失い、観光地周辺に留まるといった事態は、北海道に限らず全国の観光地で発生し得る。

 このような防災上のリスクに対して、自治体はどのように備えることができるだろうか。

観光地における危機管理のスキーム

 地方自治体における危機 6)対応は、原則として「地域防災計画」に基づいて遂行される。先行研究によれば、国内の総合的な政策枠組みにおいて、危機対応の局面は発生以前の「事前」、発生直後から応急期の「発災期」、一定時間が経過した「事後」の三段階に整理される 7)

 以上は災害対策基本法を根拠法とする全国共通の枠組みであるが、一部の自治体は観光客や観光業に着目した計画やマニュアルを追加的に整備し、観光地としての危機管理体制を構築している。これらの事例では、災害発生後の対応は大きく ①発災から72時間後までの期間と ②それ以降の期間 の二段階が想定されており、それぞれの期間で対応の指針が異なる。

 本稿ではまず①の期間に着目しつつ、国内の先行事例を紹介したい。

富士河口湖町の事例

 富士河口湖町は2013年度に『富士河口湖町観光安心安全マニュアル』を作成し、町内の観光事業者に配布した。マニュアルでは自然災害や事件などの発生時に、必要となる対応と行動目標の設定方法が解説されている。

 さらに2016年度以降、ピークシーズンに発生する可能性のある帰宅困難者数を推計し、観光客の一時滞留場所や収容施設、主体間の役割分担などを検討した。その成果は『富士河口湖町観光防災の手引き【発災時対応編】』として取りまとめられた。

富士河口湖町: 富士河口湖町観光防災の手引き【発災時対応編】
https://www.town.fujikawaguchiko.lg.jp/ka/info.php?if_id=4278&ka_id=9

 手引きでは、発災から72時間までを一定の時間ごとに区切り、各区間における観光客の誘導指針を定めるとともに、行政・団体・事業者など関係する主体それぞれに対して担うべき役割と連絡方法を規定している。このほか、宿泊施設が発災後すぐに取組むべき項目のリスト(継続宿泊機能の確保を企図)や、外国人観光客対応の考え方、事前の備えについても言及がなされており、計画から実践まで、平時から有事まで、さまざまな現場での活用が想定されている。

図1 富士河口湖町における観光防災対応の基本的な流れ (『富士河口湖町観光防災の手引き【発災時対応編】』から抜粋 8)

京都市の事例

 京都市は大規模災害時に発生する帰宅困難者に着目し、その総数を37万人と推定した。その上で、京都市においては帰宅困難者に観光客が含まれることから、関係団体や民間企業との連携による帰宅困難者対策の構築が課題であるとして、2012年に「ターミナル対策(京都駅周辺)協議会」「観光地対策協議会」「事業所対策協議会」からなる検討体制を構築した。

 3種の協議会のうち、「観光地対策協議会」における検討の成果は、2013年に『京都市観光地避難誘導取組指針』、ならびに清水・祇園地域と嵯峨・嵐山地域における『帰宅困難観光客避難誘導計画』として取りまとめられた。

京都市: 大規模災害時における観光客等帰宅困難者対策
http://www.city.kyoto.lg.jp/gyozai/page/0000076886.html

 京都市の避難誘導計画では、観光客に対して正確な情報を伝えるとともに、一斉帰宅の抑制によりターミナルへの集中を回避し、二次災害を未然に防ぐという指針が示された。発災後、観光客はまず一時滞留場所となる「観光客緊急避難広場」へ誘導され、水道とトイレの使用、公共交通機関の運行情報や災害対応情報などの提供等を受ける。その後、休憩や宿泊が可能な「観光客一時滞在施設」へと誘導され、公共交通機関が復旧する3日後までを目途に支援を受けて滞在し、その後順次帰宅することとなる。

図2 京都市における帰宅困難観光客の避難誘導イメージ (『帰宅困難観光客避難誘導計画 概要版』から抜粋 9)

 なお、「観光客緊急避難広場」および「観光客一時滞在施設」には公園や博物館といった公共施設だけでなく、八坂神社、清水寺、天竜寺、伏見稲荷大社等の民営施設が含まれる。京都市は施設を運営する民間事業者との協定締結によって避難広場や滞在施設を拡大しており、2017年10月時点で京都市内の「緊急避難広場」は50箇所、「一時滞在施設」は143箇所となっている 10)。京都市内の観光地区における民間施設を包括した避難誘導の有効性については、学術的な観点からも一定の検証がなされている 11) 12)

北海道胆振東部地震における帰宅困難観光客対応

 富士河口湖町、京都市いずれの事例においても、発災から72時間を目安として観光客が自治体内に滞留・滞在できるよう誘導し、交通機関の復旧後に帰宅支援へと移行するという指針が示されていた。

 以上の二事例をふまえて、北海道胆振東部地震における対応を、現時点で参照可能な記録をもとに整理したい。

 まず交通機関への影響をみると、新千歳空港は発災当日の6日、ターミナルビルが終日閉鎖され、国内線については7日以降、国際線は8日以降に、それぞれ順次運航を再開した。女満別空港は6日午後から閉鎖され、7日以降に順次運行を再開した。北海道新幹線は、6日始発から新青森-新函館北斗間の運転を見合わせ、7日に運転を再開した。

 札幌市は発災後8日までに、宿泊先を確保できない観光客の避難所として札幌駅前通地下歩行空間を解放した 13)。また外国人を含む観光客向け避難所を6箇所開設し、これらは12日までに閉鎖されている 14)。千歳市では、6日に外国人・観光客向けの避難所が2箇所開設され、9日11:00までに閉鎖された 15)

 情報は限られているものの、道外に接続する交通機関は発災から2日後までに順次復旧し、これに伴って3日後の9日までに、周辺自治体における観光客の帰宅支援がほぼ完了したと考えられる。現実に発生する災害においても、72時間を目安とする観光客対応の枠組みが、一定程度有効に機能することが示唆された。

観光産業への影響と「危機からの回復」

 観光客に対する帰宅支援が落着し、応急的な対応が中心となる「発災期」から「事後」へと移行しつつある中で、観光産業における経済的な損失は今後も拡大することが見込まれる。北海道庁は、発災から15日までに発生した道内宿泊施設の予約キャンセルはのべ94万2千人、観光全体の推計損失額は約292億円であり、これは今後さらに増大する可能性があると発表した 16)。これは農林水産の被害額397億円 17)の7割超に相当し、土木インフラの被害額1千億円 18)の3割程度に相当する。民間事業者の損失も拡大しており、JR北海道は地震による同社の減収額が11億円を超えると発表した 19)

 一般に観光産業は季節性が高く、また供給を在庫として留め置くことができないため、災害による需要の低下が経営状況の悪化や、廃業に直結する可能性が想定される。また、著名な観光資源や大規模な宿泊施設といった、ある地域の観光需要を量的に担保する存在が毀損された場合、その影響は周辺の事業者にも派生し、地域内の産業が連鎖的に疲弊することが想定される。災害後に観光産業を維持しつつ地域の活力を取り戻すには、地域防災計画とは異なるアプローチが求められる。

 そのような試みが計画に落とし込まれた例として、沖縄県が2015年に策定した『沖縄県観光危機管理基本計画』、および2016年に策定した『沖縄県観光危機管理実行計画』が挙げられる。

沖縄県: 沖縄県観光危機管理基本計画の策定について
http://www.pref.okinawa.jp/site/bunka-sports/kankoseisaku/kikaku/report/policy/h26kannkoukiki.html

沖縄県: 「沖縄県観光危機管理実行計画」の策定について
http://www.pref.okinawa.jp/site/bunka-sports/kankoseisaku/kikaku/report/policy/h27kankoukikikanrijikkoukeikaku.html

 計画の中で、沖縄県は「観光危機管理」を「観光客や観光産業に甚大な被害をもたらす観光危機を予め想定し、被害を最小化するための減災対策、観光危機発生時における観光客への情報発信、避難誘導・安全確保、帰宅困難者対策等の迅速な対応、観光危機後の風評被害対策、観光産業の早期復興・事業継続支援等を組織的かつ計画的に行うこと 20)」として定義した。

図3 沖縄県における観光危機管理対策の基本方針 (『沖縄県観光危機管理基本計画』から抜粋 21)

 施設の破損や交通の寸断といった直接的な被害を乗り越えたとしても、観光需要は即時に回復しない。需要を発災前の状態にまで回復させるためには、応急的な復旧の完了後にも継続的な対応が求められる。沖縄県の計画においては「危機からの回復(Recovery)」がその段階に相当する。また、危機管理の定義において「風評被害」が挙げられていることからも分かるように、災害で直接の被害を受けなかった地域においても、「危機からの回復(Recovery)」段階の取組みが必要となる。

 では今般の災害において、「危機からの回復」の端緒は開かれているだろうか。

 高橋はるみ知事は19日に『観光復興に向けた北海道知事からのメッセージ』として、道内の住民に対しては「一人一人が過度に萎縮せず、普段どおりの心豊かな生活を送ること」を、道外に対しては「震源地から離れた本道の大部分の地域では、交通や宿泊など観光客の受入には全く支障がない状況」となっていることを、それぞれ発信した 22)。また政府は21日に、観光への影響を払拭すること目的として、北海道全域を対象とした宿泊割引制度「ふっこう割」の導入を決定した 23)。民間においても、交通事業者が割引制度などの導入を発表した 24)

 一方で北海道内の日本版DMO(候補)法人である14団体 25)のウェブページを参照すると 26)、7日時点でトップページに災害に関する情報を掲載していた団体はなく、「新着情報」等の下部ページで情報を発信していた団体が3団体、FacebookなどSNS上で情報を発信していた団体が2団体みられるのみであった。情報の内容は「イベントの中止情報」「店舗の臨時休業」等であり、当該地域の被災状況や支援情報を網羅的に発信する事例はみられなかった。一週間後の14日時点では、トップページに災害に関する情報を掲載していた団体が2団体、下部ページで「観光施設への災害の影響はないので是非来訪してほしい」との情報を掲載していた団体が1団体みられたものの、その他の団体では下部ページでイベントの中止情報や店舗の営業情報を掲載するか、もしくは地震に関する情報の掲載がなかった。

防災計画の先へ

 本コラムでは今般の地震による被害状況と、各地で整備が進められてきた観光防災計画の一部を、比較しつつ参照してきた。

 地域内で住民とともに被災した観光客のコントロールと支援の手法については、観光地を有する自治体を中心に制度や知見が蓄積されてきた。今回の災害においても、現時点では二次的な死者や遭難者を出すことなく支援を完了したものと考えられる。

 一方で、域内の安全が確保された後の対応についてみると、「ふっこう割」に代表される政府の取り組みには既に一定の知見蓄積があり、今回の対応においても直接の被災地域だけでなく北海道全域が対象となるなど、従前の成果を踏まえた対応がなされた。自治体のトップである知事からの明朗な情報発信にも、一定の効果が期待される。しかしながら、観光セクション全体を巻き込んだ一体的な対応は、十全とは言いがたい状況にあった。

 観光地としての経営を維持するために必要とされる、広域・長期・継続的な取組みについて、明確な指針や制度は未だ発展途上の段階にある。また、観光地を「元通りの(被災前の)姿に戻す」だけでなく「新たな姿に発展させていく」といった方向性も考えられるなど、議論や検討を要する点も数多い。

 観光地が災害に見舞われたとき、今そこにいる観光客の生命と安全を守るための「防災」は、自治体においても事業者においても最優先の事項である。しかしながら観光セクションにおける危機対応は、彼らを無事に帰宅させた後にも継続するものである。今まさに北海道で始まりつつある取組みが、将来の観光危機管理において得難い先行事例となることを祈念したい。

出典

1)総務省消防庁: 平成30年北海道胆振東部地震による被害及び消防機関等の対応状況(第27報) < http://www.fdma.go.jp/bn/338977852787916d7067883595262637b6fa6402.pdf >, 2018/09/19更新, 2018/09/19閲覧
2)北海道: 観光復興に向けた北海道知事からのメッセージ < http://www.pref.hokkaido.lg.jp/kz/kkd/kankoumessage.htm >, 2018/09/19更新, 2018/09/19閲覧
3)北海道: 平成30年北海道胆振東部地震による被害状況等(第8報) < http://www.pref.hokkaido.lg.jp/sm/ktk/300906jisin/top.htm >, 2018/09/07更新, 2018/09/19閲覧
4)北海道テレビ: 空港閉鎖の千歳市に観光客向け避難所「助かります」 外国人も避難 北海道胆振東部地震 < http://news.hbc.co.jp/771b1b401900c49fafcb7661b56f21ff.html >, 2018/09/07更新, 2018/09/07閲覧
5)苫小牧民報: 災害に強いまち、本領発揮 千歳市、訓練生かし迅速に対応 < a href="https://www.tomamin.co.jp/news/area1/14651/ >, 2018/09/13更新, 2018/09/19閲覧
6)本稿では仮に「当該地域の資源や資産に物理的な損害を与える、もしくは当該地域への訪問に対する不安を増大させることにより、地域の運営を困難ならしめる、非日常的かつ突発的な事象全般」と定義する。具体的には、自然災害、少雪や渇水などの天候不順、感染症、食中毒、戦争、テロ、サイバー攻撃といった事象が想定される。
7)高坂晶子(2017): 危機対応策としての観光版BCMの在り方: JRIレビュー 2017 vol.12, No51, pp63-88
8)富士河口湖町(2016): 富士河口湖町観光防災の手引き【発災時対応編】 < https://www.town.fujikawaguchiko.lg.jp/ka/info.php?if_id=4278&ka_id=9 >, 更新日不明, 2018/09/19閲覧
9)京都市: 帰宅困難観光客避難誘導計画 概要版 < https://www2.city.kyoto.lg.jp/shikai/img/iinkai/keisou/gaiyouban.pdf >, 2014/03/19更新, 2018/09/19閲覧
10)京都市: 災害発生時における観光客等に対する施設利用等の協力に関する協定の締結について ~京都テルサを一時滞在施設に指定~ < http://www.city.kyoto.lg.jp/tokei/page/0000227557.html >, 2017/10/25更新, 2018/09/19閲覧
11)徳永優輝, 落合 知帆, 岡﨑健(2015): 京都市清水・祇園地域における震災時の観光客対策としての寺社活用可能性: 日本都市計画学会都市計画報告集13, pp160-163
12)杉山貴教, 大窪健之, 金度源, 林倫子(2015): 清水寺周辺における帰宅困難観光客避難誘導計画の改善に関する研究 - 避難シミュレーションを用いた検証を通して: 歴史都市防災論文集9, pp127-134
13)東京新聞: 地下歩道、緊急の「宿」に 札幌市が観光客らに開放、食料も: 2018/09/08付夕刊
14)札幌市: 平成30年9月12日臨時市長記者会見記録 < https://www.city.sapporo.jp/city/mayor/interview/text/2018/20180912.html>, 2018/09/13更新, 2018/09/19閲覧
15)北海道: 平成30年北海道胆振東部地震による被害状況等(第16報) < http://www.pref.hokkaido.lg.jp/sm/ktk/300906jisin/top.htm>, 2018/09/09更新, 2018/09/19閲覧
16)共同通信: 北海道地震、観光損失292億円 < https://this.kiji.is/413654437510726753 > 2018/09/15更新, 2018/09/19閲覧
17)共同通信: 農林水産の被害397億円 < https://this.kiji.is/413997317479548001 >, 2018/09/16更新, 2018/09/19閲覧
18)共同通信: 北海道地震、土木の被害1千億円 < https://this.kiji.is/415352497106568289 >, 2018/09/20更新, 2018/09/21閲覧
19)共同通信: JR北海道の減収は11億円超 < https://this.kiji.is/414638203783431265 >, 2018/09/18更新, 2018/09/19閲覧
20)沖縄県(編)(2015): 沖縄県観光危機管理基本計画: 沖縄県, p9
21)沖縄県(編)(2015): 沖縄県観光危機管理基本計画: 沖縄県, p11
22)北海道: 観光復興に向けた北海道知事からのメッセージ < http://www.pref.hokkaido.lg.jp/kz/kkd/kankoumessage.htm >, 2018/09/19更新, 2018/09/19閲覧
23)産経ニュース: 政府、宿泊割引「ふっこう割」を全道対象に < https://www.sankei.com/economy/news/180921/ecn1809210029-n1.html >, 2018/09/21更新, 2018/09/22閲覧
24)日本経済新聞: ANAやJAL、北海道復興支援で運賃割引: 2018/09/21付電子版
25)観光庁: 日本版DMO(候補)法人の登録一覧 < https://www.dmo-net.jp/dmolist/ >, 2018/07/31更新, 2018/09/19閲覧
26)(公財)日本交通公社が、各日の10:00から12:00にかけて各ウェブサイトにアクセスして調査。

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