2022年9月下旬から10月上旬にかけて、視察でデンマークを訪れる機会がありました。サステナブル面で世界トップクラスの評価を得ているデンマークですが、人魚姫の像、チボリ公園といった有名観光スポット以外は、あまり知られていないのではないでしょうか。しかし、日本人の中には確実にデンマークファンがいますし、一度訪れて大好きになったというコアなファンも少なくありません(既に私もそうです)。
本コラムでは、「Visit Denmark」と「Destination Bornholm」という2つのDMOへのヒアリングをもとに、デンマークの魅力とは何か、また、サステナブルな社会におけるDMOの役割について考えたいと思います。
1.デンマークというサステナブルな社会
まず、デンマーク、そして今回訪れたボーンホルム島について、簡単に紹介します。
デンマークは、人口583万人(首都のコペンハーゲンは65万人)、面積は北海道の半分程度の国です。観光面では、2019年の外国人宿泊観光客は全宿泊客の52% (2890万泊)、内訳は、ドイツ51%、北欧諸国14%など、環境意識の高い国からの訪問者が多くを占めます。
ボーンホルム島は、バルト海に浮かぶ人口は4万人程度、面積は淡路島と同程度です(スウェーデンの方が近いのですが、歴史的にもデンマーク領です)。コペンハーゲンからはフェリーで4時間、空路では40分の位置にあります。漁業を主産業とする島でしたが、1850年代から観光地として人々が訪れるようになり、現在は観光産業が島の第2位の産業となっています(観光業は587億円の売上、フルタイム雇用者3000人)。観光客数は年間66万人以上、180万泊(2021年)で、内訳はデンマークからが50%、ドイツからが30%です。
サステナブル面では、デンマークは、国連の研究組織「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)」が発表するSDGs達成度で、2020年1位、2021年3位、2022年2位とトップレベルの評価を得ています。ボーンホルム島は、グリーンエネルギーの導入や2025 年までにカーボンニュートラル、2035 年までにゼロエミッションの目標を掲げた取組みが、EUで最もサステナブルな島(「EUレスポンシブル・アイランド・アワード2020 1位」)として評価されています。
実際に訪れ、宿泊したコペンハーゲンやボーンホルム島では、特別なサステナブルな取組みをしているとか、サステナブルな観光を宣伝している訳ではないのですが、滞在中に使い捨てのプラスチックを使う機会がほぼなかったり、多くの観光客が自転車での観光を楽しんでいたり、環境にやさしい滞在を、ごく普通に楽しむ様子がうかがえました。
2.サステナブルな国のDMOの役割
サステナブル面で世界トップクラスの評価を得ているデンマークですが、国・地域のDMOである、Visit DenmarkとDestination Bornholmの役割はどのようなものなのでしょうか。
下図は両DMOの掲げる目標を示したもので、双方ともに「環境にやさしい観光地」が挙げられています。DMOとしての環境にやさしい観光地とは、国や自治体が担うCO2削減に向けたインフラ整備やエネルギー対策と連携し、域内産業への普及や教育、環境にやさしい観光体験の創出です。
しかし、それと同時にVisit Denmarkでは「経済成長」「社会的影響力」を、Destination Bornholmでは「通年雇用」や「通年営業店舗」の拡大を挙げている点に注目する必要があります。
図 「Visit Denmark」と「Destination Bornholm」の役割
地域サイズのDMOであるDestination Bornholmの取組みはより具体的です。通年雇用、通年オープンができる観光地づくりに向けて、「観光客が集中する夏季のキャンペーンなどは行わない」「春、秋、そして冬のマーケティング・キャンペーンに焦点を当てる」としています。さらに、「春、秋、冬のマーケティング・キャンペーン」については、地元企業の直接収益になることを重視して、「アート」「クラフト」「フード」「ドリンク」といった地元産品・地元製品のフェスティバルやキャンペーンを実施しています。また、Destination Bornholm には事業開発担当者がおり、こうしたフェスティバル等に合わせた地元企業の商品開発、魅力強化の支援も行っています。
私たちが訪れた時期には「クラフトウィーク」が開催されており、ウィークディでも家族連れや教育旅行の団体で飲食店や体験工房・ショップは賑わいを見せていました。(JTBF撮影)
3.サステナブルな国の観光ブランディング
デンマークは国際エコラベル「グリーンキー」発祥の地であり、観光産業の認証取得にも積極的です。一方で、「サステナティナビリティは、訪れる理由ではない。しかし、再び訪れる理由として重要である(Visit Denmark)」とも述べています。つまり、集客ではなく、訪れた観光客の期待・満足度を高め、リピーターを獲得するために取組むものとしているのです。
これはブランディングにも表れています。デンマークは「THE LAND OF EVERYDAY WONDER」、ボーンホルム島は「NEW Born holm」として、訪れる人のサステナブルな期待に応えながら、幸せな、楽しい観光ができることを謳っています。
幸せな、楽しい観光の中身としては、特別な施設やアクティビティを開発するのではなく、まちや自然を自転車やハイキングで楽しむ、地元産品による料理、工芸家のクラフトショップでの買い物や体験を楽しむといった、地域が本来有している自然や文化を、サステナブルに楽しむ観光を推進しています。
ボーンホルム島の体験
(左:歴史的な遺跡の周辺がサイクリングやハイキングのコースとなっている。右:地元アーティストの工房兼ショップ 双方ともJTBF撮影)
Visit Denmarkでは、デンマークの魅力について次のように語っていました。
「サステナブルであるために、楽しい時間を過ごすことを、あきらめる必要はありません。サステナブルとは、私たちが喜びを感じることができるものであり、デンマークでは、地球を犠牲にすることなく、毎日楽しい時間を過ごしているのです」
デンマーク、あるいはホーンホルム島は、際立った観光資源や観光施設に恵まれた国・地域ではありません。また、それを開発しようとしている訳でもありません。前述のように、そこに暮らす人々のサステナブルで幸せな日々の暮らしや営みが、観光客を惹きつけ、再び訪れたいと思わせる、真の魅力であるとしているのです。
デンマーク、ホーンホルム島のDMOは、こうしたサステナブルな(幸せな)生活そのものをブランディングし、さらに、こうしたブランディングによって、地域の農業、漁業、伝統工芸、アートなどの産業にとっても、サステナブルであることの意義や直接の売り上げにつながるものとし、同時に総量ではなく閑散期の底上げを強く意識したマーケティングによって、地域産業の安定経営につなげています。
つまり、環境にやさしいサステナブルな生活と、地域経済・地域社会に貢献するサステナブルな観光が両面となっているのです。
4.サステナブルな社会は目の前に
ポストコロナ社会において、サステナブルな観光を求める観光客は拡大するものと考えられます。世界的にもサステナブルな社会、観光を求める層の拡大が見られます。我が国でも、特に学校教育において環境教育を経験している若年層のサステナブル意識は高いと言われています。
こうした社会的な変化は、我が国の、特に地方の観光振興にとって大きな変化になるのではないでしょうか。農村・漁村、中小都市では、継承してきた伝統的な建物や生活習慣、地産地消の取組みが、既にサステナブルであるといったことをよく耳にします。実際、そうした伝統的な、サステナブルな社会・コミュニティがベースになり、古民家を活用した宿泊施設や地産地消の飲食店を介し、農村や漁村、自然の中での伝統的なライフスタイルを過ごすことを「売り」にした地方での観光が、少しずつ注目を集め、拡大しているように思います。
これまで観光地ではなかった地域が、観光によって活性化するのは様々な困難が伴います。しかし、サステナブルを求める観光客層に対して、サステナブルなライフスタイルと地域の特有の魅力を掛け合わせたブランディング(メッセージ)を、適切に届けることができたなら、そして、環境にやさしく、幸せな時間を過ごすための装置としての観光産業が生み出され、持続できる(安定して、通年で運営できる)環境を整えることができたなら、地方創生にも新しい光が見えてくるように思います。
これからの日本のDMOにも、「地域のサステナブルな生活を観光客も楽しむ環境づくり(産業づくり)」×「サステナブルなライフスタイル、滞在の楽しみ方を活かしたブランディング」×「地域産業の安定化・強化につながるマーケティング」といった役割が必要になるのではないでしょうか。