2023年に向けて“足もとからの再興を” [コラムvol.484]

東京都庭園美術館にみる旅行マインドの高まり

当財団は公益事業の一環として「旅の図書館」を運営している。その図書館に、本年3月、ご縁があって「東京都庭園美術館」の方が相談に来られた。聞けば、「移動の自由を制限された2年あまり、世界中の人々が旅を諦めた。この期間に旅への想いが募り、自分の中の旅願望に気づいた人も少なくないのではないか。旅とはいったい何なのか。“旅がどのように人々の想像力をかき立て、旅心を誘ってきたのか”を、1920年代と現代を参照しながら、美術やデザインの世界を中心に再考する展覧会を、9月から開催したい。旅の図書館に展示にご協力いただきたい。」とのこと。美術館の方までもがこうして「旅」に関心を寄せてくださっていることを心強く感じたことを覚えている。

旅の図書館からは数点の古書・稀覯書をお貸出しさせていただいたが、その企画展も11月27日(日)に閉会となり、会期中には約3万人もの来館者があったと言う。期間中、図書館スタッフも鑑賞に訪れたが、多くの来館者で賑わっていたとのこと。

当財団では、コロナ禍にあって定期的に「新型コロナウイルス感染症流行下の日本人旅行者の動向」を調査している。10月に開催した「旅行動向シンポジウム」では、「withコロナにおける日本人旅行者の動向・意識」というプログラムの中で、五木田(企画室長(当時))より「旅行の動機は「日常生活からの解放」が増加し、10年ぶりに最大の動機となった。コロナ禍の長期化にともない、そろそろ解放されたいという思いが強くなっていることがうかがえる。」との報告があった。

こうした国民の旅行への意識の高まりも後押しし、東京都庭園美術館の企画展示が成功裏のうちに閉会を迎えたことは、旅の図書館としても本当に嬉しく思っている。

■東京都庭園美術館「旅と想像/創造 いつかあなたの旅になる」展

・会期 :2022年9月23日(金)~2022年11月27日(日)57日間
・場所:東京都庭園美術館(東京都港区白金台) 本館・新館

東京都庭園美術館「本館大広間」


旅の図書館所蔵の旅行案内・ガイドブック

活気を取り戻しつつある旅行市場

さて、「新型コロナウイルス感染症」は発生から3年近くが経とうとしている。この間、国民は外出や往来の制限、いわゆる新しい生活様式に基づく不便な暮らしを強いられ、多くの産業が負の影響を受けることになった。その中でも観光・旅行は特に大きな影響を受けた分野のひとつであると言っても過言ではないだろう。

2021年(暦年)の旅行者数は、日本人の国内宿泊旅行者数が前年比11.8%減の1億4,177万人、海外旅行者数は同83.9%減の51.2万人、訪日外国人旅行者数は同94.0%減の24.6万人と、大きな落ち込みを記録した。2022年も前半は大きな変化は見られなかったが、6月の外国人観光客の受け入れ再開、3年ぶりの外出制限のない夏休み、そして、10月の「全国旅行支援」開始、入国者数の上限撤廃、外国人観光客の個人旅行の解禁、ビザ免除の再開など様々な対策が行われ、その効果が出始めているようだ。

日本政府観光局によると、2022年10月の訪日外国人旅行者数(推計値)は49万8600人と、前月の約2.5倍、前年同月比では2154.8%増となった。新型コロナウイルス感染症の影響が出る前の2019年同月比では80%減と、2019年の水準に戻るには今少し時間がかかると思われるが、市場は徐々に動き出している。

「全国旅行支援」の効果については、観光庁の和田浩一長官が、11月16日の会見で、全国旅行支援開始後、販売予約実績がコロナ禍前の同時期を超えた旅行会社があることや、大手航空・鉄道会社ではコロナ禍前の8割前後まで需要が回復していることから、「高い需要喚起の効果が現れている。」との認識を示している。

先に紹介した「旅行動向シンポジウム」では、五木田が「新型コロナウイルスの感染状況が国内旅行実施に与える影響は徐々に弱まっている。コロナに対する不安も徐々に減少しており、2021年末を転機として国内旅行市場は回復期に移行した。」とも報告しているが、6月以降講じられた諸施策は、国内旅行市場にドライブをかける一定の役割を果たしていると言える。

2023年に向けて“足もとからの再興”を

コロナ禍について言えば、「新型コロナウィルスの致死率は、ワクチン接種のひろがりや治療の効果、感染による免疫獲得、ウィルス自体の弱毒化などの複合的効果によって、徐々に低下し、インフルエンザにおける致死率に近づいている」との研究成果も報告されている(※)。世界は、インフルエンザ同様に、新型コロナウイルス感染症と共存していくことになっていくのだろう。

 ※横浜市立大学 https://www.yokohama-cu.ac.jp/news/2022/20221020Horita.html

そして、観光・旅行の世界においても、近い将来、かつてのように人々が国内外を自由に行き来できるときがやってくる。それは関係者の誰もが待ち望んだ未来ではあるが、2019年と同じ状況、同じ環境に戻るということにはならない。

コロナ禍を経験して、国民の間には、安心・安全や健康志向、自然志向、地方移住などへの関心の高まりが言われている。リモートワークやワーケーションの導入による働き方や休み方の変化もしてきている。いずれも観光・旅行に密接に関連する変化であるが、それらが一過性のもので終わるのか、中長期的に定着するのかどうかは分からない。2022年、旅行市場に活気が戻りつつあるのは間違いなく朗報だが、今はまだ様々な環境変化が生じているタイミングでもある。

新型コロナウイルス感染症との共存、様々な環境変化が生じる可能性のある中で、観光関係者はどのような観光活動を展開していくべきなのか。

当財団機関誌『観光文化247号(2020年11月発行)』の巻頭言「足もとからの再興」の中で、國學院大学西村幸夫教授は、「コロナ禍で突然生まれた現在の空白の時間に、どれだけのことがやれたかに今後の地域の命運がかかっているように感じるのは私だけだろうか。(中略)この余白の時間は、私たちの足もとを見つめなおす絶好の機会ではないだろうか。」と述べている。

旅行市場が動き出した中で、“余白”は少なくなったかもしれないが、2023年を迎えるにあたりあらためて足元を見つめ直し、何のために、何を目指して観光振興に取り組むのかについて検討し、観光地づくりに真摯に取り組んでいくことが求められるのではないかと考える。