訪日インバウンド市場の再開に向けて ―コロナ禍でも高い訪日意向を維持するために今発地でできることとは―[Vol.431]

2020.10.12

観光経済研究部 地域活性化室 主任研究員 柿島あかね

 2020年に入り、私たちの生活は新型コロナウイルスの世界的流行により一変しました。半年以上の時間をかけ、私たちは新型コロナウイルス以前には戻れないこと、新型コロナウイルスとともに別の道を歩んでいく必要があることを理解しながら日常生活を送るようになりました。しかし、海外旅行は、世界的にもごく一部での実施に限られ、訪日インバウンド市場は再開の目途が立たない状況です。現状、受け入れ側の地域や事業者ができる取組は限定的かもしれませんが、訪日インバウンド市場が再開されるその日に向けて、外国人旅行者が生活する発地でできる取組について考えてみたいと思います。

※本コラムは2020年10月7日時点の情報をもとに執筆しています。

外国人旅行者にとって今年中の海外旅行の実施の可能性は低い

 当財団では、新型コロナウイルスが外国人旅行者の海外旅行及び訪日旅行の意向に与えた影響を調査するため、株式会社日本政策投資銀行と共同でDBJ・JTBF アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査 (2020年度 新型コロナ影響度 特別調査)(※1)を実施しました。

 調査の結果から、今後半年以内(調査時点の6月から半年後の12月まで=今年中)にしたいレジャーは、大きなカテゴリーでは、日常生活圏内のレジャー(外食、ショッピングモールでの買い物、屋外での運動等)、国内旅行、海外旅行の順となっています(図表1)。現状では、航空便の減便、訪問国や自国への入国時に14日間の自主隔離等があり、海外旅行は現実的なレジャーの選択肢ではないのかもしれません。同時に、訪日インバウンド市場の回復の見通しが立たない状況とも言えるでしょう。

図表1:今後6ヶ月の間に実施するであろうレジャー全般
[出典:DBJ・JTBF アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査 (2020年度 新型コロナ影響度 特別調査)]

コロナ禍において強い感染不安の一方で高い訪日意向

 しかし、新型コロナウイルスによって外国人旅行者の海外旅行の実施意向が低下しているわけではありません。新型コロナウイルス終息後の海外旅行の実施意向は82%(※2)(調査対象国・地域全体)と高くなっています。

 さらに、新型コロナウイルス終息後に観光旅行したい国・地域では日本が1位(46%)となりました。調査対象国12ヵ国・地域のうち、特に訪日意向が強いのが、香港(76%)、台湾(75%)、タイ(69%)、中国(65%)等のアジアの国・地域です(図表2)。

 一方、今回の調査ではアジア(特に東アジア)の国・地域では、欧米豪各国と比較して新型コロナウイルス感染への不安感が強く、新型コロナウイルスが終息しないうちは海外旅行の実施に慎重な姿勢も確認されました。例えば台湾の場合、過去のSARSの経験等から迅速な対応が功を奏し、新型コロナウイルスの封じ込めに成功しました。現在「ほぼ無菌」状態の台湾から見れば、1日に100名以上の新規感染者を出し続けている日本へ旅行することは、感染不安があると捉えられてもおかしくありません。

 以上から、訪日インバウンド市場の大きなシェアを占めるアジアの旅行者は、日本への強い訪問意向を持つものの、新型コロナウイルスの感染不安が払拭されない限り、訪日旅行が実現されない層であるとも言えます。インバウンド市場の回復時期が不透明な状況下では、安心して日本での旅行を楽しむことができるその日まで、この高い訪日意向をいかに維持していくかが重要となります。

図表2:新型コロナの流行終息後に日本を観光旅行したい割合(国・地域別)
[出典:DBJ・JTBF アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査 (2020年度 新型コロナ影響度 特別調査)]

海外で販売されている「日本を体験できる」商品

 では、発地における訪日意向を維持する取組とは一体どのようなものがあるのでしょうか?

 訪日インバウンド市場ではシェアもリピーターも多い「成熟市場」である香港や台湾を中心に、現地では「日本に行きたい!でも感染が怖いからやめておこう」という外国人旅行者のニーズを捉えた商品やサービスが展開されています。

 例えば、香港の旅行会社では、高付加価値・高単価の訪日パッケージツアーに力を入れてきましたが、コロナ禍においてはこうした商品造成もできません。そこで、香港でブランド力を持つ日本の農林水産品等の販売に力を入れています。例えば、訪日パッケージツアーを多数販売するEGL Toursでは、2020年5月にインターネット通販サイトEGL Market(※3)をオープンしました。サイトでは、長野県、岡山県、山梨県のぶどう、豊洲市場直送の海産物、熊本県や宮崎県のA5ランクの黒毛和牛、日本各地の日本酒等が販売されています(※4) 。また、同じく香港の旅行会社の縦横遊WWPKGでも、JAと連携し日本の農産品を販売しています(※5)。サイト内では「熊本豊水梨」や「和歌山刀根柿」等、都道府県レベルの地名が明記され、生産者の情報や、産地を訪問する旅行商品も紹介されています。こちらの事例の注目すべき点は、農産品の販売に留まることなく、日本国内の地名の認知、訪日旅行意欲の喚起につなげる工夫がされている点です(図表3)。

図表3:香港の旅行会社(縦横遊WWPKG)で販売される日本の農産品
[出典:縦横遊WWPKGホームページ

 台北のホテル台北晶華酒店(リージェント台北)では、日本(東京)を体験できる2泊3日のプラン「晶華食藝銀行 東京美食兩天一夜之旅」(図表4・YouTube「【晶華食藝銀行.東京美食之旅】身歷其境、感受東京豐富的食、藝、文美學」参照)を8月から販売しました(※6)。チェックイン時の和菓子の提供に始まり、滞在中は茶道や浴衣等の日本文化の体験、築地市場のセリ体験、日本から直送された食材で作られた夕食が提供されます。ホテルの商品紹介の動画では「海外旅行が困難な時期に、東京にいるような都会の休日をお楽しみください」と紹介されており、まさに「日本には行きたいけれど行けない」ニーズを捉えた商品が販売されています。

図表4:台北のホテル(台北晶華酒店)の日本体験商品「晶華食藝銀行 東京美食兩天一夜之旅」
[出典: 台北晶華酒店ホームページ

発地での訪日需要の維持・喚起するために今できること

 訪日需要の維持・喚起を目的とした発地でのプロモーションは、新聞、雑誌、インターネット記事等への情報掲載や、広告、パンフレットの配布等があります。これらは有効な手段である一方、訪日インバウンド市場がいつ再開するか不透明な状況においては、継続的な実施が難しくなります。しかし、香港の旅行会社の事例から、農産品等の食材という発地の日常生活に溶け込んだコンテンツを活用することによって、訪日インバウンド市場が再開するまでのプロモーションだけでなく、訪日市場再開前後の消費も期待できます。

 また、台北のホテルの事例では日本文化体験プログラムが提供されています。訪日成熟市場ともいえる台湾では、日本のローカルな体験にも需要があります。新型コロナウイルス流行以降、急増したオンラインツアー等を活用することにより、地域の今や感染対策を伝えることができ、感染不安を払拭する手段にもなるのではないでしょうか。

 現在は、外国人旅行者を受け入れる地方自治体にとって訪日プロモーションに積極的に取り組むことが難しい状況です。しかし、発地側では「日本を体験したい」という需要は確実に存在しており、香港の旅行会社や台湾のホテルのように、現地でこうした需要に応える現地企業に対して、地方自治体が適切なコンテンツを提案し連携することができれば、コロナ収束後の訪日需要の維持・喚起につながるのではないでしょうか。

  • ※1:株式会社日本政策投資銀行と公益財団法人日本交通公社が、アジア・欧米豪12地域(アジアは韓国、中国、台湾、香港、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシア、アメリカ、オーストラリア、イギリス、フランス)の旅行嗜好の変化や訪日経験の有無によるニーズの違いを把握することを目的に年に一度実施している調査。今回の調査では、世界的に感染拡大が見られる新型コロナウイルス感染症が外国人旅行者の海外旅行及び訪日旅行の意向に与えた影響を調査すべく、アジア・欧米豪12地域の海外旅行経験者6,266人を対象とした緊急アンケート調査を2020年6月2日~6月12日に実施した。
  • ※2:新型コロナウイルスの流行が終息し、平常状態に戻ったとき、また海外観光旅行をしたいと「思う」「どちらかといえば思う」と回答した人の合計。
  • ※3:https://www.eglmarket.com/
  • ※4:10月7日現在
  • ※5:https://www.wwpkg.com.hk/theme/Fruit/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%94%AC%E6%9E%9C_%E9%A6%96%E9%A0%81_%E4%B8%BB%E9%A0%81
  • ※6:https://member.silkshotelgroup.com/RT/Package/Details/2020Tokyo