アフターコロナにおけるVR観光の認知度と訪問意向 [コラムvol.510]

はじめに

近年のDX推進にかかわる潮流のなかで、観光に新たな価値をもたらす可能性のあるデジタル技術の一つとしてAR・VR(拡張現実・仮想現実)が注目されています(Fan et al., 2022)。IDC(2022)は2022年時点でAR・VRの世界の市場規模が約138億米ドルであると試算しており、2026年には509億米ドルにまで成長すると予測しています。

観光分野での活用の文脈では、ここ数年はとりわけVR等を活用したバーチャルな観光体験が高い関心を集めてきましたが、この背景としては、新型コロナウイルス感染症の流行によりオンサイトでの旅行が制限されたことが大きいといえます(Lu et al., 2022; Yang et al., 2023)。コロナ禍において、こうしたバーチャルな観光体験は、旅行への関心を維持するためのプロモーションツールとしての役割や、自宅にいながら旅行気分を味わうための代替手段としての役割を担っていました。

では、コロナ禍を経てVR観光はどの程度市場に認知されたのでしょうか。また、旅行実施にかかわる環境がほぼコロナ禍前の水準にまで戻ったといえる昨今の状況において、VR観光を今後も利用したいと思う層はどれだけ存在するのでしょうか。今回のコラムでは、当財団が日本人を対象として独自に実施している「JTBF旅行意識調査」のデータをもとに、アフターコロナにおける日本人のVR観光の認知度と今後の利用意向についてみていきたいと思います。

なお、本コラムおよびバックデータである「JTBF旅行意識調査(2023年5月調査)」におけるVR観光の定義は「VR機器やPCでデジタル空間に再現された仮想的な観光地で旅行を疑似的に体験できるコンテンツ」としております。

また、今回使用する「JTBF旅行意識調査」のデータは2023年5~6月にかけて収集されたものであり、2024年6月現在の状況を反映したものではありませんので、ご留意ください。

※「JTBF旅行意識調査」の詳細についてはこちらをご参照ください。

 

認知している層は6割弱、今後利用したい層は2割程度

まずは国内市場全体の認知度と今後の利用意向についてみていきます。以下の図表1はVR観光の認知および経験について、図表2は今後利用したいと思うかについての、調査参加者全員の回答構成比を示しています。

図表1 VR観光に対する認知・経験有無

出典:(公財)日本交通公社「JTBF旅行意識調査(2023年5月調査)」をもとに筆者作成

図表2 VR観光の今後の利用意向

出典:(公財)日本交通公社「JTBF旅行意識調査(2023年5月調査)」をもとに筆者作成

VR観光を認知している層は(経験したことがある層を含めて)全体の58.0%となり、過半数がVR観光を何らかのかたちで見聞きしたことがあることがわかりました。一方で、これまでにVR観光を経験したことがある層は全体の1%にも満たないことが確認され、認知と経験の間に大きなギャップがあることが示唆されました。また、今後の利用意向に関しては全体の19.4%が「利用したい」と回答しており、パンデミック収束後もVR観光には一定の需要がありそうだということが確認されました。

利用意向高めは「60代」「世帯年収400~500万円未満」

 次に人口統計学的な変数との関係をみていきます。ここでは、年代、性別、世帯年収ごとの結果を参照しました。

図表3 VR観光の認知度と利用意向(年代別)

出典:(公財)日本交通公社「JTBF旅行意識調査(2023年5月調査)」をもとに筆者作成

図表4 VR観光の認知度と利用意向(性別)

出典:(公財)日本交通公社「JTBF旅行意識調査(2023年5月調査)」をもとに筆者作成

図表5 VR観光の認知度と利用意向(世帯年収別)

出典:(公財)日本交通公社「JTBF旅行意識調査(2023年5月調査)」をもとに筆者作成

年代においては、「30代」「50代」の認知率が7割弱と高くなっています。利用意向は「60代」が23.8%で最も高くなりましたが、認知率は平均的な水準になっています。認知率と参加意向は必ずしも連動していないようです。「70代」に関しては認知率、参加意向ともに平均を大きく下回りました。一方、性別において顕著な傾向は確認されませんでした。世帯年収を軸とした集計結果においては、認知率は「1000万円以上」(70.2%)が他のセグメントと10ポイント以上の差をつけてトップとなりました。他方で、利用意向においては比較的世帯年収の高い「600~800万円未満」「800~1000万円未満」「1000万円以上」がいずれも全体平均を下回り、「400~500万円未満」(22.8%)が最も高くなりました。

旅行習慣のある層は認知率が高めだが利用意向は低い

従前の旅行頻度、コロナ前後での行動変容との関係もみていきます。以下の図表6、図表7はそれぞれコロナ禍前の国内旅行頻度別、コロナ禍前と比べた外出頻度別の、VR観光の認知度と利用意向を示しています。

図表6 VR観光の認知度と利用意向(コロナ禍前の国内旅行頻度別)

出典:(公財)日本交通公社「JTBF旅行意識調査(2023年5月調査)」をもとに筆者作成

図表7 VR観光の認知度と利用意向(コロナ禍前と比べた外出頻度別)

出典:(公財)日本交通公社「JTBF旅行意識調査(2023年5月調査)」をもとに筆者作成

まず、コロナ禍前の国内旅行頻度を軸とした集計結果に着目します。認知率は従前の国内旅行頻度と正比例の関係にありましたが、参加意向は旅行頻度が高いセグメントほど低くなることが確認されました。高い旅行経験や習慣を持つ人々がコロナ禍においてもある程度旅行を継続的に実施していたことを踏まえると(山田ら、2024)、もともと旅行頻度が高かった人々にとって、オンサイトでの旅行に制約が科された状況下でより広く普及したVR観光は、それほど魅力的にうつらなかった可能性があると言えます。

一方、コロナ禍前と比べた外出頻度については、外出頻度が「減った」と回答したセグメントが認知度、利用意向ともに最も高くなりました。自宅で過ごす時間が増えた人々にとって、外出せずに安全かつ気軽に旅行気分を味わえるVR観光は、より魅力的なものとして受け入れられる可能性があると考えられます。

まとめ

今回のコラムでは、コロナ禍がほぼ明けた昨今の状況においてVR観光がどの程度市場に認知され、今後も利用したい層はどれだけいるのかという観点から、アフターコロナにおける日本人のVR観光に対する意識をみてきました。

分析の結果、コロナ禍を経て市場の過半数がVR観光を認知している状況となったことがわかりましたが、同時に、そのなかで実際にVR観光を経験したことのある人々はごくわずかであり、一般消費者への普及はまだ途上にあるということも示されました。

回答者の属性やコロナ前後の旅行・外出の状況を軸とした分析の結果からは、VR観光はコロナ禍を経て外出頻度が減った人々などの特定の層においてはパンデミック後も一定の需要が見込まれることが確認されました。一方で、オンサイトでの旅行に積極的な層に対しては、「旅行体験」としてではなく、別の魅力を訴求する必要があることも示唆されました。

今回は「VR観光」を一括りにしましたが、実際にはVR観光には没入感の程度や用途が多様に存在します。教育目的や文化体験など、コンテンツが活用されるシチュエーションもさまざまです。コンテンツの特性や用いられるシチュエーションにも注目しながら、今後もVR観光の発展と市場での活用状況を追いかけていきたいと考えています。

参考文献

  • Fan, X., Jiang, X. and Deng, N. (2022). Immersive technology: A meta-analysis of augmented/virtual reality applications and their impact on tourism experience. Tourism Management, 91, 6, 104534. Doi: 10.1016/j.tourman.2022.104534
  • IDC. (2022). IDC Spending Guide Forecasts Strong Growth for Augmented and Virtual Reality. https://www.idc.com/getdoc.jsp?containerId=prUS49916122. (最終閲覧日:2024年6月13日)
  • Lu, J., Xiao, X., Xu, Z., Wang, C., Zhang, M. and Zhou, Y. (2022). The potential of virtual tourism in the recovery of tourism industry during the COVID-19 pandemic. Current Issues in Tourism, 25, 3, 441–457. Doi: 10.1080/13683500.2021.1959526
  • Yang, T.-T., Ruan, W.-Q., Li, Y.-Q. and Zhang, S.-N. (2023). Virtual tourist motivation: the differences between virtual tourism and on-site tourism. Tourism Review, 78, 5, 1280-1297. Doi: 10.1108/TR-07-2022-0331
  • 山田雄一、目代凪、五木田玲子(2024)「コロナ禍がもたらした旅行需要減少の構造に関する考察」日本国際観光学会論文集31巻、pp.47-54.