観光地の「断る力」 [コラムvol.85]

2009.06.08

観光調査部 菅野正洋
col-85

■「断る力」が生み出す好循環とは

 以前、「断る力」(勝間和代著、文藝春秋)という本を読みました。
 この本は、私たちが「断る力」を身につけることによって、「汎用的な人材」から「市場価値の高い人材」に変化していくことができるとしたうえで、「断る力」を身につけるための行動のあり方を解説するという内容です。
 この中で、著者である勝間氏が「断る力」の持つ効用を説明するのに、自らの体験に即した以下のようなエピソードを紹介しており、とても印象的でした。
 勝間氏は経済評論家として、最近では多くのメディアで著作や執筆、出演などがありますので名前を聞いたことがある方も多いと思います。
 それだけに、極めて数多くの講演や取材の依頼が寄せられるのですが、同氏はその依頼のうち、他の誰かで替わりがきく仕事(「汎用的な人材」として依頼される仕事)であれば断ることとしており、その割合は実に8~9割にもなるそうです。
 その代わり、残りの1割の自分の専門分野に関する仕事や、企画段階から関わって直接対象者にメッセージを伝えられる仕事(「市場価値の高い人材」として依頼される仕事)については、引き受けたうえで、なおかつ一定以上のアウトプットを生み出すことに全力を注ぎます。
 すると、当然ながらそれが高い評価を得ることにより、自分の力を発揮できる次の1割の仕事がもたらされ、自らの市場価値もさらに高まる、という好循環が生まれるというのです。

■観光地も「断る力」が必要

 このエピソードを読んで、観光地域づくりもある意味で似ていると感じました。
 一般的に、観光地がどれだけ成功しているかを判断する際には、どれだけの観光客が地域に来訪しているかを表す「入り込み客数」を指標とすることが多いと思います。それだけに、目標として量的拡大が先行し、「とにかく観光客に来て欲しい」といった考えとなりがちです。
 しかしながら、観光に対して求められる内容がきわめて多様化している今日では、上記のような考えでは、結果的にどの客層に対しても十分なサービスや満足感が提供できないといったことになりかねません。
 そのため、まずは自分たちの観光地が持つ地域特性と目指したい方向性を明確にした上で、そこにマッチするニーズを持った客層に来てもらえるような仕組みをつくる(それ以外はある意味で「断る」)ことが必要になるのではないかと思います。

■「断る」方法の一例:観光客を受け入れるに当たっての「ルール」

 観光客を「断る」ための手法の一つが、観光客を受け入れるにあたって、「ルール」を設ける事です。
 ある観光体験をするためにルールに従わないといけないとなった場合、そのことによって楽しみや利便性が低下することがあり得ます。
 その段階で、「せっかく観光を楽しみにいくのに、それが損なわれてしまうのだったらやめておこう」という判断をする客層もいるでしょう。ただ、逆に「それでもその体験をしてみたい」という客層も一定数はいるはずです。
 このような、「ルール」という一種のハードルを設けることによって、来訪する観光客が絞り込まれ、楽しみや利便性がいくらか低下したとしても、結果的に体験の密度は高くなり、観光の質の向上にも繋がることになるのです。
 その一例として、滋賀県高島市の針江地区の取り組みがあげられます。
 針江地区のある一帯は琵琶湖のほとりにあり、湧水が豊かな地域です。針江地区ではその豊かな湧水を民家に引きこんで家事に利用する「カバタ(川端)」という昔ながらの生活文化を有しています。
 数年前、このカバタをはじめとする里山の自然と人の生活が融合した姿がテレビ番組で紹介されたことがきっかけで、多くの共感を呼び地域外からの観光客が増加したのですが、同時に一部では民家への無断立ちいりや、のぞき込みといった問題も発生するようになりました。
 そのような事態に対応するため、住民の有志の方々によって有料のガイドツアーが開始され、それに参加することによってのみ家庭のカバタを見学できる、という一種のルールが設けられました。
 このことによって、料金を払ってツアーに参加してでも、カバタを利用した本当の地域の姿を見てみたいというニーズを持った客層が絞り込まれ、結果的には質の高い体験がもたらされているのです。
 (参考:針江生水の郷委員会ホームページ http://www.geocities.jp/syouzu2007/

■まずは来てくれた観光客の満足度向上に全力を注ぐべき

 このように、「断る力」を持つことによるメリットは大きいと思われますが、冒頭のエピソードに照らせば、重要なのは絞り込んで引き受けた1割の仕事(ルールを設けても来訪してくれる観光客)を満足させることに全力を注ぐ、という事だと思います。
 このことにより、受け入れる側も特定のニーズを持った客層に対して、それに応じた十分なおもてなしやサービスを提供できます。
 また、観光客にとっても質の高い体験がもたらされ、結果として高い満足度につながることが期待でき、ひいてはもう一度来てみたという観光客のリピート意向に繋がるのではないでしょうか。

カバタ(川端)
カバタ(川端)
ガイドツアー
ガイドツアーの様子(提供:針江生水の郷委員会)
注意
配付されるガイドマップに記載された「ルール」

 

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