物語を活用した研修にチャレンジ [コラムvol.171]

2012.07.20

観光文化事業部  吉澤清良
col-171

■ 物語を通して、皆で考え、学び合う

 地域の“キラキラ”って何だろう? “キラキラ”って本当に生み出せるのかな?
 “地域いきいき”など、活性化した地域を表現する言葉はいくつかありますが、私たち(小林、久保田、吉澤)は、三重県多気町で開催した「2011年度観光実践講座」での経験を通じて、人が、地域が元気に輝いていることを、「キラキラ」と言い換えてみることにしました。
 そして、私たちは、「2012年度観光基礎講座」の開催にあたり、この“キラキラ”をどうしたら皆にうまく伝えることができるのかを考え、最終的に、キラキラ輝いている実際の観光地の事例を物語化して伝えることにしました。ひとつの物語を通して皆が一緒になって考えることで、受講者に知識ばかりでなく、“言葉にできない、感じてもらうしかない人の思いや情熱”を、少しでも分かりやすく伝えたいと考えたからです。
 当財団でも初めての試みに、講座の事務局でもある私が、その講師を務めることになりました。

■ 人の思いが詰まった現場、“現場感”を物語で伝えたい

 「B級ご当地グルメンの祭典 B-1グラプリ」、そして、グランプリ上位入賞の常連「八戸せんべい汁」は、ご存知の方も多いと思います。観光まちづくりの観点からみても、「八戸せんべい汁」によるまちおこしは、住民が主体となり地域の“キラキラ”を生み出した先進事例で、八戸の観光戦略にも大きな影響を与えています()。
 私たちは、今回物語化する対象を「八戸せんべい汁」に決定し、現地取材に向けた準備に入りました。八戸せんべい汁の取り組みの背景やプロセス、成功要因、課題等については既に多くの報告書で取り上げられていましたが、私たちは物事の根源、特に人の発想や心の動きに着目し、“受講者に伝えたい考え方や価値とは何か”について議論を重ねていったのです。
 私は、ゴールデンウィーク明け早々に八戸を訪問。八戸せんべい汁研究所 木村聡氏をはじめ、八戸市 安原清友氏、小笠原慶信氏のキーマンにお会いし、八戸せんべい汁の取り組みについて、「関わった人のやる気やモチベーションはどこにあったのか」、「それはなぜ、最初はどうだったのか」など、細かく(しつこく?)ヒアリングをしていきました。
 話が進むにつれて次第に熱を帯びてきた三人の語りには、
   ●気づき(オンリーワン、意外性、予想外の驚き・感動、素朴でヘルシー)
   ●地元の人が誇れる地域ブランドづくり
   ●自分が好きになること、自分が一番の顧客
   ●あきらめず最後までやり遂げる、勇気、畏怖、覚悟
など、まちづくりに関する多くのヒントが溢れていました。
 事前の下調べを入念にしたこともあり大抵のことは分かったつもりでいましたが、私は、「人の思いは現場にしかない。その思いは資源になる」と、現場の大切さを再認識するとともに、この“現場感”を受講者に物語で伝えたいと改めて強く思ったのです。

従来、八戸の観光は、自然景勝地(種差海岸、蕪島等)や年中行事(八戸三社大祭、えんぶり等)を中心にPRしていたが、八戸せんべい汁が脚光を浴びるようになってからは、市民に身近な食文化(南部せんべい文化、朝市、横丁文化等)なども魅力的な資源として見直されるようになり、積極的にPRするようになった。 八戸の観光戦略

■ 物語は合脳的、理解しやすく、記憶しやすい

 東京に戻り、テキスト『八戸せんべい汁物語』の執筆に入りましたが、初めての挑戦に不安が先行した私は、物語(化)について勉強し直してみました。
 物語の持つ可能性については、脳科学者の茂木健一郎氏も、「物語として語ると、脳のシステムにすーっと入ってくる。理解・記憶しやすいものとして受け取ることができる。こういう脳にとって受け取りやすいコミュニケーションのことを“合脳的(脳に合っている)”という」とおっしゃっています。
 また、山川悟氏(東京富士大学教授)は、著書『事例でわかる 物語マーケティング』(日本能率協会マネジメントセンター、2007年10月)に、「ストーリーこそ最強のコミュニケーション手段」とお書きになっています。
 さらに、映画プロデューサーの阿部秀司氏は、著書『じゃ、やってみれば』(日本実業出版社、2012年1月)の中で、シナリオの善し悪しを判断するポイントとして、「読んだシナリオから自分の頭の中に具体的に絵が見えてくるかどうか」、「台詞が自然なこと」、「書き手がその世界観をディテールに至るまで考え抜いて書き込んでいるか」の3点を挙げられていました。
 物語(化)の意味を再確認し意を強くした私は、受講者が物語を読んだとき、絵が具体的にイメージできるよう、
   ●八戸への新幹線延伸等、取り巻く社会事情、出来事の背景や
   ●主人公の村木拓也をはじめ、登場人物の性格や今の職場に至る環境(生い立ち、経歴等)
などのディテールを、独自に補足しながら丁寧に表現していきました。また、
   ●八戸名物“横丁”の小料理屋等、舞台設定や台詞の言い回し
を自然なものとなるよう特に心がけて執筆していきました。
 『八戸せんべい汁物語』は、現場をイメージしやすいか、皆で議論できる内容となっているか、事務局内で何度も読み返しては書き直し、その完成度を高めていったのです。

■ 感情に訴え、行動を促す、物語を効果的に研修事業に活用

 6月15日(金)、講座2日目、いよいよ『八戸せんべい汁物語』をテキストとした講義(あなたも考える、地域主体の“キラキラ”づくり-青森県八戸市の取り組みを事例として)の始まりです。
 受講者には前日にテキストを配布し、「八戸せんべい汁をまちの“キラキラ”にしていった、その成功の要因はどこにあったのか、少なくとも3つ以上考えてきてください」との宿題を出していました。
 冒頭、順に受講者一人ひとりに順番に意見を聞いていきます。すると、驚いたことに他の受講者が大きくうなづいたり、その場面のページを見返したりする様子が頻繁に見られました。
講義風景  また、突然、私が受講者に質問を振っても、皆、話についてきます。誰もが物語を読みこみ、私たちが伝えたかった考え方や価値を理解してくださっているように思えました。
   ●人を深く理解させるには単語の
    羅列では弱く、物語で見せるこ
    とが効果的だ
と感じた瞬間でした。
 その後の「受講者アンケート」でも 「大変参考になった(78.6%)」、「参考になった(21.4%)」と高い評価をいただき、自由回答には、
   ●まちづくりが動くきっかけ(よそ者・バカ者・若者の存在)。
    分かりやすく、何度も読み返し、自身のヒントの教科書にしたい。
   ●1つのプロジェクトが成功するまでのプロセスを考察でき、悩みを共有できた 。
   ●実際の例で大変分かりやすかった。
    行政としての取り組み方・市民の巻き込み方が参考になった。
   ●人・意思・キッカケの重要性の再確認ができた。
   ●リーダーを支えるサブリーダーの存在の重要性がよく分かった。
    主体は地域住民であること。
など、“自分も頑張ってみよう、やってみよう”という気持ちの伝わってくるコメントが多く寄せられていたのです。

 私は、今回の『八戸せんべい汁物語』をテキストとした、皆で一緒に考える講義を通して
   ●物語(化)は人の思いを伝える効果的な手法。
    人は知識だけでは行動しない。感情に訴えないと行動に移さない
ということを強く感じました。
 事例から伝えるべきモノを明確にし、人の発想や心の動きにまで踏み込んで丁寧にテキストを作りこみ、受講者とともに考えていく講義のスタイルは、今後、研修事業でも開発していく大きな意味があると確信しています。

 

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