マレーシアでの民泊体験を通じて考えたこと [コラムvol.160]

2012.02.17

観光調査部 菅野正洋
col-160

 昨年の9月、国際会議へ出席するためにマレーシアを訪れた際に、エクスカーションとして、地域住民が主体となって実施されているコミュニティ・ツーリズムの事例を視察・体験する機会がありました。
 ここでは概要を紹介し、その成功要因と我が国の観光地域づくりとの共通点について考えてみたいと思います。

■ミソワライ・ホームステイプログラム

 私が体験したのは、ボルネオ島・サバ州を流れるキナバタンガン河のほとりにあるバトゥ・プテ地区で1997年から実施されている「ミソワライ・ホームステイプログラム」です。※ミソワライとは「一つ屋根の下」といった意味だそうです。
 バトゥ・プテ地区へは、サバ州の州都であるコタキナバルから飛行機で1時間弱のサンダカンという町に飛び、さらにそこからバスで国道を2時間ほど走ると到着します。私が訪れた際にはコタキナバルから陸路をバスで5.5時間かけて移動しました。
 地区には国道沿いに4つの村があり、民泊(ホームステイ)の受け入れは2003年に地域住民によって設立された協同組合(KOPEL)を通して行われています。この協同組合では、民泊の受け入れや各種アクティビティの実施のほか、環境配慮型の野外型宿泊施設(エコキャンプ)の運営、森林・湖沼を対象とした自然再生といった事業にも取り組んでいます。

到着時の歓迎の様子
到着時の歓迎の様子
集会施設
集会施設

 私たちは到着 すると、まず集会施設 で地域の取組の概要についてレクチャーを受けました。この集会施設はホールや厨房、楽器や体験のための機材の倉庫などを備えており、観光客が到着・出発する際の受付や、伝統芸能や音楽の鑑賞、一堂に会しての食事会、アクティビティへの発着場所などに利用されています。また、地域住民による日常的なミーティングにも利用されており、まさにバトゥ・プテ地区のコミュニティ・ツーリズムの拠点と言える施設です。
ホストファミリーと筆者 ホストファミリーと筆者  ホストファミリー との顔合わせはセレモニー形式で行われます。集会施設にホストファミリーが集まり、観光客は順番に名前を呼ばれたあと、そのまま各ホストファミリーの自家用車で各家庭へと散っていくことになります。
私がお世話になったホストファミリーはパットマンさんとサルビアさんのご夫妻の家です。現在は二人暮らしですが、同じ敷地内に独立した娘さん夫妻が別棟を構えており、家にはご夫妻の孫にあたる少しシャイな子供達が遊びに来たりします。

ホームステイ先の部屋の様子 ホームステイ先の部屋の様子  家の中にはゲスト用の客間 が用意されています。また、トイレこそ水洗化されていましたが、風呂場はシャワーではなく手桶で水浴びをするだけの簡素なもので、まさに住民の皆さんと同じ生活を体験することになります。また、パットマンさん夫妻はほとんど英語を話さないため、コミュニケーションは身振り手振りと簡単な筆談のみで行なうことになりました。通常、観光客は2~3泊することが多いそうですが、今回は日程の関係で残念ながら1泊しかできず、それほど多くのふれあいの時間が取れなかったということもあり、ご夫妻の名前と家族構成を聞き出すのがやっとでしたが、それでも私たちをもてなそうという気持ちは十分伝わってくるのが分かりました。
 夜は伝統的な衣装をお借りして再びコミュニティセンターに集まり、地域の皆さんによる手料理をいただいたあと、地域の保存会の皆さんによる伝統音楽と舞踊 、武道を鑑賞しました。
 翌朝は周辺のジャングルにすむ猿や野鳥などの野生動物を観察するリバークルーズ が行われました。この他、滞在中のアクティビティとしては、伝統料理の体験、農園・果樹園見学、熱帯の果物採集といった体験も行なうことができるそうです。

伝統音楽と舞踊の鑑賞
伝統音楽と舞踊の鑑賞
野生動物を観察するリバークルーズ
野生動物を観察するリバークルーズ
野生のサル
野生のサル
エコキャンプ
エコキャンプ

■コミュニティ・ツーリズムへの取り組みの背景と実績

 サバ州では、このような民泊をベースとしたコミュニティ・ツーリズムが複数の村で推進されています。
 州内には、森林保護区や野生生物保護区など、各種の保護地域が州政府によって指定されています。しかしながら、地域住民は伝統的に漁業や採集農業、森林伐採、狩猟など、保護地域内の資源を活用することによって生計を立ててきており、自然環境への影響が避けられない状況となっています。そこで、サバ州では、バトゥ・プテ地区をはじめとする複数のコミュニティにおいて、住民に保護地域内の資源の採取や活用を控えてもらう替わりに、代替的な生計手段を確立してもらうべく、特に民泊をベースとしたコミュニティ・ツーリズムの開発を進めているのです。
注目すべき点は、バトゥ・プテ地区の観光客の受け入れ実績です。バトゥ・プテ地区では、周辺のコミュニティで実施されている同様のコミュニティ・ツーリズムの取り組みと比較して、より多くの宿泊者数の受け入れと収入を実現しているとのことでした。

ホームステイプログラムの実績比較(2009年12月)
ホームステイプログラムの実績比較
出典:世界保護地域委員会日本委員会(WCPA-J)「第1回保護地域と周辺コミュニティワークショップ」
におけるマレーシア工科大学 アムラン・ハムザ教授の発表資料より

■ミソワライ・ホームステイプログラムの成功要因

 限られた時間ではありましたが、現地を視察し、また何人かの関係者の方々からお話を伺った結果、バトゥ・プテ地区の成功要因として以下のような点が挙げられるように思いました。

○地域の行政が取り組みを全面的にバックアップしていること
 そもそも州政府が主導してコミュニティ・ツーリズムの開発に取り組んだという経緯もあり、行政が全面的にバックアップして取り組みが進められています。具体的にはエコキャンプなどの事業を進めるに当たって、各種許認可の手続きについてスピード化が図られるなどのサポートがあったそうです。

○取り組みの牽引役としてのNGOの存在があったこと
 バトゥ・プテ地区のコミュニティ・ツーリズムは、自然環境保護に関する国際NGOであるWWFの支援を受けて進められています。具体的な支援策としては、取り組みの初期段階でWWFのスタッフが地域に住み込んで観光開発に向けた技術的な助言や研修を行うとともに、自然保護に対する意識啓発を行ったとのことです。このことが取り組みの大きな推進力になり、その結果、現在では協同組合の運営をはじめとする取り組みについては地域住民によって自律的になされるようになっています。

○取り組みを推進する組織と人員の体制が整っていること
 住民によって設立された協同組合が観光客の受け入れの窓口となることで、利益享受の機会が公平に配分される仕組みが構築されています。また、地区内には、内外の各種調整を行うプロジェクト・コーディネーターがおり、その存在も事業推進の大きな原動力となっているのではないかと感じました。

■我が国の観光地域づくりとの共通点

 前に挙げたような成功要因からは、「行政との役割分担と連携」、「地域外のアドバイザーによる取り組みの側面支援」、「推進のための組織体制の構築」、「地域内のコーディネーターの存在」といったキーワードが浮かび上がってきます。これらのキーワードを見ると、我が国の観光地域づくりにおいて取り組むべき課題となっている点と共通する部分が多いことに気づきます。
 バトゥ・プテ地区での成功を受け、現在周辺の地区に事業の仕組みを移転するプロジェクトが進行中とのことでした。今後、国際的に途上国を中心に観光の果たす役割が大きくなることが想定される中、我が国の観光地域づくりの分野で蓄積されたノウハウについても、同様に海外に技術移転できる部分も多いのではないかと感じました。

 

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