クロアチアの「eVisitor」システム ―宿泊者名簿のデジタル化とその活用―[Vol.434]

 デジタル庁の創設が話題となっていますが、コロナ禍を経て今後はあらゆる領域でのデジタル化と、それに伴うデータの活用がますます進むものと予想されます。今回は観光領域におけるデジタル化の先進事例として、クロアチアの「eVisitor」システムを紹介したいと思います。当財団では「観光統計の質的向上と利活用に関する研究」に取り組んでおり、筆者らは2018年にクロアチアを訪れ、eVisitorを管理している政府観光局への取材を行っています。

宿泊者情報管理システム「eVisitor」

 eVisitorは、クロアチア国内の全ての宿泊施設からWeb経由で宿泊者名簿を取得するシステムです。クロアチアには大小含めて約20万の宿泊施設が存在しますが、ほぼ全ての施設がこのシステムを通じて宿泊者名簿を提供しています。大規模施設からは、各施設の情報管理システムからデータが自動送信されます。情報管理システムを持たない小規模施設でも、ブラウザ画面(PC、タブレット、スマートフォン)からデータを入力することができます。システムはクロアチア政府観光局が管理しており、地域の観光局や統計局、その他行政機関もそれぞれの権限に応じてアクセスすることが可能です。

 システムの主な目的は滞在税(Sojourn Tax)の課税です。滞在税は、国内全ての宿泊施設が対象で、宿泊者数やベッド数に応じて課税されます。課税額はシステムに送信された宿泊者数情報に基づいて算出され、システムを通じて課税額の通知と納付書の発行が行われます。集められた滞在税の一部は宿泊客数に応じて各地域の観光局に分配され、観光振興策等に活用されます。

幅広いデータの活用

 このほかeVisitorの活用範囲は広く、政府観光局や地域の観光局におけるマーケティング、統計局での統計資料、警察でのテロ対策など、様々な目的で使用されています。ほぼ全数のデータであるため情報の精度が高く、例えば「ドゥブロブニクからザグレブへ移動し、4つ星以上のホテルに宿泊した若年層の過去5日間における人数」などといった詳細な分析も可能です。またリアルタイムに近い速さでデータを収集できるため、旅行者の動向を即座に把握して対策を打つことができます。筆者らが政府観光局を訪問した際、最新の宿泊者数推移のグラフを見せてもらいましたが、我々が前日に宿泊した情報も既にカウントされているとのことでした。

eVisitorシステム

(CROATIAN NATIONAL TOURIST BOARD からの情報に基づき筆者作成)

電子化による大幅な負担減

 eVisitorシステムは2016年に利用が開始され、2~3年ほどかけてほぼ全ての宿泊施設への導入が進みました。クロアチア国内の宿泊施設のうち約半数が貸別荘や民泊に近い形態であるため、個人オーナーが多く、その中にはデジタルツールには強くない高齢者も含まれていました。それでも急速に導入が進んだ背景には、非常に煩雑であった従来の手続きが改善された点が挙げられます。eVisitorシステム導入以前は、様々な申告手続きの多くが紙ベースで行われていました。滞在税の申告については宿泊者カード、統計調査については統計局の調査票、警察に対しては専用の書類提出が必要となるなどです。これらが全てeVisitorシステムに統一されたことで、宿泊施設はもちろん、関連する行政機関等でも負担が大きく減ることにつながりました。

 加えて、システムの普及に寄与したのが充実したサポート体制です。宿泊事業者からの問い合わせには、まず約300カ所にある地区レベルの観光局オフィスが対応します。それでも解決しない問題については中央のヘルプデスクが対応し、更に高次の問題については政府観光局が対応するという体制が構築されていました。

日本での導入は可能か

 国内の全宿泊施設における全宿泊者名簿を収集するeVisitorは、かなり大掛かりな仕組みであると感じます。それでもうまく機能している理由が、税の徴収とリンクしている点です。クロアチアでは滞在税法により宿泊者名簿の提供が義務づけられており、違反した場合の罰則も存在します。日本の場合、宿泊税が地方税である点や、宿泊者名簿の提供が法的に義務付けられていない点がクロアチアとは異なるため、同じ仕組みをそのまま導入することは困難です。

 それでも、日本ではほとんどの宿泊施設で正確な宿泊者名簿が保存されています。また今後、チェックイン時の非対面・非接触型サービスが普及する可能性が高く、名簿の電子化はより加速するものと思われます。eVisitorのようなシステムを導入する素地はあると言えるでしょう。

 また今回のGo To トラベルキャンペーンのような施策においても、宿泊施設と行政機関がオンラインでダイレクトにつながることで、事業内容の周知や申請手続き、感染発生時の対応、施策の効果検証などに活用できると思われます。

 このように、eVisitorのようなシステムの導入はデータの利活用や負担軽減につながるほか、観光施策を展開する上でのプラットフォームとして活用できる可能性もあります。今後はこうした議論も必要になるかもしれません。