グリーン・クレームとツーリズムをめぐる動き [コラムvol.508]

「飛行機は持続可能」は誤解?

2024年4月、欧州消費者機構(BEUC)の警告を受け、欧州委員会(EC)およびEU消費者当局(CPCネットワーク)は、航空会社20社に対して、誤解を招く可能性のある環境表示の内容を特定した上で、30日以内に対応を求める書簡を送付した。
これまで航空会社によっては、気候変動プロジェクトを支援するための追加料金を支払うか、持続可能な航空燃料(SAF)を使用することで、フライトによって発生するCO2排出量を相殺できると表現してきた部分がある。しかし今回の指摘では、こうした表現は「誤った印象を与える」とされ、NGが出された形だ。また、「グリーン」、「サステナブル」、「責任ある」という言葉を、その範囲や効果を正確に説明することなく、絶対的な意味で使うこともNGとされた。
今後は、欧州委員会では航空会社からの回答を受け取った後、各社が提案した解決策について協議し、仮に必要な措置が講じられていないと判断された際には、制裁を含むさらなる強制措置を発動することとなる。

近年の欧州の動向とグリーン・クレーム

実際には環境に配慮していないにも関わらず、あたかも配慮しているように見せかけている環境保護対策やサービスは「グリーンウォッシュ」と呼ばれる。近年、欧州では、グリーンウォッシュをめぐって観光業界に対して指摘が入るケースが増えている。2023年には、オーストリア航空が100%SAFを使用したCO2ニュートラル・フライトを提供する広告を掲載したことに対して、事実と異なるとして国内の裁判所で敗訴した。
このように、欧州で日本から見ると厳しすぎるようにも思える指導が入る背景の一つには、2019年から進められている「欧州グリーン・ディール(The European Green Deal)」の存在がある。欧州グリーンディールは、「2050年までの温室効果ガス排出の実質ゼロ」、「経済成長と資源利用の切り離し」、「どの地域も取り残さず気候中立を目指すこと」を主要目標とした、気候中立を達成するための投資計画やEU独自の水素戦略、メタンの排出削減戦略など、幅広い内容から成る政策群である。欧州グリーン・ディールは、全ての政策分野において気候と環境に関する課題を機会に変えることで、EU経済を持続可能なものに転換しようとするものであり、その意味で、「環境」政策の枠に留まらない、「経済」政策の側面を多分に含んだ欧州における新たな成長戦略として捉えられる。
EUでは欧州グリーンディールに沿った政策が着実に実行されつつあり、2023年3月には欧州委員会が「グリーン・クレーム指令(Green Claims Directive)」を提示し、環境に関する主張をするためには、その事実を立証するための評価を実施することが義務化された。こうした全般の流れが観光分野にも適用され、そして今回の航空会社20社への指導にも繋がっている。

モニタリングは健康診断から次のステージへ

今後、欧州に限らず、観光分野においても、気候変動への対策とそのエビデンスの提示は“セット”として、急速に対応を求められることはあっても、逆に戻ることは考えづらい。そうした中で、これまで観光分野において用いられてきたエビデンスとしては、「持続可能な観光指標(Sustainable Tourism Indicator: STI)」がある。主に1990年代以降、多くの観光地においての開発と活用が進められ、2008年に世界持続可能観光委員会(GSTC)が世界各地での実践事例を踏まえて開発した国際基準「世界持続可能観光クライテリア(Global Sustainable Tourism Criteria)」は、UNWTO(現UN Tourism)も推奨する形で普及が進められてきた。
日本においても、2018年に全庁的な組織「持続可能な観光推進本部」を設置、2019年に報告書「持続可能な観光先進国に向けて」を取りまとめた上で、2020年、持続可能な観光地マネジメントを行うための支援ツールとして、GSTC基準に準拠した持続可能な観光指標「日本版持続可能な観光ガイドライン:JSTS-D」が開発されている。同指標は、各地方自治体や観光地域づくり法人(DMO)等が活用することを想定しており、地域での多面的な現状把握を可能にし、継続的なモニタリングと証拠資料(エビデンス)に基づいた観光政策や計画の策定、それらに基づく持続可能な観光地マネジメントの促進を目的としている。
ただ、現状においてSTIは、観光地が持続的に繁栄するための“健康診断項目”と表現されるように、持続可能な観光推進にあたって当該地域の“現在地”を確認するためのモニタリング・チェック項目に過ぎず、パフォーマンス評価になっていない、かつ“全体像”を捉えるために項目によっては多分に定性的な評価に留まっている面が見られる。

自分自身の健康診断としての活用であれば、ある程度の曖昧さは許容し得るもので、むしろ曖昧な情報から事実を推測しながら対策を打つことに一定の意味があると考えられる。ただし、JSTS-Dの役割にも掲げられている「プロモーションツール」としての活用を考える上では、現状の評価方法では恐らく現在も、そして将来の消費者には確実に通用しなくなってくるであろう。
今後は、観光地や事業者として、取組の背景・内容・成果それぞれについて、ますます積極的に情報発信していくことが求められる状況が想定される。ただ一方で、消費者に“定性的な”“自身に都合の良い”情報を伝えていないか、情報を伝える際にはグリーンウォッシュに繋がらないよう、取組によって「どれだけ」「何に」貢献しているのかを、“具体的”に示していくことが重要なポイントとなる。
手間だけが増えるようにも感じられるが、こうした取組は、消費者の保護に繋がり、また真面目に環境に対して取り組む観光地や事業者にとって、公平な競争環境の実現に繋がるものである。加えて、背景・内容・成果を具体的に示すことは、自社の取組の客観的な振り返りとなり、目標設定や取組効果の検証にも繋がる他、関係先に対する取組の正当性を示す機会や、日々取組に関わっている従業員の士気の向上や、今後は新規入職者に対するアピールにも繋がることなども期待される。
地域あるいは業界としての、中長期的な視点での対応が求められる。