「交流や生活文化体験」を求める観光客のための宿泊施設[コラムvol.277]

 急増する訪日外国人観光客を受け入れるための宿泊施設不足の解消等をねらい、大阪府や東京都大田区といった「国家戦略特別区域」にて、一定条件のもとでの旅館業法の適用除外を認め、いわゆる「民泊(個人宅宿泊)」開始に向けた取り組みが進められています。同じく「国家戦略特別区域」として、兵庫県篠山市や養父市(やぶし)では、町屋などの伝統的な歴史的建築物について、建築基準法や旅館業法等の基準を緩和し、宿泊施設としての活用を促進しています。(表-1)。

 また、「インターネットを通じて宿泊者を募集する一般住宅等を活用した民泊サービス」も話題になっています。世界的な広がりを見せる「個人宅宿泊」については、「観光立国実現に向けたアクション・プログラム2015(観光立国推進閣僚会議、2015.6)」の中で「新たなビジネス形態であることから、まずは、関係省庁において実態の把握等検討を行う」等と位置づけられ、検討が進められています。

 こうした新しい動きがある中で、従来からの「民宿」について、あらためて考えてみました。

「交流や生活文化体験」を求める観光客のための「民宿」

 これまで観光振興の文脈の中で取り上げられてきた「民泊」は、地域の活性化に取り組んできた農山村・漁村における「農家(漁家を含みますが、以下農家とします)に宿泊して、地域の生活や農漁業の体験、地元の方々との交流等を楽しむための宿泊(農家民泊)」を指すことがほとんどでした。戦前から、農山村ではスキー客等に、海浜部では海水浴客に、大型の農家や漁家の一部を提供する「個人宅宿泊」がありましたが、後に旅館業法の簡易宿所(「民宿」は旅館業法では「簡易宿所」に分類されます)として一定の基準が設けられるようになりました。また、平成になり、「農林漁業体験民宿業者の登録制度(平成9年)」がスタートし、さらに農林漁業体験民宿の簡易宿所営業や食品衛生法の基準の一部緩和(平成15年)等の法的な整備がなされ、現在に至っています。

 こうした「農家民宿」の場合では、観光振興に取り組む農家、地域行政、そして国等が、安全面や衛生面、経営面や施設面での制度や手法を整え、「田舎での滞在、家庭的なサービスを提供する宿泊施設(農家民宿)」へと発展させてきたと言えるでしょう。

 都市部でも、町屋や従来からある簡易宿所を活用した、日本での生活体験ができる宿泊施設があります。  (参考:https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-accommodation-renovation-takahashi/)。

 前述の「兵庫県篠山市や養父市では、町屋などの伝統的な歴史的建築物の宿泊施設活用」は、地方都市の生活や文化を滞在しながら楽しむための宿泊施設(簡易宿所)としての営業であり同様の流れと捉えることができます。

アジア各国の民宿(ホームスティ・ホテル)

 「民宿」について、海外の例にも触れてみたいと思います。筆者は、2007年にハワイ大学の「Executive Development Institute for Tourism (EDIT)」に参加し、台湾、韓国、マレーシアの観光研究者や観光局職員と、各国の「ホームスティ・ホテル」についてレポートをまとめたことがあります。

 各国とも共通していたのは地方の農山村地域の振興を目的とし、田舎での滞在、家庭的なサービスや体験を提供する宿泊施設を、一つのブランドとして位置づけていたことです。ホテルとは異なる、また個人宅宿泊とも異なる独自の宿泊カテゴリーとして、自立化・ブランド化し、インバウンドや富裕層に向けたプロモーション展開を図っていました。さらに、各国政府は宿泊施設としてのハード面での充実とともに、施設を運営するためのノウハウ、特に経営・財務面での技術習得支援を行っていました。 (参考:https://www.jtb.or.jp/researchers/column/column-asian-homestay-hotel-nakano/)

わが国の「民宿」は、外国人向け宿泊施設のブランドになる

 当財団が日本政策投資銀行と共同で実施した「DBJ・JTBF アジア8地域・訪日外国人旅行者の意向調査(平成27年版)」では、「地方観光地へ「ぜひ旅行したい」「機会があれば旅行したい」を合わせた比率は約9割」「地方でしたいことでは温泉、自然観光地、歴史的な建造物・遺跡や街並みが人気のほか、郷土料理やその土地で採れた魚介や肉、野菜や果物などの「食」への関心も高い」ことが示されています。こうした流れのなかで、地方の魅力的な宿泊施設の存在はますます重要になります。  (参考:https://www.jtb.or.jp/research/data-asia8-survey/)

 全国に簡易宿所は2万5,560施設あります。これらは、小規模で家族経営、農業や漁業等との兼業、季節によって宿泊客数の変動が多い等、安定的な経営が難しく、新たな設備投資もままならないのが実態です。しかし、持ち味を生かし、かつ経営スキルを高め、「交流や生活文化体験を求める観光客のための宿泊施設」として、その地域にしかできないビジネスを創出するチャンスはあるはずです。また、「民宿」は、インターネットを通じた情報発信もままならない場合が多くあります。「旅行会社」や「インターネットを通じた宿泊者を募集するサービス業者」は、「味のある民宿」を全国から集め、海外・国内に、『ひと味違う旅』として発信することで、観光立国、観光振興による地域の活性化に寄与することができるのではないでしょうか。

  表-1 国家戦略特別区域内における宿泊業に関する取組概要(2015年11月現在)

資料:旅行年報2015をもとに筆者作成

資料:旅行年報2015をもとに筆者作成

写真 農山村地域の宿泊魅力(農家民宿)

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訪日外国人の地方来訪意向は高い。農山村地域にとっても、魅力的な宿泊施設の存在は今後ますます重要になる (2011,兵庫県養父市)

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農家民宿の「食」の実力/地物づくしメニューの創作(2011,兵庫県養父市奥米地・氷ノ山・ハチ高原の女将の共同創作御前)