日本の国内旅行市場のいま [コラムvol.535]

はじめに

2年前のコラム( 2023年6月公開「コロナ禍を経た日本人の国内旅行市場のいま」)において、2022年のデータをもとに、市場回復の鍵が旅行頻度にある可能性を指摘しました。当時はまだコロナ禍からの回復途上にあり、全国旅行支援などの政策の影響が含まれる過渡期でしたが、あれから2年が経過し、市場はどのように変化したのでしょうか。当時見え始めた変化の兆しは、一過性だったのか、それとも日本の旅行市場に定着したのか。今回は、直近の2024年データをもとにみていきたいと思います。

2019年水準を超えた市場

まず、図1で市場全体の規模感をみてみましょう。2024年の国内宿泊観光・レクリエーションの延べ旅行者数は、2019年を100とした値で102となり、コロナ前水準を上回りました。しかし、単純に元に戻ったわけではありません。2年前の分析でも「旅行参加率は戻りきっていないが、行く人の回数は増えている」という傾向がみられましたが、この傾向は現在、より鮮明になっています。延べ旅行者数を構成する3要素を2019年比で分解してみると、人口要因はマイナス、旅行経験率は回復しつつも縮小するなか、旅行平均回数のみが1割増とプラスに寄与しています。これは、2年前に見られた傾向が一時的なものではなく、旅行コア層が市場を牽引する力がより強まったという市場構造に移行したことを示しています。特筆すべきは、この頻度上昇が宿泊費高騰などのインフレ下で起きている点です。2021年後半以降、さまざまなモノやサービスで値上げが相次ぎ、日本では物価上昇が続くなかであっても、旅行平均回数が2019年を上回っているという事実は、コア層にとって旅行が節約の対象ではなく、生活における優先順位が高い不可欠な消費として位置づけられていることが推察されます。

図1 国内宿泊観光・レクリエーション旅行における延べ旅行者数等の推移(性・年代別)

日本交通公社研究員コラム

出典:観光庁「旅行・観光消費動向調査」をもとに筆者作成

若年層の活発化とシニア層の二極化

この構造変化を深掘りするため、性・年代別の「旅行経験率×平均回数」の散布図(図2)をみてみましょう。全体の傾向としては、2020年~2021年に左下(経験率減・回数減)へ落ち込んだ後、2022年〜2024年にかけて右上へ回復する軌跡を描いています。特に、縦軸の平均回数に注目すると、多くの年代で、コロナ前の2019年よりも高い位置、または同水準に達しています。これは、ライト層が戻りきらない一方で、コア層のリピート率が高まっていることを示しています。

年代別では、20代の動きが顕著です。2年前も、20代女性の回復の早さに注目しましたが、現在もその傾向が継続しており、突出した伸びを示しています。散布図において、20代、特に女性の動きは、全年代の中で最も変動幅が大きくなっています。2022年~2024年は右上に大きく動いており、経験率・実施者の旅行回数ともに2019年水準を大幅に上回りました。デジタルネイティブである若年層においてリアルな移動や体験の価値が相対的に向上していると考えられます。友人との旅行、推し活に伴う遠征、体験型のアクティビティなど、彼らにとって旅は生活における優先度の高い消費として定着しており、その高い行動力は旅行市場全体を牽引する存在となっています。

一方で、70代以上のシニア層はどうでしょうか。2年前のコラムでは、特に70代女性の戻りの遅さから市場離脱を懸念点として挙げました。2024年のデータを見ると、この傾向は二極化として固定化したことが分かります。グラフの縦軸である回数は2019年と同程度かそれ以上に伸びていますが、横軸の経験率は依然として低いままです。健康で活動的なシニア層は、以前と変わらず、あるいはそれ以上に積極的に旅行を楽しんでいます。時間的なゆとりを活かし、平日の旅行や長期滞在など、質の高い旅を頻繁に行っている層です。その一方で、外出習慣の変化や体力的な理由などから、旅行というレジャーから離れてしまった層も一定数存在し、その層が市場に戻ってきていないことが、経験率の伸び悩みに繋がっています。シニア市場は多くの人が楽しむ市場から、旅行実施層と非実施層の二極化が進んだ市場へと変化したのです。

図2 国内宿泊観光・レクリエーション旅行における旅行経験率×実施者の旅行平均回数(性・年代別)

日本交通公社研究員コラム

※原点は2019年~2024年の全体平均
出典:観光庁「旅行・観光消費動向調査」をもとに筆者作成

おわりに

人口減少が続く国内市場において、単に観光客数の拡大のみを追うことには限界があります。データが示すのは、旅行頻度の高い層が市場を牽引しているという事実です。観光地や事業者には、新規客の獲得以上に、一人の旅行者と深く継続的な関係を築くことが、これまで以上に求められる局面にきていると言えるでしょう。