今後を占うAPC分析 ー日本人の旅行はなぜ減少したかー[Vol.518]

はじめに

日本人の人口減少に伴い、国内旅行市場は、将来的に少しずつ縮小していくものと思われます。しかしそれは、例えば人口が5%減少したから旅行市場も同じように5%縮小する、という単純なものではなく、恐らくは、人口減少と異なるスピードで旅行市場の縮小が進むものと思われます。その理由のひとつが、人口構成の変化と年齢による1人あたり平均旅行回数(以下、旅行回数)の違いです。旅行回数は年齢により異なるため、例えば全体の人口に変化がなかったとしても、もし旅行回数の低い年齢の人口構成が大きくなれば、全体の旅行回数は小さくなります。また、同じ年齢(例えば20代)でも、世代(例えば1960年代生まれと2000年代生まれ)によって旅行回数は異なると考えられます。今後の国内旅行市場を考えるうえでは、これらの違いを踏まえる必要があります。

APC分析

この点を明らかにする手法に、Age-Period-Cohort(APC)分析があります。これは、旅行回数のような特徴の変化を、年齢・世代・時代の3つの側面(効果)から、別々に捉えるための分析手法です。旅行回数について考えた場合、年齢効果は加齢による旅行回数の変化、世代効果は出生年による旅行回数の違い、時代効果は年齢や世代にかかわらない全体の傾向を示しています。例えば、現在の20代と60代の旅行回数の違いを考えます。観光庁「旅行・観光消費動向調査」によると、2023年暦年において、年間の観光・レクリエーション宿泊旅行の平均回数は、20代が2.3回、60代が1.4回となっています(図1)。これをみると、現在の20代が歳を取って60代になったときに、同じように旅行回数が1.4回程度になると予想できるかもしれませんが、そうとも言い切れません。現在の60代が20代だったころは、現在の20代よりももっと旅行をしており、そこから加齢により旅行回数が減少した結果、今の1.4回になっている可能性があります。もしそうであれば、現在の20代が歳を取って60代になったときの旅行回数は、1.4回よりも低くなっているはずです。この違いは、年齢効果と世代効果の分析によって明らかにすることができます。また、年齢や世代によらず、旅行ブームの波や、大きな事件・災害などによって、日本人全体の旅行回数が変化している時期もあります。これは、時代効果によって明らかにすることができます。

年齢別 1人あたり平均旅行回数
(2023年、国内宿泊観光・レクリエーション旅行)

日本交通公社研究員コラム

図1 2023年国内宿泊観光・レクリエーション旅行の年齢別旅行回数(観光庁 旅行観光消費動向調査結果より筆者計算)

日本人旅行の時代・年齢・世代効果

少し前の研究ですが、このAPC分析を日本人の旅行に対して行った研究(山口ら(2016))を紹介したいと思います。対象は、1991年から2011年までの日本人の宿泊観光旅行回数の変化です。この間、平均旅行回数は全体として1.6回から1.2回に変化しており、減少傾向にあったことがわかります。

日本交通公社研究員コラム

図2 平均旅行回数の変化(山口ら(2016)より画像引用)

この変化について、時代・年齢・世代効果による影響を分析した結果が図3です。グラフは、プラスにあれば旅行回数が増える方向、マイナスにあれば減る方向の効果があることを示しています。

日本交通公社研究員コラム

図3 旅行回数の変化に対する時代効果・年齢効果・世代効果(山口ら(2016)より画像引用)

まず時代効果をみると、ほとんどゼロ付近で効果は小さいことがわかります。社会全体で旅行が減っていたわけではないようです。次に年齢効果をみると、20代前半をピークに40代後半までは減少したのち、60代にかけては一度横ばいかやや上昇するものの、60代後半以降は大きく減少し続けることが分かります。基本的に、若い年代が最も頻繁に旅行をするが、その後は仕事の都合やライフステージの変化によって旅行回数は落ちていきます。50代から定年を迎える60代にかけては、子育てや仕事などが少し落ち着いたことでやや旅行をするようになります。そして高齢者になると、以降は経済的な理由や、加齢による健康面での制限が増えることで旅行をしなくなるという、人生の流れが読み取れます。次に世代効果ですが、こちらは後年世代になるほど一貫して減少し続けています。昔の若者世代より、近年の若者世代のほうが、旅行をしなくなるという傾向があったようです。
以上の結果により同論文では、1991年から2011年までの日本人の旅行回数の減少は、「『年齢構成の変化(高齢化)』と『後年世代の旅行離れ』でほとんど説明できる」と結論付けています。少子高齢化が進み、かつ、たくさん旅行をするはずの若い世代が年々旅行をしなくなっていることが、大きな要因であるとみられています。

今後の国内旅行市場

今後、日本では「年齢構成の変化(高齢化)」がますます進行する見通しで、この点では、国内旅行市場における旅行回数の減少は、人口減少以上のペースで進む可能性があります。一方、2011年以降の「後年世代の旅行離れ」の傾向については、はっきりとした数字が確認できていません。さらに2020年以降は、新型コロナウイルス感染拡大の影響が、大きな時代効果として旅行回数に影響していた可能性が高く、これが現在までどのように作用しているかも、はっきりとしていません。
これらについては今後の研究が期待されます。

参考文献

1) 観光庁, 旅行・観光消費動向調査
2) 山口裕通, 奥村誠(2016):宿泊観光旅行発生パターンの基本的特徴と経年変化, 土木学会論文集D3(土木計画学)72 巻 3 号 p. 248-260