「歴史の語り直し」と観光地の魅力 [コラムvol.409]

2019.11.18

観光地域研究部 研究員 磯貝友希

 初めてコラムを投稿いたします。観光地域研究部 磯貝です。
 学生時代は日本の古典文学を専攻し、「どのように物語が語り継がれていくのか」を研究しました。現在は「歴史や物語が『観光』と結びついて語り直される」事象に関心を持っております。
 今回は「歴史の語り直し」をテーマに、休暇で訪れたウズベキスタンでの体験を振り返ってみたいと思います。

ヒヴァ:イチャン・カラ(内城)の街並み

アムール・ティムールの謎

 ウズベキスタンはシルクロードの中継点として栄えた中央アジアの国です。19世紀にロシア帝国の統治下となった後、ソヴィエト連邦の時代を経て1991年に独立し、現在の姿になりました。

 世界遺産を擁するヒヴァ、ブハラ、サマルカンド等が観光地としてよく知られています。筆者はそれらと首都のタシケントを訪問しました。ヒヴァの真っ青なミナレット(イスラーム寺院に付属する塔)と日干し煉瓦の街並み、ブハラのハウズ(貯水池)を見下ろすメドレセ(神学校)、サマルカンドの豪奢な廟。歴史文化遺産の数々に圧倒されました。

 さて、周遊するうち、「アムール・ティムール」という人物の名をよく見かけることに気づきました。多くの土地や建築物にその名が付けられ、タシケントとサマルカンドには大きな銅像が立っています(筆者は訪れませんでしたが、シャフリサブスというサマルカンドの南方にある街にも同様の像があります)。博物館や遺跡では、ティムールを称える解説文を何度も目にしました。

 チャガタイ人(テュルク・イスラーム化したモンゴル系民族)としてシャフリサブス近郊に生まれたティムールは、14世紀に中央アジア全域とその周辺に及ぶ一大帝国を築いた人物として知られています。ティムールは周辺国を次々と攻略しただけでなく、チンギス・ハーンによって13世紀に破壊されたサマルカンドを建て直し、首都として繁栄させ、文化・芸術の振興にも力を尽くしました。しかし、その没後、ティムール朝は内紛によって衰退していきます。不安定になったこの地を16世紀に征服したのは、ウズベク人でした(※1)。「かつてウズベク人に倒された政権の祖」が、現代のウズベク人にこんなにも崇敬されているのは、なぜでしょうか。

タシケント:アムール・ティムールの騎馬像

サマルカンド:アムール・ティムールの座像

※1:ただし、ティムール朝を倒した遊牧民系のウズベク人と現代のウズベク人は同一ではないということ(堀川徹「ウズベクはどこから来たか」帯谷知可編著『ウズベキスタンを知るための60章』明石書店、2018)、ソ連時代には既に現代ウズベク文化のルーツはティムール朝にあると考えられていたこと(帯谷知可「歴史的英雄を語り、描く」同『ウズベキスタンを知るための60章』)が指摘されている。

復活した英雄

 帯谷知可氏(※2)は、ティムールへの崇敬が生じたのはウズベキスタン独立後であることを指摘しています。ソ連史学において、ティムールには「征服行為に明け暮れた残忍な専制君主」というネガティブな評価が下されていました。しかし独立後、「上からのナショナリズム」によってロシア帝政・ソ連時代が「植民地の時代」として断罪されるようになり、「国家の正統性」が「遠い過去」に求められました。その時、現代のウズベキスタンの地に生まれ育ったこと、軍事的・文化的に多大な功績があったことから、ティムールの治世が再評価され、「復活した英雄」となったのです(※3) 。このように、国家のアイデンティティの拠り所として歴史が語り直されたことにより、ティムールが崇敬されるようになったのだと考えられます。

サマルカンド:ティムールとその家族が眠るグーリ・アミール廟

※2、3:帯谷知可(前掲)

ウズベクの誇りと魅力

 ウズベキスタン政府は歴史文化遺産を誘客に活用し、その保全にも力を入れています(※4)。旅行中に目にした歴史地区では盛んに修復が行われ、遺跡は綺麗に整備されていました。そうしたハード面もさることながら、より心に残ったのは、現地の人々が自国の歴史文化に抱く愛情でした。「メドレセの壁と全く同じ模様なんだ」と得意げに自作の彫刻を掲げてみせる職人や、道案内をしながら「この古い街は美しいか?」と聞いてくる地元の方々。「すばらしい」「美しい」と心から賛美すると、皆ぱっと顔を輝かせ、握手を求めてきました。

 最も印象深いのは、旅の終わりが近づいた頃、サマルカンドで声をかけてきた日本語学校の生徒です。日本人と会話する練習をするためにボランティアでガイドをしているという彼は、ウズベキスタンの歴史について熱心に語ってくれました。「アムール・ティムール様によって、この地の文化や芸術は大きく発展しました。ティムール様は、我々ウズベキスタン人にとって、最も偉大な人物なのです」。

 自国の歴史文化を誇りに思い、愛おしそうに語る彼らの笑顔が眩しくて、益々この国に魅了されました。

サマルカンド:「同じ模様だろう?」と掲げてみせてくれた

※4:宮崎千穂、エルムロドフ・エルドルジョン「ウズベキスタン共和国における観光戦略大統領交代による改革の促進とその歴史的背景(1991-2019)」(『日本国際観光学会論文集』26、2019)

終わりに

 独立後はソ連統治下に比して、観光に力が入れられています(※5)。日本でも徐々に旅行先として浸透しはじめました。ウズベキスタンに焦点を絞った日本語の旅行ガイドブックは、萩野矢慶記『ウズベキスタン・ガイド: シルクロードの青いきらめき』(彩流社、2016)、地球の歩き方編集室『地球の歩き方 Plat ウズベキスタン』(ダイヤモンド・ビッグ社、2019)、矢巻美穂『はじめて旅するウズベキスタン』(辰巳出版、2019)の3冊が既に刊行されています。また、2018年2月には日本人の観光査証が免除され、渡航しやすくなりました。

 今後、ウズベキスタン旅行はより身近になっていくと思われます。皆さんも、自国の歴史文化を愛する魅力的な人々と出会いに、ウズベキスタンを訪れてみてはいかがでしょうか。

※5:宮崎千穂、エルムロドフ・エルドルジョン(前掲)

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