「楽観主義」を適用する観光戦略 ―ウィーンの「オプティマム・ツーリズム」 [コラムvol.545]

楽観主義の本来の意味

「楽観主義(オプティミズム)」という言葉は、今日では「何とかなると構える能天気な態度」とほぼ同義に使われることが多い。しかし語源に遡ると、様相はかなり異なる。この語は「達成可能な最善・最適」を意味するラテン語オプティマム(optimum)に由来し、18世紀初頭の哲学者ライプニッツが「現にある世界は、可能なあらゆる世界の中で最善である」と論じたことで思想史に定着した。ここでの「最善」は「完璧」ではない。災厄や苦難の存在を認めたうえで、無数の制約の中で実現しうる最善はどこか、と問う態度である。つまり本来の楽観主義とは、現実から目を逸らす明るさではなく、制約を直視したうえで達成可能な最善を定義し、そこへ向かう意志のことだった。

観光に「最適」の思考を当てはめてみる

観光もまた、この概念で捉え直したい分野である。観光には、経済や誇りをもたらし地域社会を豊かにする力がある。ただ、誘客の成功は同時に、混雑や住民との摩擦といった負の効果も生み得る。現に観光地では、オーバーツーリズムという言葉をめぐり、一部の事象を切り取った一方的な報道が、地域全体に「観光公害の地」というレッテルを貼っているという異議と、過度な来訪で住民が現に負の影響を受けているという指摘の両方がある。悲観に立てば打ち手は縮小と規制に偏り、根拠のない楽観に立てば量の追求に戻る。災害や感染症、国際情勢、内外の経済成長等で前提が動き続けるなかで、「いま達成しうる最善の観光」、つまり、「最適」を定義し直すこと。それが観光を考えるうえでの楽観主義と捉えることができる。

この発想を、理念ではなく戦略として着地させた都市がある。ウィーン観光局が2025年4月に発表した新戦略「オプティマム・ツーリズム(Optimum Tourism)」である。ウィーンは、観光におけるオプティマムの考え方を明確に打ち出している。戦略のミッションは、ウィーンが愛される理由を壊さない「良い成長(good growth)」。「最適」については、「適切な量と適切なマネジメントによって、手に負えない負の帰結を招かずに、住民と都市への便益を高める観光」と定義している。背景には、コロナ禍で訪問者が消えた都市から彩りと活気が失われ、事業者の苦境が住民の暮らしにまで及んだ「アンダーツーリズム」の経験がある。多すぎても少なすぎても、都市は損なわれる。ウィーンの「最適」は、この実感に根ざしている。以下では、この戦略がどう「最適」を実際の目標に落としているかを見ていきたい。

目標が「量」ではなく「関係」で定義されている

戦略の主目標は3つある。

  • 第1に、訪問者の10人中9人がウィーンを人に薦めたいと思い、同時に、住民の10人中9人が観光を肯定的に評価する状態を維持すること
  • 第2に、訪問者の3分の2を後述する「望ましい訪問者」像に合致させること
  • 第3に、宿泊の10分の1を会議・ミーティングセクター由来とすること

宿泊者数や観光消費額の増加は、主目標のどこにも置かれていない。

もっとも、「数を目標に置かない」こと自体は、今や特別なことではなくなりつつある。ウィーンをはじめ欧州の有名観光地は、欧州全体の経済成長と国際旅行需要の拡大を背景に、特段の誘客をせずとも来訪者が増え続けることを、いわば所与の条件として受け入れている。そのうえで、「増え続けるという前提の下で、何をマネジメントしうるか」を試みているのである。3つの主目標は、その答えとして読むことができる。

注目したいのは第1目標の作りである。最大化戦略なら目標は単一の量になる。ウィーンはそうせず、住民と訪問者の双方が満足している状態、戦略の言葉でいう「スイートスポット」を保つことを目標に据えた。片方を犠牲にして片方を伸ばすやり方は、目標の立て方そのものによって封じられている。最適化を語るとき避けて通れない「誰にとっての最適か」という問いに、正面から答えている。

ウィーン「オプティマム・ツーリズム」の3つの主目標

図 ウィーン「オプティマム・ツーリズム」の3つの主目標
(Vienna Tourist Board「Optimum Tourism – Visitor Economy Strategy」(2025年)をもとに筆者作成)

「動かせる変数」を目標に選ぶ

第2・第3の目標にも設計上の合理性がある。宿泊者数や消費額は、景気や為替しだいで動く「結果」であり、観光局が直接動かせるものではない。一方、「どの客層に向けて誘客するか」「会議をどれだけ誘致するか」は、プロモーションの対象選定や誘致活動という、観光局が実際に持っている手段で動かせる。目標の体系を自らの権限の範囲と揃えている点で、制御できない入込客数をKPIに掲げがちな観光計画とは一線を画す。

では「望ましい訪問者」とは誰か。ウィーンの定義では、芸術・文化に関心を持つレジャー旅行者、会議や企業ミーティングで訪れるビジネス客、高価格帯を選ぶ層を指すが、力点は消費単価ではなく行動様式に置かれている。地元の店舗や事業者を支え、団体ではなく個人で旅行し、その振る舞いによって都市に溶け込む。要は、都市の暮らしとの相性である。翻って日本で盛んな「高付加価値旅行者の誘致」は、実質的に消費単価の高い旅行者の議論に収斂しがちだ。だが、単価が高いことと地域にとって好ましいことは本来イコールではない。ウィーンの定義は「金払いの良い客」と「まちと相性の良い客」の区別を戦略文書のレベルで明示し、しかもその実現度を測る目標(3分の2)として設定した点で先駆的である。

流動する「最適」に対して測り続ける

さらに、ウィーンは「最適」を固定されたものとして捉えていない。都市の人口も、訪問者の構成も、住民の受け止めも変化し続ける以上、「最適」の位置も条件とともに動く。よって、戦略では、測り続けることを明記している。国連観光機関のガイドラインに沿って設置する「持続可能な観光観測所」が、経済・環境・社会にまたがる指標で観光の状況を測定し、公開し続ける。目標の達成度を、誰もが公開データで確かめられるようにするということでもある。

一方で、この戦略は反成長ではない。「持続可能性は成長の拒否を意味しない」と自ら明記し、実際、ウィーンは2025年に過去最高の約2,006万泊を記録、宿泊売上も過去最高を更新する見込みである。量を目標から外した都市で量が伸びているのは、一見矛盾のように見える。だがこの戦略は、成長を追い求める目的から、うまく運営できれば付いてくる結果へと位置づけを変えており、量の増加はむしろ想定どおりの姿である。観光局のCEOはこれを「都市の質を消耗させる成長ではなく、質を強化する成長」と表現している。

最適に向けた「調整」を仕組み化しているアムステルダム

もっとも、弱点もある。戦略は、バランスが危うくなれば是正措置を取る、と原則は掲げている。だが、何をもって「ちょうどよい」を外れたとみなすのか、その線引きはなく、誰が何をする義務を負うのかは筆者が見る限り、公式資料には見当たらない。この点で対照的なのがアムステルダムである。同市は2021年、住民発案を受けた「バランスの取れた観光条例」で年間宿泊数の許容帯域(1,000万〜2,000万泊)と信号値(1,200万・1,800万)を定め、超過が予測される場合には市議会が期限内に対策を提案・採択する義務まで法定した(詳細は観光文化264号の後藤の論述に詳しい)。ウィーンが「何が最適か」を質的に定義して誘導するのに対し、アムステルダムは「いつ介入すべきか」に手続きで答える。前者には執行の強制力がなく、後者は宿泊数が同じでも客層や行動で負荷が変わる現実を捉えきれない。両者は対立するというより、最適を保つためには両方とも必要な仕組みと見るべきだろう。

おわりに

日本の観光計画の多くは「量から質への転換」を標榜し、その具体的な手法を模索している。オプティマムの思考に立つなら、問いは3つに整理できる。①最適の中身を決める(誰にとっての、何の釣り合いか)、②その達成度を、自ら動かせる手段で測れるようにする、③「ちょうどよい」を外れたときに何をするかを決めておく。災害や感染症、国際情勢に揺さぶられ続ける観光にとって、「可能な最善」を問い続けるライプニッツ的な楽観主義は、精神論ではなく、政策の組み立て方の問題である。ウィーンの戦略は、その最初の本格的な実践例として読む価値がある。

【出典】

  • Vienna Tourist Board “Optimum Tourism” 特設サイト: https://optimum.vienna.info
  • 同 プレスリリース(2025年4月発表):https://b2b.wien.info/en/newsroom/visitor-economy-strategy-2025-882940
  • 同 戦略本文PDF:https://www.flipsnack.com/viennainternational/optimumtourism_en.html
  • 同 2025年実績プレスリリース(2026年1月):https://b2b.wien.info/en/newsroom/pressservice/vienna-2025-performance-report-1095370
  • 後藤健太郎「オーバーツーリズム政策の流れと最新の動向」『観光文化』264号:https://www.jtb.or.jp/tourism-culture/bunka264/264-14/