サステナブルツーリズムフレームワーク [コラムvol.480]

サステナブルツーリズムが、改めて大きな注目を集めている。しかし、その概念は幅広く、さまざまな立場・視点から語られ、その全体像が見えづらくなっていないだろうか。本稿では、サステナブルツーリズムをめぐる視点を整理し、全体像を理解するためのフレームワークを提示することに試みたい。

サステナブルツーリズムの定義・系譜

まず、サステナブルツーリズムというワードの登場の経緯と公的な定義について触れる。同語は、1987年の「環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)」で提唱された持続可能な開発(サステナブルディベロップメント)の概念を背景に、2005年にUNWTOによって、あらゆる観光地タイプ・観光形式にも適用される概念として提示された。その定義は、「訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光」である。同定義の基となる考え方は、ニーズを満たすべき「主体」として、訪問客(V)、業界(I)、コミュニティ(C)、そして環境(E)といった、いわゆるVICEモデルの4要素を挙げており、影響を考慮すべき「客体」として、持続可能な開発の中で位置づけられたトリプルボトムラインに相当する、環境、社会、経済の3要素を挙げる形となっている。

国内においても、その幅広い概念ゆえに一部を取り上げた使い方をされることがままあるものの、観光庁においても同定義が採用され、広義かつ公的な定義としては一定の定着が見られる言葉といえる。

    (JTBF整理)

参加動機(マインドセット)によるフレームワーク

サステナブルツーリズムには、上述の定義はあるものの、どの主体、あるいは客体に着目するかによって三者三様の解釈、理解が存在し、またその状態を許容してきた実態もあることで、全体像としての理解が極めて難しいものとなっていた。その弊害として、サステナブルツーリズムの旗の下で地域関係者が同じ方向を向けない(視点が異なったまま)、あるいは地域にそぐわない方向が外部から勝手に示される(視点がずれている)、といったことが全国各地で起きていたと考えられる。

そこで今回は、前提としてサステナブルツーリズムを複合体として捉えた上で、それらを構成する要素に分解し、構成のパターンとして一般化することで、サステナブルツーリズム全体の輪郭を可視化してみたいと思う。この試みの全体は、観光文化254号「サステナブルツーリズム・リコンストラクション」における特集5「サステナブルツーリズムの概念の分解と再構築」を参照されたいが、本コラムではその導入として簡易なフレームワークを紹介する。

本フレームワークは、「持続させる対象」と「取組の時間軸」の2軸で構成される。まず持続させる対象、つまりどの分野のサステナビリティを追求するかについては、通常、気候変動や生物多様性など環境面が注目されることが多いが、例えばハワイ州ではサステナブルツーリズム推進の目的として、自然環境の保全だけでなく、コミュニティ参画による永続的なハワイ文化の発展やサステナブルな観光産業の実現も掲げるなど、地域によって持続性の照準は異なってくる。そこで1つ目の視点として、サステナブルツーリズムの客体としてのトリプルボトムライン、「環境」、「社会」、「経済」の3つを挙げる。

次の視点は、サステナブルツーリズムの推進が、特定の問題解決を目的としたものか、またはある程度中長期のビジョンの実現を目的としたものか、という動機によるものである。例えば、同じ欧州でも、観光客の集中に伴う社会問題化によって本格的に観光政策の中にサステナビリティ概念を導入したスペインのバルセロナは、「オーバーツーリズム(的な現象)の解消」という問題解決を目的とした政策構成となっているが、デンマークのコペンハーゲンは「ローカルフッド」という概念の具現化にあたってサステナブルツーリズムを用いている。前者を「問題解決型」、後者を「ビジョン追求型」として分類する。

    (観光文化 vol.254, ルーツモデル p32-33から一部改, Ishiguro&Nakajima, 2022)

これらの2軸を使うと、サステナブルツーリズムは上記の6象限に整理される。まず、ビジョン追求型は、比較的中長期の視野を持った「環境」分野での目的達成を追求する「エコロジーマインド」、「社会」分野における「まちづくりマインド」、「経済」分野における「グリーンマーケマインド」の3つ、そして課題解決型は、比較的短期間の視野での「環境」分野の課題解決を求める「資源保全マインド」、社会分野における「ソサイエタルマインド」、そして「経済」分野における「プロプアマインド」の3つ、の計6つのマインドセットに分類することができる。

 

例えば、タイのマヤビーチでは、新型コロナウイルス感染症の影響が出る前であるが、映画の舞台にもなった離島のビーチに1日当たり2000~4000人もの観光客が訪れるようになり、サンゴ礁を始めとした海洋生物の生息環境が急速に悪化する事態が生じた。そこで タイ政府は、自然環境の保護を目的に2018年から約3年半にも渡って観光客の立入りを禁止した。これは、短期収入より一定の資源回復を優先した、「環境」×「問題解決型」の分かりやすいケースといえる。

 

一方、同じタイの中でも、DASTAの取組は、「社会」×「ビジョン追求型」のフレームで整理すると理解がしやすいだろう。DASTAは「サステナブルツーリズム推進のための指定地域(The Designated Areas for Sustainable Tourism Administration)」と呼ばれるもので、地域アイデンティティを守り、観光収入の正当かつ平等な分配のために、コミュニティ・ベースド・ツーリズム(CBT)を取り入れており、CBTクラブを通じて地域住民が自ら観光に参加し、管理し、利益を得ることを強化している。これは、中長期の視点に立ったコミュニティ開発支援として捉え、サステナブルツーリズムにおける「まちづくりマインド」のケースとして整理されるものである。

 

これらの整理を通じて見えてくることは、サステナブルツーリズムに王道はないということである。あの地域でやっている取組を自分たちの地域でも取り入れたい、と仮に思ったとしても、やりきれないほどにサステナブルツーリズムの概念は広いものである。その中で、地域の現況と課題を踏まえて、競合値とのポジショニングを含めて、サステナブルツーリズムによってどこを目指すのか。全体像の中での優先順位付けが必要である。その意味で今回示した、「持続対象」と「動機」を基(ルーツ)にしたフレームワークは、曖昧模糊とした全体像の中で、地域がサステナブルツーリズムを推進する意義(意味・目的)を自覚し、政策の継続性や戦略性を高める上での一助になるのではないかと考えている。

参照文献

観光文化254号「サステナブルツーリズム・リコンストラクション」