全国の多くの地域が「観光振興」に取り組む中、中山間地域でも地域産業の衰退、少子高齢化、過疎化等を背景に、地域振興の柱として観光振興に取り組む地域が増えています。

 こうした中山間地域にとって有効な観光振興策とはどのようなものか、長野県木祖村の取り組みを交えながら考えてみたいと思います。

■中山間地域の観光振興

 中山間地域はかつて林業、農業、養蚕、鉱業等の一次産業によって栄えた地域もありましたが、現在ではそうした産業はふるわず、人口減少も続いています。また地域振興の起爆剤として期待されたリゾート開発(スキー場やゴルフ場開発)もバブル景気の終焉とともに下火となり、その運営が地方自治体の重い負担になっている地域もあります。


 こうした地域が活性化するためには他の地域同様「安定した雇用の場」と「生活しやすい環境づくり」が不可欠ですが、その実現のためのビジョン、例えば「産業振興によって安定した雇用の場と安定した税収を確保し、それを生活しやすい環境づくりに投資する。それにより自立した地域として発展・持続する」といった「地域経営」の意識が求められます。

 こうした「地域経営の手段としての観光振興」として考えると、観光客数を増やすこと、人数を追い求めることよりも、地域の産業振興につなげること、地域内での消費を高める、地域の農産品や伝統工芸品等の購買につなげることが重要な目標となります。また、「地域産業の振興」とともに「生活しやすい環境づくり」が最終的な目的ですので、地域のアイデンティティである独自の文化、町並、自然等をむやみに産業振興のために開発するのではなく、「住む人にも、訪れる人も魅力のある環境づくり」を心がけ、保全を含めた活用を検討することが求められます。


 中山間地は宿場町等の歴史・文化的な背景、都市部に豊かな水を供給する水源地域としての位置づけ、豊かな自然を背景とした都市部住民の環境学習やレクリエーションの場としての位置づけ等、近隣の都市との”つながり”を有する地域が少なくありません。

 こうした豊かな自然、独自の歴史・文化等を背景とした「都市」と「地域」の結び付きをどのように観光振興に活かすのかが中山間地域の振興の大きな「鍵」になると思います。

■長野県木祖村の取り組み

 長野県木祖村は名古屋市等の中部圏の水源となる木曽川の源流であり、中山道木曽路の宿場町、林業の町として栄えた村です。木祖村は住民投票によって広域合併に参加せず、独自に自立する道を進むことになりました。これを契機とした「木曽川源流の里むらづくり協議会」を設置や「木曽川源流の里自立プラン」の策定等を通じて、村の行財政の合理化、村民自らの負担増等の痛みを伴いながらも「自立した木祖村を経営する」道を模索しています。

 こうした木祖村の観光振興の目的は「産業振興によって安定した雇用の場と安定した税収を確保し、それを生活しやすい環境づくりに投資する。それにより自立した地域として発展・持続する」ことに尽きます。合理化する財政の中から観光振興予算を組むわけですから「結果」を見据え、戦略的な思考で取り組むことが必須条件になるわけです。


 木祖村は豊かな自然、スキー場等とともに木曽路人気、ハイキングブームに伴って鳥居峠等のコースが人気を呼んでいます。また、木祖村は宿場町や木曽川源流の自然等、地域の豊かな魅力を背景としながら、「木曽川の源流の里」として名古屋市や日進市といった木曽川下流域の都市住民との交流を盛んに進めてきました。

 こうした「集客・交流」と木祖村の農業、林業の特色ある質の高い物産品(御嶽白菜」など高原特有の気候に育まれた高原野菜、とうもろこし等の農産品、林業の村にふさわしい木工品など)をどのように結び付けるかが木祖村観光振興の課題と言えるでしょう。

■木祖村名古屋出張所の開設

 平成20年度、木祖村名古屋出張所が開設しました。

 長野県の村が名古屋市に出張所を開設した背景には「愛・地球博」の開催を契機とする愛知県民の環境問題に対する意識の高まりがありました。名古屋市の水道設備会社であるスミ設備(鷲見利幸社長)は名古屋市の水源地である木祖村を訪れて以来、植樹活動やそのための基金の創設等会社ぐるみで木祖村との交流を深めており、木祖村名古屋出張所の開設に際しては事務所の一画を提供しています。

 木祖村名古屋出張所の「ミッション」は、スミ設備さんとの交流が象徴するように水源地域である木祖村をはじめとする上流域と都市部である下流域の交流を推進することにあります。「下流域の人々が上流域に求めるものは何か」という、いわばマーケティングをしながら、木祖村の農産品、工芸品、自然環境、歴史・文化、そして木祖村村民の「やる気と行動」を下流域の人々と結び付ける、いわば最前線の営業マンとなった活動です。

 特に水源地域と都市部をビジネスパートナーとして結び付けることに意欲的です。

 例えば、目玉となる人気商品、話題性のある商品が欲しい商店街と木祖村が結びつくことによって「木曽川源流の”おいしい”野菜」や「木工品」の販売ができます。買う人が「おいしい」「また食べたい」と思えば通信販売もできます。また、水源地域である木祖村を訪れようとするきっかけにもなるでしょう。

 こうした輪が徐々に広がることによって木祖村と名古屋市、水源地域と都市部の結びつきが深まり、木祖村の産業が元気になっていく。それを「人と人」のつながりの中で一歩一歩進めていく、それが木祖村名古屋出張所であると思います。


 こうした取り組みには木祖村が長年築いてきた「水源地域と都市部の「人と人」のつながり」がベースにあります。また木祖村名古屋事務所の取り組みも、こうした「人と人」のつながりがベースにあります。木祖村の取り組みは「人と人」のつながりから生まれる新しい中山間地域の振興のあり方を今後示してくれるような気がします。