訪日消費はどのように把握している? [コラムvol.354]

2017.10.02

観光経済研究部 主任研究員 川口明子

2017年も好調な訪日市場、旅行単価減少は市場成熟の証

 2017年も訪日旅行市場は引き続き好調です。同年上半期(1〜6月)の訪日外国人旅行者数は前年比17.4%増の1,376万人、旅行消費額は前年比8.6%増の2兆456億円と初めて2兆円を突破しました。9月の時点で訪日外国人旅行者数が2,000万人を超えており、この勢いが持続すれば年間で2,800万人台に達することが見込まれます。

 旅行者数に比べ消費額の伸び率が穏やかですが、これは訪日外国人1人当たりの旅行支出(以下、旅行単価)が落ちているからです。中国人の“爆買い”沈静化に加え、近年訪日客の増加が著しい東南アジアでも旅行単価減少の動きがみられます。一般に旅行市場の黎明期の客層はビジネス客やお金に余裕のある層の観光客が中心になりますが、成熟期に入ると観光を楽しむ人々の裾野が広がり、それに伴って旅行単価が減少します。国によって進度は異なりますが、東南アジア発の訪日旅行市場もいよいよ成熟期に入ってきたといえるでしょう。

訪日外国人の旅行単価はどうやって把握している?

 さて、訪日外国人の旅行消費額はどのように把握されているのか、ご存知でしょうか?

 訪日外国人の人数は、国境でカウントされた確固たるデータがあります。しかし、消費額についてはこのような正確かつ利用可能なデータが今のところ存在しません。そこで、訪日外国人の一部の方々を対象に、聞き取り調査を行って旅行単価を把握しています。この調査が、観光庁の実施している「訪日外国人消費動向調査」です。外国語の話せる調査員が、訪日旅行を終えて空港(または海港)から帰国しようとする外国人にお声がけをして、日本滞在中にお金をいくら使ったのかを直接質問しているのです。

 このような、一部の方々を対象に実施する調査のことを「標本調査」と呼びます。標本調査では、実態を明らかにしたい集団全体(この調査でいえば訪日外国人旅行者全体)の情報を偏りなく把握することが大切です。そのためには、①集団全体の人数を正確に把握することができる場所を調査地点として選び、②調査対象者をランダムに抽出し、③必要とするデータについて十分な精度が得られるサンプルサイズ(調査対象者の人数)を回収するように調査を設計することが求められます。

 「訪日外国人消費動向調査」では、訪日外国人の人数が最も正確に把握されている空港・海港を調査地点に選んでいます。北は新千歳空港から南は那覇空港まで、全国18の空港・海港で実施。これらの港からの出国者数は全体のおよそ95%を占めており、日本全国の動向を知る上では十分なカバー率です。

 サンプルサイズは、我が国の訪日旅行促進施策の主要ターゲットである国籍・地域(以下、国籍)毎に、旅行単価データについて十分な精度が得られるように決められています。標本調査ではサンプルサイズが多ければ多いほどデータの精度は高まりますが、その分費用がかかるためサンプルサイズの拡大には限界があります。また、あまりに多くの人々に聞き取り調査をしてしまうと訪日外国人の負担が大きくなってしまうので、サンプルサイズを抑制する配慮も不可欠です。2016年は訪日外国人2,400万人に対してサンプルサイズ39,000人ですから、615人に1人が調査に回答している計算になります。かたや、日本在住者対象の「旅行・観光消費動向調査」では総人口1億2,700万人に対してサンプルサイズ25,000人、調査対象者に選ばれる確率は5,080人に1人です。現状で、訪日外国人の調査負担の方が日本在住者に比べ大きいことがわかります。

国の統計で都道府県データの充実を目指す動き

 全国各地でインバウンド促進の取り組みが進む中、都道府県や市町村など地方単位のデータを活用したいというニーズがますます高まっています。国の統計にも、地方単位のデータを充実させてほしいという要望が多く寄せられているそうです。しかし、国の統計で把握できることには限界があります。

 「訪日外国人消費動向調査」は我が国全体の訪日外国人旅行消費額を把握することを目的としており、こうした目的に沿って調査設計がなされています。仮に、現行の調査設計思想のままで地方単位でも十分な精度のデータを得ようとすると莫大なサンプルサイズが必要となります。また、1回の聞き取り調査において回答者を長い時間拘束することは難しく、あまり多くの質問はできません。そのため、訪問地の地名を細かく聞くことや、訪問地毎に旅行単価を尋ねることには限界があるのです。

 一方で、地方単位でそれぞれ別個の調査を実施しようとすると、調査票の回収数が伸び悩むケースも多いのではないかと推察します。その主因は、地方での訪日外国人の出現率が低いことにあります。近年急増しているとはいえ、その人数規模は地方単位で聞き取り調査を実施するには未だ小さい規模なのです。せっかく外国人調査を企画したのに、調査日に期待していたほどの外国人が現れず、十分な票数が集まらなかったという苦い経験をされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 こうした状況の中、観光庁では都道府県データの充実を図る取り組みが進められています。2017年5月に策定された「観光ビジョン実現プログラム2017」には、“地方への旅行者の誘客の状況や消費の動向を把握し施策に反映するべく、地域(都道府県レベル)の入込客数及び旅行消費額に関する統計調査を2018年1月より本格実施する”と記されています。

市町村や観光地単位はビッグデータの活用可能性を検討

 2018年以降は国の統計における地方データの充実が期待されますが、それでも統計精度を考慮すると都道府県単位までが限界でしょう。市町村や観光地単位での訪日外国人データの取得には、また別の工夫が求められます。ひとつの可能性として考えられるのが、ビッグデータの活用です。

 小さい地域ほど、モバイル通信やSNS、観光情報発信アプリなどの事業者が持つビッグデータの有用性が高まります。なぜなら、①サンプルサイズが膨大なので外国人出現率の低い地域のデータでも一定量取れる、②聞き取り調査とは異なりデータの精度が訪日外国人の有する地理的知識や記憶に依存しない、からです。ただし、民間事業者が保持するビッグデータはそれぞれの事業者の顧客データであって、必ずしも訪問客全体をカバーするデータではないことに留意する必要があります。

 国の統計とビッグデータ、それぞれの利点を活かして、精度が高くかつ政策立案等に有用なデータをいかに生成していくか。こうした課題に私も引き続き取り組んでいきたいと考えています。

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