環境と共生するリゾート~カナダ・ウィスラーを訪れて [コラムvol.210]

北米最大級のスノーリゾートであり、2010冬季オリンピック・パラリンピックの競技会場としても名高いカナダ・ウィスラーには、年間200万人を超える観光客が訪れています。そんな一大観光地であるウィスラーが環境共生型リゾートの実現に向けて動きを始めているとの情報が入りました。これは、国内のリゾートも遅れを取っている場合ではない!まずは現地視察だ!!ということで、沖縄県職員とともに冬のウィスラーを訪れました。

■ ウィスラーにおけるリゾート形成の経緯

 ウィスラーは、カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州に位置する山岳リゾートで、バンクーバーからは車で1.5時間ほどの距離にあります。雄大なゲレンデの麓には、リゾートホテルやレストランが立ち並び、昼はスキーウェアに身を包んだ人たちで、そして夜は食事を楽しむ人たちで、街はいつも賑わっています。
しかし、1960年頃までのウィスラーは、別荘や山小屋が数軒あるのみの静かな観光地でした。
最初に、そのウィスラーが一大リゾート地を形成していく過程について、3つの段階に分けて説明しておきましょう。

「第1段階」は、1960年代から70年代にかけて、ウィスラーがゼロからスキー場として開発されていった時代です。雪質や交通の便など、スキー場としての高い資質が着目され、1965年に最初のリフトが営業を開始、その後開発が急速に進行していきました。その開発の中で、バンクーバーからの高速道路も開通し、リフトや宿泊施設の数も右肩上がりに増えていくのですが、一方で日帰り客が9割を超えていることによる宿泊施設の採算割れや、湖の水質汚染などの環境破壊を懸念する声が高まっていきます。

そうした懸念に対して、開発のあり方を抜本的に変えていった時代が「第2段階」となります。乱開発に憂慮を示した州政府は1974年にウィスラー地区の開発をすべて凍結、翌75年に行政組織「ウィスラーリゾート自治体(Resort Municipality of Whistler)」を発足させて、計画的な街づくりに取り組むことになりました。同自治体が中心となって80年代、90年代と継続的に開発整備がおこなわれ、今のウィスラーの統一された景観や歩行者専用のプロムナードが作り上げられ、長期滞在型のリゾート地へと変貌を遂げていきます。

そして2000年代以降が「第3段階」に当たります。既に世界的なリゾートとしての知名度を獲得していたウィスラーは、持続可能な「環境と共生するリゾート」に向けて舵を切っていきます。このあたりは、次の節で詳しく見ていくこととします。

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歩行者専用のプロムナード

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スキーヤーで賑わう飲食店

■サステナビリティ・センターの設立

世界的な環境意識の高まりは、豊かな森と水に囲まれたウィスラーにおいても大きな影響を与えていきます。
1998年には「ウィスラー環境戦略(Whistler Environmental Strategy)」がまとめられ、持続可能な観光地づくりへ転換を図っていかないことには、今後のウィスラーの経済的な発展もあり得ないとの記述が盛り込まれます。経済的恩恵を優先する関係者もいる中でそのような戦略をまとめていくプロセスは、ウィスラーにとっても困難ではありましたが、比較的狭いエリア内に展開しているリゾート地で関係者同士の普段からのコミュニケーションが盛んであったことが功を奏したようです。

その後、2004年には、長期計画「ウィスラー2020(Whistler2020)」を策定。2020年にウィスラーがどうありたいか、その姿を整理するとともに、達成のための戦略をまとめていきました。ここでもウィスラーが持続可能な観光地への転換を図っていくことを高々と宣言し、優先順位は経済発展のみにあるのではなく、住民の豊かな生活や訪問者の満足、環境保全も同等に重要であることを示しました。

また、同計画の策定支援とその後の進捗管理を担う組織として設立されたのが「サステナビリティ・センター(Whistler Centre for Sustainability)」です。同センターは非営利組織(NPO)で、ウィスラーリゾート自治体からの資金援助(4年間で42万5千カナダ$≒約4千万円)を受けており、オフィスも同自治体の建物の中にあります。現在は、前述のとおり、ウィスラー2020で掲げられた内容が適切に推進されているか進捗管理をおこなっているほか、これまでのウィスラーでの経験を生かして、他の地域に対してのアドバイス業務などもおこなっています。観光地において、こうしたサステナビリティを専門に取り扱う組織があるのは世界的にも珍しいケースといえるでしょう。

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センターの入った建物

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センター職員意見交換~沖縄県職員を交えて

■指標の活用による観光地マネジメント

現在のサステナビリティ・センターの主要業務の一つとして挙げられるのが、「指標」を活用したウィスラー2020の進捗管理です。観光地における「指標」活用の整理については、研究員コラムvol.207および当財団機関誌観光文化216号に譲りたいと思いますが、ごく簡単に説明をするのであれば、その観光地の現況を客観的・定量的に把握するための「計量項目」と言えます。設定する項目は、その観光地次第ですが、国内では「観光入込客数」や「観光収入」を指標として、経済振興の度合いを観光のメリットとして捉えていくことが多いように思われます。この指標を、経済面以外でも捉えて持続可能な観光地の発展につなげていこうとする世界的な潮流について、前述リンク先で整理していますので、お時間のある方は是非そちらもご一読いただければと思います。

さて、ここではウィスラーにおける指標設定の内容について簡単にご紹介しておきましょう。
指標の数は全部で23で、5つのグループに分かれています(以下表参照)。23指標すべてについて目標数値が設定されており、その内容はウィスラー2020の記載内容と対応しています。よって、目標数値を達成することがウィスラー2020の達成にもつながる、といった見方ができるようになっています。経済に関する指標のみならず、住民や観光客、環境に関する指標が幅広く設定されている点が、持続可能なリゾートを目指すウィスラーの姿勢をそのまま表しているといえるでしょう。

サステナビリティ・センターは、各指標の現況数値がどうなっているのか、各種統計からデータを収集・整理する役割を担っており、住民の意識などの一部指標については独自のアンケート調査を実施してデータ収集をしています。これらの業務については半年をかけて、ほぼ1人の職員が担当しておこなっているそうです。私たちがウィスラーを訪れた当日も、その担当者が年間の指標結果をまとめた自治体長(市長にあたる役職)向けの報告資料を作成しているところでした。その報告資料が、自治体長が次の年の政策の方向性を検討していく際の重要な判断材料となっているとのことです。

■ついに国内での運用が始まります

3月下旬、沖縄県は2014年度から観光政策の成果検証や沖縄観光の現状を把握するための「沖縄観光成果指標」を新たに導入することを発表しました。当財団でもその開発、導入にあたっての支援をおこなってきましたが、観光地において経済、観光客、県民、環境、マネジメントにわたる幅広い分野の指標を設定した例は今回の沖縄が初めてのケースになろうかと思います。初めての取り組みゆえに、これからもまだ試行錯誤しながらの運用になるかと思いますが、ウィスラーを始めとした先進地域とも連携をしながら、引き続き沖縄の動き、そして全国で同様に取り組もうとする観光地を応援していきたいと思います。
「未来を今日つくる(Creating the future today)」、サステナビリティ・センターで掲げられていたこの標語を胸に、今後も研究活動を続けていきます。

ウィスラーで運用されている23の指標
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