“逃げバリ”のススメ [コラムvol.121]

 今年の梅雨は、活発な梅雨前線の影響で、九州北部から中国、近畿地方にかけて断続的に激しい雨が降り続き、各地で河川の氾濫や土石流の被害が相次ぎました。体育館や公民館に避難する多くの方々がテレビに映る度に、何ともいたたまれない気持ちになったものです。
 先日も報道の中で記者が緊急時の脱出方法について話をしていましたが、背後に映るご年配の方々の映像をみて、ふと思ったのです。”あぁこれは自力で逃げられる方々向けの方法だな”と。今回の災害で、ご高齢者や障がい者、病気の方々など、”逃げられない人たち”はどうしたのだろう、そんな心配が頭をよぎりました。

 人は、意外と災害などの緊急時のことは想定していないものです。ましてや観光地や旅行先のホテルで、”自分が”火災や地震などの災害に巻き込まれるとは夢にも思わないのではないでしょうか。同様に、お客様を受け入れる側も、まさか”自分の施設で”、”自分の出勤時に”、災害が発生するとは、、、。

 以前、私が担当したコラムvol.37(2008/6/27)「コーディネーターの拘り、沖縄ならではの観光バリアフリーセミナーを」(/researchers/column/column-barrier-free-okinawa-yoshizawa/)でも、『逃げるバリアフリー』について若干ご紹介をしておりますが、今回は少し詳しくお話ししたいと思います。

■『逃げるバリアフリー』とは?、提唱者 親川氏に聞く!

 『逃げるバリアフリー』(略して”逃げバリ”)を提唱するのは、私も以前、仕事をご一緒させていただいたNPO法人バリアフリーネットワーク会議代表 親川修氏です。同団体は、那覇空港で「那覇空港しょうがい者・高齢者観光案内所/沖縄バリアフリーツアーセンター」も運営しています。
 親川氏は、”高齢者や障がい者に優しい街は、観光地としても魅力的なはずだ”と強調し、そのために今私たちが注目しないといけないのが『逃げるバリアフリー』だと言います。「各種法律や制度面の整備に伴い、ホテルや公共施設に関して言えば”入り口”の整備-ハード面の整備-は整った。しかし、”出口”の整備、何か災害があった時に、どう災害弱者を安全・安心な状況で避難させられるか、そのための迎える側のソフト面での整備がまだ不足していないだろうか?」と言うのです。

  • 目の不自由な方にどのように非常口の案内をしていますか?
  • 火災が発生した際、耳の聞こえない人が客室でお休みでないかどうか確認できる手立てを日ごろから備えているでしょうか。

親川氏が関わった多くのホテルで、そうした質問をスタッフに投げかけた時、”ハッ”とする人が多いのだそうです。

■『逃げるバリアフリー』の普及に向けて -ホテルを例に-

 平成17年度に沖縄県では『観光バリアフリー接遇ハンドブック』を作成しています。観光事業者による「車いすをご使用の方」「目の不自由な方」「耳の不自由な方」へのソフト面でのおもてなしの基本を、お客様の来訪からお帰りまでの一連の宿泊施設内での場面ごとにとりまとめたものです。
 同ハンドブック中に記載されている『逃げるバリアフリー』について、少しだけご紹介します。

接遇ハンドブック 接遇ハンドブック(内容例)
  <障害をお持ちのお客様や高齢者への配慮事項>

  • 高齢者や障がい者は、健常者に比べて避難開始が遅れることを想定して、エレベーターホールや非常口、スタッフルームの近くなどにお部屋をご用意することも一つの方法です。
  • お客様に、非常時の緊急避難体制に関するガイド等をお渡し、「○○へ避難していただければ、スタッフか消防隊が救助に来ます。」などの具体的な情報をご案内しておくと、お客様に”安心感”を与えることができます。
「防災・防犯の手引き」や客室の位置図
  <お客様へのお願い事項>

  • 非常時に備えて、”携帯電話の番号”を記入していただきます。耳の不自由なお客様の場合は、”携帯電話のメールアドレス”を記入していただきます。また、お部屋にいる時は、電源を入れていただくようにお願いします。
  • 非常時には、ドアチェーンを破って室内に進入する旨の了解をとっておくことを、また、就寝中は、視覚及び聴覚の注意力が低下するので、直接お身体に触れることを、書面で了解いただきます。お客様にとっては、”安心感”につながります。お客様の安全な非難につながることを、ご理解していただいてください。

 親川氏は常々「安全と安心はすべての人に平等であるべき。」とおっしゃっています。『逃げるバリアフリー』、”逃げバリ”は、ホテルのみならず全ての観光事業者が持っておかねばならない視点なのではないでしょうか。
 国も国土交通省(観光庁)をはじめとして「観光に関するユニバーサルデザイン化」を推進していますが、そう遠くない将来、高齢者も障がい者も誰もが安心・安全を実感できる場所、すべての観光地がそうあってほしいものです。