地域における温泉旅館、その価値と意味 [コラムvol.193]

2013.05.30

研究調査部  吉澤清良
研究員コラム

 観光文化の振興を目指す当財団は、まちづくりに熱心に取り組む温泉地(阿寒湖、草津、鳥羽、有馬、由布院、黒川)との協働で、「温泉まちづくり研究会」(2008年6月発足)を運営しています。

全体  3月7日(木)~8日(金)には、2012年度第3回研究会を、由布院温泉(「秀峰館」)にて開催いたしました。住民主体のまちづくりで知られる「由布院温泉」での開催、今回は特に「地域における温泉旅館とは、その価値と意味」という挑戦的なテーマを設定し、全国各地から集まった会員(約70名)とともに、温泉地・温泉旅館の本質に迫りました。
 ここでは、研究会の様子を簡単に紹介いたします。

 ■開催概要
  【第1部】 学び合う、現場の知恵
  【第2部】 ビッグなお二人から学ぶ
          温泉地・温泉旅館の過去・現在・未来
  【第3部】 前日のディスカッションを受けて
          今後の温泉地・温泉旅館の価値、あり方をみんなで熱く語り合う

【第1部】学びあう、現場の知恵

 大西雅之氏(阿寒湖温泉)、金井啓修氏(有馬温泉)、中澤敬氏(草津温泉)に順番にご登壇いただき、当財団の久保田が聞き役となり、ご自身の温泉地への強い想いとその実現に向けた取り組みについて伺い、今後の温泉地・温泉旅館のあり方を考えるヒントを探りました。

大西氏  大西氏からは、「旅館経営と地域経営は一体」「地域づくりとはキャンバスに絵を描くこと。楽しい、楽しんでやろう」「これからは郷土力が大切。アイヌ文化は地域の誇り。アイヌの精神、考え方を地域の特徴として全国に発信」「『こんにちは』を意味するアイヌ語の『イランカラプテ』(あなたの心にそっとふれさせてください)を、北海道のおもてなしの合言葉に」など、地域への深い愛情を感じるお話を伺いました。「企業が30年続くのは大変なことですが、きちんと地域さえつくっていけば、50年100年という単位で先が考えられると思うのです」とのお言葉からは、「旅館経営と地域づくりは表裏一体であること」への揺るぎない信念を感じました。

金井氏  金井氏は、「プロジェクトスタート時に必要なのは、やる気、タイミング、一緒にやる人」「プロジェクトの成功率は昔4割、今3割。でもイチローだって3割、たいしたものだ」「まちづくりはデッサンが基本。デザインだけではダメ」「有馬温泉は周辺地域や他の温泉地、類似の宿同士との連携していくことで生きていく」といったお話を、ユーモアを交えた軽快なテンポで語ってくださいました。地域に役立つことを常に考えていらっしゃる金井氏からは、「したいこと」が社会性を持っていると連携の輪が広がっていくということを感じました。

中澤氏  中澤氏は、「古さの中に新しいものを入れていく。草津ブランドをエクステンションしていくことが、結果的に草津ブランドを高める」「町民憲章の心で皆の合意形成を図り、戦略と戦術を使い分ける」「“泉質主義”という共通のコア価値を掲げたことで複数の組織が一体化」「温泉地には人を包み込む“フワフワ”した空間が大事。フワフワ感には人づくり」などのお話を、実際に町長での経験を踏まえ真摯にお話しくださいました。町民憲章「歩み入る者にやすらぎを、去りゆく人にしあわせを」を誇らしげに紹介する中澤氏からは、草津町で宿泊産業に携わる者の強い自負心を感じました。

 登壇された講師3人に共通していたのは、その土地に生まれた者としての「使命感」、そして、自らが楽しみ夢を描いて突き進む「行動力」。ポイントは、「面白がる」「新しがる」「やってみる」、そうして新しい価値を自ら創り出すこと。阿寒湖温泉、有馬温泉、草津温泉の、次々と生み出される魅力と強さの理由を見た思いがしました。

【第2部】ビッグなお二人から学ぶ 温泉地・温泉旅館の過去・現在・未来

 長きにわたり日本の温泉旅館をリードしてこられた、旅館業界のビッグ2、上口昌徳様(山中温泉)、中谷健太郎様(由布院温泉)の放談が実現! 当財団の小林、久保田がファシリテーターを務めて、お二人に、「そもそも“宿屋”って何なんだ」「どのようなお考えで宿屋を経営されてこられたのか」などのお話を伺い、「次代の価値観の中でどう展開していったらよいのか」を考えました。

上口氏  上口氏からは、「旅館(業)は命を預かっている。その人の人生に向き合っている」「金持ちじゃなく人持ちになれ」「取り引きしている生産者(製産者)と一緒に成長していく仕組みが『かよう亭職人塾』」「自分が如何にその地域を愛しているか。地域コミュニティに自分が生かされているという意識が大切」など、経営者として、また42年の長きにわたり観光協会長という重責を担う者として、地域や地域の人々を想い、お客様や従業員の生き方にまで思いをはせる深いお話を伺いました。
 「私たちは24時間、その人の命を預かっている。泊まった後に展開するその人の生活が生き生きとすることが我々の使命。そういう使命、責任の大事さ、それが結果として自分自身の生き甲斐にもなるわけですが、温泉を持った人たちは、その本質的な意味をもう一度見つめ直して、そのためにはお互いに連帯もして高めていくことが必要だと感じております」とのお言葉には、その高い見識に圧倒されました。
 また、「旅館では『ファミリービジネス』の考え方が大事では?」と聞かれて、「これから何かするならば、最低で25年戦略ですよ。25年後に果実が実ると思わないと。皆さんあまりにも拙速で、すぐ結果を見ようとする。そういうスパンの中でものを考えないといかん。そして、好奇心は絶対持ち続けて、若い人を支えていく。本当に勇気を持ってなさなければ、日本は救われないと思います」とのご発言には、背筋が伸びる思いがしました。

中谷氏  中谷氏からは、「うちは旅館ではなく別荘。別荘だからこそ、皆さんいらっしゃいではなく、『あなたいらっしゃい』。あなたと地域をつなぐ別荘守でありたい」「まちづくりには小さなことの積み重ねが大切。一人でできることは小さくても、助け合えば大きな力になる」「旅館は鳥が毛づくろいをするような場でありたい」といったお話を伺いました。中谷氏の自然体で肩肘張らないまちづくりへの姿勢、由布院盆地に吹く風のような飄々とした語りの底に流れるムラへの想いに感動しました。
 「村の中で訳分からんことをやっていても許してもらえる。そういう寛容さがムラ(温泉地)にはある。宿屋もどうやらそんな風で、訳分からんことをやっている僕を放り出すとうまくいかないから、僕込みの宿屋になっている(笑)」とのご発言からは、多様性を認めるという温泉地が本来持っている懐の深さを感じました。
 また、中谷氏の話を受けた上口氏が、「圧倒的な求心力を持った宿の主人が多彩なゲストを呼び込み、そこに文化が生まれ、そして宿のある土地の知名度が上がっていく」との記事(*)を紹介し、「これってまさに中谷さんだよね」とご発言。改めて「人」こそが由布院温泉の最大の魅力であると認識しました。
 *:「月刊ホテル旅館2012年11月号」連載「考える旅人」第5回「顔」のある宿(山口由美氏)
 最後に、ファミリービジネスについて聞かれて、「いつか必ず古い木は枯れていく、その下から新しい木が生えて来て、次の鳥に新しい枝を提供するそのドラマ。明らかに違う木で育ったわけで、来る鳥も違うわけです。お前は枝振りが悪いとか言うこともない。そういうふうにやってると、地域そのものが猥雑なエネルギーをなくすんじゃないか」とのお話からは、ご自身の作り上げたモノに拘泥しない清々しさを感じ、「旅館が引き継いでいくものとは何か」を考えさせられました。

第三部会場  上口氏、中谷氏にお話を伺った翌日、研究会2日目(第3部「今後の温泉地・温泉旅館の価値、あり方をみんなで熱く語り合う」)の冒頭、中澤氏(草津温泉)からは、「上口さん、中谷さんは、思考と実践を重ね、ご自身を高めて、独自の宿屋哲学を創り出された。宿屋はともすると水商売といわれ低く見られがちだが、本当は人と人との付き合いを通して人を喜ばすことのできる商売。人間冥利につきる。こんな素晴らしいものはない。もっともっと自信を持とうよ」といった感動的な言葉を頂戴しました。
 また、他の会員からも次のようなコメントを数多くいただいています。

  • 自分が地域に生かされているという意識を若い人達に持ってほしい。
  • どんな人も認めるというコミュニティに衝撃を感じた。
  • 旅館ではなく別荘。別荘と旅館の違いはとても大切に感じた。
  • 旅館業が人間としてやりがいある仕事だと再認識した。
  • 宿の精神を学ぶ機会が今までなかったが、お二人のお話を聞いて、宿は日本人の魂の故郷だと改めて思った。
  • 温泉地は様々な人を結びつけ文化をつくっていくことを感じた。
  • 後継者の考え方、取り巻く環境への対応等の話に、自身何かが変わった。

 今回の研究会は、温泉地や旅館の本質について、会員自らが深く考えるよい機会となりました。私ども事務局も、中谷氏や上口氏から学んだことを、それぞれが自らの宿で具体的なアクションに移してくれるものと確信しています。

 私どもは、今後も日本の温泉地や温泉旅館の将来について議論を深め、広く発信してまいりたいと思っております。ご期待ください!

温泉まちづくり研究会の詳細は、同研究会ホームページを参照。
   http://onmachi.jp/
由布院温泉にて開催した研究会の詳細を含む、『2012年度ディスカッション記録』を公開しています!

 

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