観光振興の先に待ち受ける住宅不足 -観光部門としての向き合い方- [コラムvol.529]

近年、国内のリゾート地で「住宅が手に入らない」という声が聞こえてきている。その背景には、観光需要の拡大と不動産市場の加熱がある。ニセコや白馬といった人気のリゾート地では、富裕層や外国人投資家による別荘購入、短期民泊向けの物件取得が相次ぎ、地元の住民や観光産業の労働者が住宅を確保できない状況が広がりつつある。

この住宅危機は、観光振興の成果ともいえるが、放置すれば地域経済や観光の持続可能性そのものを脅かしかねない。実際、ホテルや飲食店が人手不足で稼働率を下げざるを得ない例や、地域の子育て世帯が転出せざるを得ない例も出てきている。

海外リゾートでは「観光部門が住宅政策に関わる」

この問題に先進的に取り組んでいるのが、北米の山岳リゾートである。その中でも、カナダのウィスラーは観光による住宅市場への圧力に最も早くから正面から取り組んできた地域の一つだ。1997年、Resort Municipality of Whistler(RMOW:ウィスラー自治体)は、Whistler Housing Authority(WHA:ウィスラー住宅局)を設立した。WHAは観光産業に従事する労働者や地元住民の「手頃な価格の住宅(アフォーダブル住宅)」へのニーズに対応するための公的機関である。ウィスラーで働く人やその家族が安定して暮らせる住まいを確保することを目的として、住宅の建設や取得を行い、販売または賃貸をしている。これらの住宅は、原則としてウィスラーで働く人およびその家族に限定され、別荘や投資目的での購入は禁止されている。また、転売時には上限価格が設定されるなど、投機的な価格上昇を防ぐための措置も導入されている。このように、地域の労働者や住民が安定して暮らせる住宅を確保するための一連の取り組みは「アフォーダブル住宅」と呼ばれる。

また、WHAの取り組みは「労働者の75%を地元で住まわせる」という目標に基づいている (※1)。WHA自身も「ウィスラーの労働者の少なくとも75%を地域内に住まわせる」という目標を掲げ、その目標を達成し続けており、実際には80%前後を維持していると報告されている。

この仕組みを支えているのが、MRDT(Municipal and Regional District Tax:宿泊税)や開発業者からの拠出金である。WHAはこれらを財源として住宅整備や維持管理を行う他、新規のホテル開発等のプロジェクトには住宅供給義務や資金拠出を課す制度も運用している。なお、2023年にはMRDT収入から約297万カナダドルがWHAの住宅供給・管理に投入された(※1)。なお、このうち200万ドルは、Airbnb等のオンライン宿泊仲介業者(OAP:Online Accommodation Providers)経由の宿泊から得られた税収である(※2)。OAP経由の宿泊は、住宅を観光用途として貸し出すケースが多く、住宅市場を圧迫する要因となり得るため、この税収は全額アフォーダブル住宅の整備に充てる方針となっている。

これらの取り組みの結果、2024年時点でウィスラーの住宅ストック全体の約50%がWHAによって管理されており(※3)、観光による住宅圧力を観光収益や行政の仕組みで緩和するモデルが確立されている。

Resort Municipality of Whistler strategic plan

Resort Municipality of Whistler 2023-2026 Strategic Plans (※4)
RMOWの戦略プランには「住宅施策」が重点事項として位置づけられている

【注】

  • (※1)RMOW Housing Facts 2023
    https://www.whistler.ca/property-housing/housing/housing-facts/
  • (※2)Municipal and Regional District Tax
    https://www.whistler.ca/municipal-services/grants-and-funding/municipal-and-regional-district-tax/
  • (※3)WHA financials; mill rate changes; record number of applications to Community Enrichment Program
    https://www.whistler.ca/news/wha-financials-mill-rate-changes-record-number-of-applications-to-community-enrichment-program/?utm_source=chatgpt.com
  • (※4)RMOW Housing
    https://www.whistler.ca/property-%20housing/housing/

アメリカ・コロラド州アスペンもまた、早くから住宅危機への対応に乗り出した地域だ。1970年代から住宅プログラムの検討が始まり、1982年11月にAspen-Pitkin County Housing Authority(APCHA)という公的住宅供給機関が設立され、観光労働者や地域従業員向けの住宅確保を進めてきた(※5)。APCHAの役割は、地域で働く人々が手頃な価格で住めるように、権利制限付き(deed-restricted)住宅を管理し、その販売・賃貸を促進することにある。deed-restricted住宅とは「権利制限付き」の住宅を意味し、転売価格や入居者の所得条件に制限をかけることで、長期的に手頃な価格を維持することを狙っている。これにより、住宅が高騰する市場においても、地域社会の多様性と機能性を保つことが可能となっている。

また、APCHAは、新規開発を行う事業者に対し、従業員向け住宅の供給を義務付けている。その運営財源としては、観光関連の税収や開発事業者の負担金が充てられており、観光の利益を住宅供給に回す循環型の仕組みを構築している点でウィスラーと共通する。

2023年現在、APCHAが管理するdeed-restricted住宅は3,000戸を超え、北米の山岳リゾートでは最大規模を誇る(※6)。この取り組みにより、高級リゾートとしての人気が高い一方で、観光労働者が安定的に地域に住み続けられる基盤が維持されている。

【注】

  • (※5)Aspen-Pitkin County Housing Authority
    https://www.apcha.org/
  • (※6)Household Financial Security
    https://www.aspen.gov/DocumentCenter/View/817/11-Household-Financial-Security

日本の観光部門として考えるべきこと

これらの事例を参照しながら、日本において考えるべきことは、観光が地域の住宅市場に与える影響を政策の中でどう位置づけるかだ。日本では住宅政策は建築・都市計画・福祉など複数部門にまたがっており、観光部門が直接関与するケースは少ない。宿泊税の使途に「住宅確保」を含める発想も乏しい。結果として、観光施策が住宅市場に与える影響が可視化されにくく、対応が後手に回りがちになっている。

では、日本の観光部門はこの住宅問題にどう関わるべきだろうか。筆者は以下の3点を提案したい。

  • ①観光の視点から地域の住宅市場の実態を把握する
    「宿泊客数のうち民泊(短期賃貸)が占める割合の把握」「住宅が観光用途に転用される動き(空き家の民泊化や長期賃貸から短期賃貸への転用)の把握」「観光関連労働者の住宅確保率や地域の住宅負担率」等、観光振興が住宅市場に与える影響を把握する。
  • ②観光財源の一部を住宅対策に充てる
    宿泊税や入湯税の使途として、労働者・住民向け住宅の整備や家賃補助を認める仕組みを検討する。海外では宿泊税を住宅確保に使うのは珍しくなくなってきている。
  • ③都市部門・住宅部門と連携し、地域独自のルールづくりを検討する
    北米のアフォータブル住宅の事例を参考に、条例等を用い、転売価格や入居者の所得条件の制限等を検討する。
    (なお、直近では都心の一部でマンションの転売を一定期間制限する動きも見られている)

これらの問題は、本来は都市計画の枠組み(用途地域)で対応することが基本となるが、特に地方部では都市計画地域や用途地域が指定されないことで、その対応が困難となっている実情がある。今後も観光需要が拡大していく中で、部門間連携を行いながら、従来の常識にとらわれない、柔軟で戦略的な対応が求められるだろう。

Community Monitoring Dashboard

RMOWの「Community Monitoring Dashboard (※7)」において、住宅費負担の重さを整理。この他にもダッシュボードでは労働人口に対するベッド数等、観光の数値以外にも住宅に関する指標をモニタリングしている。

  • 青の棒グラフ:住宅費が総所得の30%以上を占める回答者の割合
  • 水色の棒グラフ:住宅費が総所得の40%以上を占める回答者の割合

【注】

  • (※7)Resort Municipality of Whistler Community Monitoring Dashboard
    https://performance.whistler.ca/