“自撮り棒”が観光客同士のコミュニケーションを奪う?[コラムvol.257]

急速に流行りだしたセルフィースティック(自撮り棒)

 旅が好きな方の中には、写真を撮ったり、カメラそのものが好きな方も多いのではないだろうか。私にとっても旅行とカメラ、写真は切り離せないもので、もう10年以上も続いている唯一といって良い趣味になっている。重くて大きなカメラを2台・3台と持ち込んでヨーロッパを旅したり、ヨーロッパの骨董品屋で60年も前のカメラを買って帰ったりすることもあった。フィルム写真も好きで、何十本ものフィルムを持って海外へと出かけることもあったが、空港の保安検査が厳しくなった今日、フィルムの持ち出しはことさら難しくなっており、撮影済みのフィルムをX線検査に通してしまい(正しくは、通さざるを得ず)感光させて写真を全てダメにした経験もあった。

 かつては首からカメラをぶら下げている旅行者=日本人というイメージが強かったようだが、デジタルカメラの普及によって老若男女、様々な国籍の観光客があちこちで写真を撮る様子を見る機会が増えた。更にここ数年はスマートフォンやタブレットの普及により、写真を撮る媒体が多様化し、写真を撮る客層もだいぶ増えたと思われる。

 そして最近、旅行中の写真撮影に関して注目を浴びているのが、「セルフィースティック」と呼ばれるものである。セルフィースティックは、先端にスマートフォンを付け、棒を伸ばして持つことで自分を撮影する(いわゆる「自撮り」)もので、アジアを中心に人気が出ているという。

 先日、1年半ぶりにヨーロッパを旅行する機会があったが、セルフィースティックのヨーロッパでの普及は想像を超えたものであった。アジアからの旅行者のみならず、欧米の旅行者もあちこちでセルフィースティックを使って写真を撮っており、日本よりも遙かに普及していると感じた。また、ヨーロッパの多くの都市で見られる露天商もセルフィースティックを扱うようになっており、その流通構造が気になるほどである。航空機の機内免税品にも取り扱いがあり、まさに「はやりのアイテム」とも言えよう。

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左・中:セルフィースティックで撮影する旅行者
右:セルフィースティックの機内販売

使い方によっては危険な面もあるセルフィースティック(自撮り棒)

 気軽に記念撮影が行えるというメリットはある一方、やはり長い棒であることには変わりなく、周囲に危険を与えかねない。そして粗悪品も出回っているのだろうか、先日訪れたヨーロッパでは、セルフィースティックの先に付けたスマートフォンを何度も落とす人を見かけた。万一橋の上から落とすようなことになったら、あるいは展望台の上からスマートフォンを落とすようなことになったらどうだろうか。思わぬ被害をもたらしかねず、非常に危険である。

 実際、観光地ではセルフィースティックの利用を禁止するようになってきた。また、美術品などの展示品を傷つける恐れがあるという理由から、美術館や博物館での使用も禁じられるようになってきた。

<セルフィースティックの利用を禁止している主な施設・場所>

【国内】

  • 東京ディズニーリゾート
  • 北陸新幹線駅ホーム
  • 金沢21世紀美術館
  • 国立科学博物館
  • 沖縄美ら海水族館

 

【海外】

  • スミソニアン美術館(アメリカ)
  • ニューヨーク近代美術館(アメリカ)
  • メトロポリタン美術館(アメリカ)
  • ベルサイユ宮殿(フランス)
  • ナショナルギャラリー(フランス)

 

セルフィースティックの普及によって失われるコミュニケーションの機会

 これまで、自分たちの写真を撮るためには人に写真撮影を依頼するか、あるいは台に置いてセルフタイマーを使うしかなかった。しかし、セルフィースティックの普及によって、旅行者たちは自分たちで自由に記念撮影が行えるようになった。

 確かに写真撮影を人に依頼するのは煩わしいかもしれない。もしかしたら依頼される人にとっても煩わしいかもしれない。しかし、それは短い時間ではあるが、観光客と観光客のコミュニケーションが生まれる瞬間である。カメラを向けると熱い抱擁ポーズをするカップル、ピースサインをする友人同士、写真の構図を細かく要求する人、撮影後に丁寧に「撮りましょうか」と申し出てくれる人など、ちょっとした会話から、思い思いに楽しむ旅行者たちの輪に加わったような感覚を覚える。そして意外にもこうした経験は旅の記憶として鮮明に残っているものだ。こうした、ゲストとゲストのコミュニケーションという貴重な機会を提供してくれる、カメラを介したやり取りは旅をより豊かにしてくれる経験だと感じずにはいられない。(海外で地域によっては撮影を依頼して渡したカメラを持ち去られる可能性もあるが・・・)

 セルフィースティックの利用が適正に管理され、それの利用による事故が発生しないことを願うと同時に、引き続きカメラを介したコミュニケーションも大事な旅行体験として楽しんでもらいたいものである。

<セルフィースティックによる写真撮影の特徴>