「内なるインバウンド」の可能性 [コラムvol.356]

藤里町の魅力を楽しむツアー

 10月中旬、秋田県藤里町を、国際教養大学(秋田市)に学ぶ日本人と外国人留学生の学生グループ10名が訪れました。留学生の出身はイギリス、オーストラリア、アメリカ、エストニアなど様々で、いずれも来日して2ヶ月ほどの皆さんです。

 一行は白神山地で田苗代湿原の見頃真っ盛りの紅葉や岳岱のブナ林を楽しんだあと、町内粕毛地区のまちづくり協議会のメンバーの皆さんと、秋田の名物「きりたんぽ」をはじめとする郷土料理づくりを体験しました。また、その日の夜は同地区で始まった「民泊」システムを利用して一般家庭に宿泊しました。特に留学生の皆さんはホスト家庭とのコミュニケーションに苦労しながらも、日本の一般家庭の生活の様子をかいま見ることができたようです。

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写真 ツアーの様子

ツアー実施の効果

 このようなツアーは、藤里町が事務局となっている藤里町ツーリズム協議会と国際教養大学が連携して2016年度から実施しているもので、2016年度は7月と10月の2回の日帰り、今年度は1泊2日の行程で実施されました、
国際教養大学では、世界の180を超える提携大学などから数多くの留学生が学んでおり、新入生は全員入学からの1年間を大学敷地内にある学生寮で生活することになっています。また学生寮のほかにも学生宿舎があり、寮生活を終えた学生や留学生が入居し共同生活を送っています。

 同大学ではこの寮生活・宿舎生活もリベラルアーツ教育の舞台として位置づけ、日本人学生と留学生が特定のテーマに基づいて活動する「テーマ別ハウス」を導入していることが特徴です。藤里町のツアーに参加した学生は、いずれも、日本の自然や文化について学ぶ「日本自然文化ハウス」のメンバーです。

 一方の藤里町にとっては、訪日外国人を想定した観光客の受け入れ体制づくりの機会としての意味合いもあります。

 実際に、昨年度の2回のツアーで郷土料理体験の受け入れを行った住民グループからは、当初「海外からの留学生ということで、通常とは異なる対応にかなり気を遣った。言葉の問題があり、言いたいことが言えなかった」というコメントがあったものが、「初めて受け入れた際には不安の方が大きかったが、2回目は気持ちとしても慣れたため、それほど難しいことではないと思えるようになった」と、受け入れ側の意識も大きく変わってきています。

 私自身、藤里町、国際教養大学との3者による共同研究という形で、2016年度からいずれのツアーにも同行させていただいていますが、回を重ねる毎に内容が少しずつ「バージョンアップ」しているのを感じます。

 現在、各地では、外国人観光客の誘致を想定し、地域の魅力や受入体制について意見を聴取するための「モニターツアー」を企画・実施する機会も多いと思います。

 その際、藤里町のように地域の大学等と連携し、外国人留学生の協力を得て取り組みを進めることは、外国からモニターを招聘するよりも事業実施のハードルが低く、外国人観光客を受け入れる体制づくりの手段の第一歩としては有効ではないかと思います。

 また、留学生にとっても地域をよりよく知るための機会となりますし、本国の知人友人にSNS等を通じて情報発信してもらうなどの効果も期待できます。

日本在住外国人の国内観光

 留学生とともにもう一つ注目したいのが、日本在住の外国人です。

 2017年1月に発刊した当財団の機関誌「観光文化」232号では、「地方創生時代における農山村と観光」と題して特集テーマを設定し、地方自治体へのアンケート調査や先進事例へのヒアリング調査などから、農山村が観光に取り組む意味と効果の検証を試み、農山村の価値を高める方法やその際に留意すべきことなどを考察しました。
その際に巻頭言をお寄せいただいたダニエル・カール氏からは、インタビュー時に下記のようなご意見をいただいています。

 「日本に住んでいる外国人は、いろいろな田舎に出掛けてSNSで発信している。海外の観光客への影響力も大きいからもっと、日本の田舎の魅力を、もっと在日外国人を通じて発信するといいのではないか」(p34)
実際、2016年度に山梨県が富士登山に訪れた外国人を対象として行った調査では、その人数の4割強が国外から来訪した観光客ではなく、日本在住の外国人だったという結果もあります。

 現状では富士山のように可視化されたデータが少なく実状は不明ですが、国内の観光地に日本在住の外国人が訪れているといったケースは存外多いと思われます。

「内なるインバウンド」の可能性

 2016年3月30日に「明日の日本を支える観光ビジョン」が策定され、インバウンドに大きく傾注した目標が掲げられる中、地方部においても、外国人観光客を対象としたプロモーションや環境整備、受入体制づくりといった諸施策が講じられています。

 現在は、国外から来訪する「インバウンド」に強く焦点が当たっていますが、それと合わせて、上記で見てきたような「留学生」や「国内在住の外国人」といった、いわば「内なるインバウンド」にも目を向けて取り組みを進める必要があると思われます。

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秋田県藤里町の概要
人口:3,405人
(2017年9月現在、藤里町資料)
観光客数:17,283人
(2016年度、平成28年秋田県観光統計)
主な観光資源:
白神山地世界自然遺産センター、岳岱自然観察教育林、小岳、藤里駒ヶ岳、田苗代湿原、臥龍大滝親水公園などの自然体験
湯元和みの湯、「白神の恵」体験工房、清水岱山林体験交流施設などの観光施設